第54話 回り出す歯車

 悠真たちは田中が運転するジープで『探索者の街』から千葉まで戻ってきた。時間は午後九時を回っている。


「あー、疲れた。じゃあ田中さん、悠真のこと頼んだぞ」

「はい、任せて下さい」


 社長と舞香が車を降り、自宅へと帰っていく。

 それを見て田中はバックで車を出し、アクセルを踏んで車道へと進む。


「すいません、田中さん。わざわざ送ってもらって」

「なーに、かまわないよ。僕も自宅は東京だからね、帰るついでみたいなもんだよ」


 ニコニコ笑いながら田中はウインカーを出して、交差点を右折する。

 旧水戸街道を通って国道6号に入り、東京に向かって南下してゆく。その間も田中は気さくに話しかけてくれた。

 田中と二人っきりでこんなに話すのは初めてだが、改めて思いやりのある先輩だなと、悠真はその気遣いをありがたく思う。

 家に到着する頃には深夜を回っていた。悠真は車を降り、運転席を覗き込む。


「ありがとうございました。田中さん、遅い時間なのにすいません」

「いいよ、いいよ。悠真君、また明後日ね。おやすみ」

「おやすみなさい」


 悠真はバタンとドアを閉め、走ってゆく車を見送った。家に入り、まだ起きていた母親に帰って来たことを伝えてから足早に階段を上る。

 自分の部屋に入ってすぐに扉の鍵を閉めた。荷物を下ろすと机の引き出しを開け、中にあるノートを取り出す。


「確かこれだよな……」


 椅子に座りノートを開いて、パラパラとページをめくる。

 金属スライムが出てきてしばらくの間、悠真はノートに日付やその時の様子を記録していた。

 すぐに飽きてやめたが、最初に討伐した日付は分かる。


「あった……初めて金属スライムが出てきたのは……一昨年おととしの八月二日」

 

 そして馬鹿デカイ親玉スライムが出てきたのは、去年の九月十九日。悠真はカレンダーを確認する。

 一日も欠かさず行った金属スライムの討伐。

 もし本当に一匹倒すごとに階層が一つ上がっていたなら、あの小さなダンジョンはとんでもない深さだったことになる。

 カレンダーで確認した日数を電卓で足し合わせる。示された数字に悠真は息を飲む。


「413日……413階層のダンジョン……」


 それは300階層、世界で最も深いと言われる‶オルフェウス″を遥かにしのぐ……世界最深度のダンジョン。


「そんな……まさか――」


 ◇◇◇


 家に戻った社長の神崎は、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、寝しなに一杯やるつもりだった。


「お父さーん、ちゃんとお風呂入ってよ!」

「分かってるよ」


 荷物を片付けながら娘の舞香が口うるさく言ってくる。一体誰に似たんだかと思いながら神崎はプシュッと缶ビールの蓋を開ける。

 ゴクゴクと飲み、ソファーに座ってリモコンでテレビを付けた。

 ゆっくりしようとした時、テーブルに置いたスマホが鳴る。なんだこんな時間に、と怪訝な表情になりながらスマホを見ると、相手はアイシャだった。


「おう、どうした? こんな時間に」

『ああ……すまないな鋼太郎。ちょっと急ぎの話があってな』

「なんだ、急ぎの話って?」

『電話では言いにくい。今から研究所に来てくれないか?』

「はああ!? お前、ふざけてんのか? もう深夜だぞ! こっちは仕事から帰って来たばっかりで疲れてんだ」

『そうか…………だが、どうしても来てもらいたい。ダメか?』


 アイシャがそんなことを言ったのは初めてだったため、神崎は戸惑った。


「明日じゃダメなのか? 今、車が無いから行けねーんだよ!」

『できれば早い方がいい。タクシー代は私が出すから、すぐに来てくれ』


 長い付き合いだけに只事ではないことは分かった。神崎はハァ~と溜息をつき、少し時間がかかるぞ。と念を押す。

 それでも構わないと言われたため、神崎は渋々腰を上げる。

 

「舞香、ちょっと出かけてくる」

「え!? 今から? どこいくの」

「アイシャの所だ。朝までには戻る」

「ええ、ちょっとお父さん!」


 舞香が慌てて玄関を覗くと、父親はすでにドアを開けて外に出ていた。


 ◇◇◇


 時刻は午前三時。タクシーを拾って東京大田区までやってきた神崎は、頭をボリボリと掻きながら車を下りる。

 結構な金がかかってしまった。帰りは始発の電車で帰ろうと思い、タクシーに金を払い行ってもらう。

 家でのんびりしようと思っていたのに、とんでもない目にあった。そう考えた神崎は不機嫌な表情のまま、トタンで出来た研究所に入る。


「おい! 来てやったぞ!!」


 神崎はアイシャがいつも使っている部屋の扉を乱暴に開けた。部屋に灯りは付いておらず、暗い室内にはパソコンの明かりだけが漏れている。

 アイシャはパソコンの前に足を組んで座り、缶コーヒーをすすっていた。

 神崎は部屋の電灯のスイッチを入れる。何度も来たことのある場所だけに、どこになにがあるのかぐらいは把握している。

 パチパチと電灯が付き、部屋全体が明るくなった。

 アイシャは神崎に背を向けたままパソコンの画面を眺めている。


「なんなんだ、用って?」

「…………三鷹のことだ」

「三鷹? 悠真のことか、悠真がどうした?」


 神崎は三日前に、悠真の身体検査をやっていたことを思い出す。


「まさか、なにか病気でもあったのか!?」

「いや……至って健康だよ」

「なんだよ、ビックリさせやがって! じゃあなんだ!?」

「前にマナ指数を測ったのを覚えているか?」

「ん? ああ、あのバカデカイ機械でだろ。覚えてるよ」

「その結果が出たんだ」

「そうなのか……で? あったのか‶マナ指数″」


 社長がそう聞くと、アイシャは飲んでいた缶コーヒーを机に置き、椅子を回して神崎と向かい合う。


「結論から言えば、あったよ‶マナ″は」

「おお、そうか! やっぱりあったか。そうだよな、最初からマナが上がりにくい奴なんている訳ねーよな」


 神崎は嬉しそうに微笑み、「で、いくつだった?」とアイシャに尋ねる。

 だがアイシャは深刻な顔をして黙り込む。神崎がどうしたんだ、と訝しんでいると小さな声でアイシャが呟いた。


「………………465200」

「ん? なに?」

「三鷹悠真のマナ指数だ。端数もあるが、どうでもいいだろう。46万を超えている」

「は!? お前、なに言ってんだ?」


 突然訳の分からないことを言い出したアイシャに神崎は困惑する。しかしアイシャは至って真面目な表情で話を続けた。


「私のマナ測定器で測ったんだ。数値に間違いはない」

「バカ言ってんじゃねぇ、機械が壊れてるだけだろう! 46万!? 世界最強の探索者シーカー『炎帝アルベルト』でも、マナ指数は8200程度だぞ。寝ぼけてんのか?」

「装置は正確だ。私の目がおかしくなければ――」


 アイシャは立ち上がり神崎を睨みつける。


「三鷹悠真は世界最大、桁違けたちがいの『マナ』保有者だ!!」

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