第三章 黒のダンジョン攻略編
第55話 化物
アイシャは真剣な眼差しで言い切ったが、神崎はその言葉に呆れてしまう。
「おいおい、お前本気で言ってんのか?」
「当然だ」
「お前が優秀な学者なのは知ってるがな、それは有り得ねぇ。機械が壊れてんだよ。直してからまた言え!」
神崎が帰ろうとすると「待て!」とアイシャが止めてくる。「ああ?」と神崎が振り返れば、アイシャは深刻な顔で見つめてきた。
「私がお前に聞きたいことは、一つだけだ」
アイシャはカツカツと歩き、神崎の目の前で止まると胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「あの化物をどこから連れて来た!!」
「化物!?」
アイシャの手を払い除け、服の皺を直してフンッと鼻を鳴らす。
「はっ! なにが化物だ。くだらねぇ、すっかり酔いが冷めちまった」
神崎は扉を乱暴に開けて部屋を出る。
「鋼太郎」
「なんだ! まだ何かあんのか? もうくだらねえ話には付き合わんぞ!!」
吐き捨てるように神崎が言うと、アイシャは小さく笑う。
「まあ、信じられんのは当然だろう。私も
「当たり前だ! そんな話、誰が信じるか!!」
「だったら三鷹に魔法を使わせてみろ」
「あ?」
「あれだけの莫大なマナの量だ。恐らく体の外にまでマナが溢れ出している。だとしたら地上で魔法が使えるはずだ」
「ふん! くだらん」
バタンッと扉を閉め、神崎は部屋を後にした。
◇◇◇
翌朝、帰って来た神崎は夕方近くまで寝ていたが、ようやく起き上がり風呂に入る。
しばらくゆっくりした後、舞香が作った夕飯を食べようと食卓についた。
舞香が「昨日どうしたの?」や「何かあったの?」と聞いてくるが、神崎は曖昧にしか答えなかった。
その日は悶々としたまま就寝する。
そして次の日の朝、会社のデスクで煙草をふかしていると悠真が出社して来た。
「おはよーございまーす」
田中さんや舞香と挨拶を交わし、こちらにやって来る。
「社長、おはようございます」
「おう、おはよう」
悠真は荷物をロッカーに入れ、自分のデスクに座った。隣の田中さんと、楽しそうに談笑している。
神崎は椅子に深く腰掛け、新聞を広げた。
だが内容はまったく頭に入ってこない。アイシャの言ったことを信じている訳じゃないが、気になっているのも事実だ。
神崎はおもむろに立ち上がる。――確かめてみるしかない。
「おい、悠真」
「はい」
「この前、アイシャの研究所で‶マナ″を測定しただろ?」
「あ、はい、やりましたけど」
「結果が出たって連絡があってな。お前のマナ、あったらしいぞ」
「ええ!? 本当ですか?」
悠真は目を見開いて喜ぶ。隣に座っていた田中さんも顔を
「やったじゃないか悠真君! 良かったね。本当に良かった」
「やっぱりね~、マナ指数が無いなんておかしいと思ってたのよ」
舞香もやって来て一緒に喜ぶ。みんな悠真のことを心配していたようだ。
「数値の詳しい結果は今度聞きに行くとして、取りあえず心配は無いってことだ」
「そうですか……まだ、どれくらいマナがあるか分からないんですね」
「まあ、すぐに分かるさ。舞香、アレを用意してくれ」
「あ、うん。そうだね!」
舞香はオフィスの片隅にある金庫の前に屈み、シリンダーを回して解錠する。扉を開けて中にある小さなケースを取り出した。
「はい、社長」
舞香に渡されたケース。黒く光沢のある蓋を開くと、中にはいくつもの‶魔宝石″が入っていた。
どれも『青の魔宝石』で、キラキラと輝いている。
「舞香、悠真のマナ指数は推定でどれくらいだ?」
「う~ん、今までの魔物討伐数を考えると、マナ指数10以上は確実にあるよ」
「そうか」
神崎は箱の中から一粒の宝石を手に取る。
「悠真、これは魔宝石『アイオライト』の1カラットだ。マナ指数は10ある。これをお前にやるから食べてみろ」
「え!? いいんですか?」
悠真が驚いていると、隣にいた田中さんが説明する。
「悠真君、これは会社の福利厚生の一つなんだ」
「福利厚生?」
「給料以外の報酬のことだよ。特に『魔宝石』は仕事で必要になる物だからね。遠慮なく受け取ればいいよ」
「そういうことだ」
神崎も促すと、悠真は「ありがとうございます」と言って魔宝石を手に取った。
舞香が持ってきたウェットティッシュで魔宝石を拭き、水の入ったコップを受け取って‶アイオライト″をゴクリと飲み込んだ。
「どうだ?」
アイシャの装置が完全に壊れているなら、悠真にはマナが無い可能性もある。
もしマナがまったく無かったとしても、便になって出てくるだけだから問題はないと思うが……。
「あ! お腹が熱くなってきました」
「うん、それは正常に魔宝石を取り込めた証拠だよ。良かったね、悠真君」
田中さんは自分のことのように喜んでいた。
舞香も一安心といった様子で息をつく。だが、神崎だけは言い知れない不安に襲われる。
本当にアイシャが言った通り、悠真には‶マナ″があった。
『三鷹に魔法を使わせてみろ』
アイシャの言葉が、神崎の頭の中で何度もこだまする。
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