第53話 エレベーター

「オルフェウス……」


 聞いたことはある。単に深いだけのダンジョンではなく、色々な遺跡が産出する特殊な場所だと。


「あそこは確か三百階層だったはずだ。まあ、百階層ほどしか攻略は進んでないみたいだけどな」


 社長は枝豆を摘まみながら、追加注文したビールを手に取る。


「深層のダンジョンは分からないことだらけだ。『赤のダンジョン』だって八十二階層までしか探索者は足を踏み入れてない。それ以上先には強力な魔物である‶竜種″がいるからな」

「竜種ですか……深いダンジョンにいるって聞きますけど」

「まあ、そうだな。百階層以上のダンジョンには竜種は必ずいるって言われてるが、そんな所まで行かねえ俺たちには関係ねぇ」


 社長はジョッキを傾け、ビールを喉に流し込む。満足そうにフーッと息を吐き、顔を赤くする。


「オルフェウス以外で有名なダンジョンって、どんなのがあるんですか?」

「有名なダンジョン? そうだな」


 悠真に聞かれると、社長は枝豆を食べながら、う~んと記憶の糸を辿る。


「アメリカの黄色のダンジョン『FD2』ドイツの緑のダンジョン『オーディン』、ロシアの赤のダンジョン『スヴァローグ』チリにある青のダンジョン『トラロック』有名なのはこの辺りか……どれも二百階層を超えてる」


 そんなダンジョンがあるんだな、と思いながら悠真は運ばれてきた唐揚げに手を伸ばす。


「そう言えば――」


 相変わらずチマチマと鍋を突いていた田中が声を上げる。


「南極にもありますよね。氷のダンジョン。青のダンジョンの一種って言われてますけど、寒すぎて進むのが難しいって聞きますし」

「ああ、あったな! あれも深層のダンジョンか」

「確か百九十階層はあったと思いますよ」

「珍しいダンジョンなんですか?」


 初めて聞くダンジョンに、悠真は思わず身を乗り出す。


「まあね、南極で見つかったのはそれだけで、‶迷宮の蜃気楼″も発生しないし、見渡す限り氷に覆われてるって話だよ」

「へ~、世界には変わったダンジョンがあるんですね」


 悠真が感心していると、田中が「まだまだ、一杯あるんだよ!」と嬉しそうに話し出す。どうやらこの手の話が好きなようだ。


「階層全部が溶岩に覆われてたり、中が迷路のように入り組んでたり、あるいは探索者に女性の幻を見せたりするダンジョンもあるんだって、おもしろいよね」


 楽しそうに話す田中に、社長も「そう言や、そんなのもあったな」と少し酔っ払いながらケラケラと笑っていた。


「でも一番珍しいと言えばじゃないかな」

「なんですか?」


 悠真が興味深そうに聞くと、田中はグフフフと笑い出す。


「エレベーター式ダンジョンだよ」

「エ、エレベーター式ダンジョン?」


 よく分からないネーミングが出てきて、悠真は困惑する。


「まあ、これは噂話で本当にあるかどうか分からないんだけど、一説ではイギリスで発見されたって言われてるんだ」

「どんなダンジョンなんですか?」

「ある探索者シーカーがね。森の中で小さな洞窟を見つけたんだ。中には魔物がいて、すぐにダンジョンだということは分かったんだけど、そのダンジョンは普通のものと違ってたんだ」

「違ってた?」

「普通は洞窟の中に下層に繋がる入口があるでしょ? でもそのダンジョンには無かったんだよ。魔物を倒してしまえば何もいなくなる。そうなると本当にダンジョンかどうかもあやしいじゃない」

「え、ええ、そうですね……」


 悠真はなにか背筋にぞくりとするものを感じた。


「探索者が不思議に思っていると翌日、また魔物が現れたんだ。一日で復活したなら間違いなくダンジョンだ。探索者は魔物を全部倒して様子を見ることにした」


 社長や舞香が料理に舌鼓を打つ中、悠真だけは田中の話に耳が離せなくなる。


「翌日もまた魔物が現れ、その翌日も。探索者は日が進むにつれ、魔物が強くなっているように感じていた。そんなことを十八日間続けていると、突然すごく強い魔物が現れたんだ。灰色熊のように大きく獰猛な牙を持つ魔物、自分だけでは勝てないと思った探索者は仲間を引き連れて戦ったんだ」

「そ、それでどうなったんです?」


 悠真は前のめりになって尋ねた。


「見事魔物を倒すことができたんだ。だけど本当に不思議なのはここからなんだよ。その翌日、なんとダンジョンは消えて無くなってたんだ!」

「無くなった!?」

「そう、ダンジョンが消える理由は一つしかない。最下層にいる魔物を倒した時だけ消えて無くなる。それがダンジョンの特徴だからね」


 悠真は戦慄する。それは自分の家の庭にできた『極小ダンジョン』そのものだ。

 あれはエレベータ式ダンジョンだったのか!? 


「つまりこのダンジョンは、んじゃないかって考えられたんだ。ダンジョンは十八階層で、最後の階層にいた魔物を倒したことでダンジョンが消えてしまったってね」


 悠真は黙り込んだ。もしその話が本当なら、自分はとんでもない思い違いをしていたことになる。


「ははは、懐かしい与太話だな。探索者の間に回ってる噂だよ!」


 泥酔し始めている社長が笑い飛ばす。田中も「そうそう、噂話にすぎないけどね」と笑っていたが、悠真は聞き流すことができなかった。

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