第249話 炎と風の極致

 竜は空中で首を持ち上げ、灼熱の炎を一気に吐き出した。

 炎は大地を舐め、下にいる魔物を消し炭に変えてゆく。さらに飛行しながら火炎を吹き続け、眼下の魔物を空から焼き尽くした。

 一千万匹を超える虫たちが業火の海に沈む。

 消えることのない火は辺りに燃え広がり、山々や森を焼いていく。

 大空を羽ばたく竜は、地獄のような光景を悠然と眺めていた。

 これでかなりの敵を減らせる。そう思った悠真は【緑の王】へと顔を向けた。直接火球を撃ち込もうと口に魔力を集めた時、緑の王も動き出す。

 大きく優雅な羽に魔力を集め、バサリバサリと羽ばたかせる。周囲に風が巻き起こり、やがて鋭い"風の刃"となって襲いかかってきた。

 どうやら羽を使って魔法を発動させているようだ。

 悠真は雄叫びを上げ、周囲に炎の障壁を展開する。吹き荒れる炎は"風の刃"を消滅させた。

 どんなに強力な風魔法であろうと、空気である以上焼くことができる。

 悠真は再び口内に炎を溜め、圧縮して放った。核爆弾に匹敵する威力の火球。

 緑の王は何度も羽を揺らし、自分の周りに"真空の障壁"を作り出す。さらに分厚い風の障壁も展開して二重の防御で対抗した。

 風に触れた瞬間、火球は大爆発を引き起こす。

 空が吹き飛んだのかと思うほどの衝撃、周りにいた羽虫たちは訳も分からないまま砂となり、その砂も熱線で消滅する。

 空は赤く染まり、爆音と衝撃波が数十キロ先まで走った。

 空中から巨大な火の粉が無数に落下し、大地をさらに焼いていく。

 燃える空の先、悠真が目を凝らせば、羽ばたく【緑の王】の姿が見て取れた。やはり死んでない。

 真空は炎を遮断する。他の魔物は倒せても、【緑の王】を倒すのは容易じゃなさそうだ。

 それでも悠真は必ず勝てると確信していた。

 炎と風。相性で考えれば圧倒的に炎が強いはず。【緑の王】に取って【赤の王】は天敵そのものの。

 このまま力で押し切ってやる!

 悠真は羽ばたき、緑の王に向かっていく。【緑の王】はタクトを振るように羽を動かし、自分の周りにいる虫たちを動かす。

 再び羽虫が大群となって襲ってきた。

 悠真は慌てることなく口に炎を溜める。この程度の敵など、何匹いようと相手ではない。口から炎のブレスを吐き出す。

 放射された火炎は羽虫を飲み込み、そのまま【緑の王】へと向かっていった。

 緑の王は急上昇して火炎をかわし、かなりの高度から羽を振って魔法を発動する。今度は何本もの巨大な竜巻が現われ、その先端が龍のような顔になる。

 緑の王がコンダクターのように羽を振ると、いくつもの竜巻の龍が悠真に向かって滑空してきた。

 蛇のようにうねりながら襲ってくる竜巻。

 悠真は体から激しい炎を巻き上げ、吹き飛ばそうとしたが、"風の龍"は炎の障壁に噛みついてきた。

 恐らくこれが【風の第三階層魔法】なのだろう。

 悠真が鬱陶しそうに首を振ると、周囲の炎はパチパチと弾けて爆発してゆく。

 何匹もの龍は爆風に巻き込まれ、雲散して消えていった。


 ――爆炎の障壁――


 さらに強力になった防御手段が、【緑の王】の攻撃を打ち消したのだ。

 炎を自由自在に操れている今なら、どんなこともできそうな気がする。そう感じた悠真は、再び口内に魔力を集めた。

 今までよりも早く、さらに圧縮した魔力の塊。

 その魔力を"核爆発を起こす球体"へ変化させ、【緑の王】に向かって三連続で吐き出した。

 対する緑の王も黙っていない。

 美しくも毒々しい羽でひと扇ぎすると、周囲に大きな球体がいくつも現れた。

 真空の球体だ。あれで爆発を防ぎ切るつもりか?


 ――上等だ、やってみろ!!


 炎の球体と真空の球体がぶつかった刹那、空が割れんばかりの大爆発が起きる。

 熱線は近くにいた魔物を灰にし、天を赤く染めた。黒々とした煙が空に立ち込め、火の粉と灰が地上に降り注ぐ。

 全てを焼き尽くしたかに思えた爆発。だが、灼熱の空間で生き残った生物がいた。【緑の王】と【赤の王】。

 

 二体は風と炎を纏い、高速で飛行する。

 赤と緑の閃光となって互いにぶつかり合った。両方弾かれたかと思えば、また激突する。衝突する度、苛烈な炎が舞い散り、台風のような風が吹き荒れる。

 地面に落ちた火は近くにいた魔物に飛び火し、爆発して被害を広げる。

 四方八方に飛んでいった風は、魔物もろとも大地を切り裂き、地面に深い傷跡を残した。その傷跡は優に数百メートルを超える。

 極限に達した"火"と"風"の戦い。

 最強の【王】同士が激突した余波は大きく、互いに放った魔法で魔物たちは壊滅的なダメージを受けた。

 赤の王が放った火球は極遠にいた虫を一瞬で蒸発させ、緑の王が放った風の刃は数百キロ先の魔物をまとめて斬り裂く。

 人知を超えた戦いは激しさを増し、衝撃音がインドの空に響き渡った。


 ◇◇◇


 避難していたアニクたち孔雀王マカマユリのメンバーは、あまりの事態に足を止めていた。

 筆舌ひつぜつに尽くしがたい光景が、大空で繰り広げられている。


「これが人間のせるわざなのか!? まるで神話に出てくる神々の戦いじゃわい!」


 アニクは山間やまあいに生まれた竜巻を見て眉を寄せる。天と大地を繋ぐ巨大な竜巻は何本も立ち昇り、土砂や樹を巻き上げていた。

 緑の王の魔法だろう。そう思ったアニクだが、次の瞬間、視界が赤く染まった。

 無数の竜巻が燃え上がり、勢いよく炎上しているのだ。

 これは三鷹悠真の魔法か? あの赤い竜に変化して戦っておるのじゃろうが、信じられん威力の火魔法じゃ。

 炎の竜巻は徐々に細くなり、火花が散って消えてしまう。

 風を凌駕する炎の攻撃。本当に三鷹は【緑の王】を倒すかもしれない。アニクがそう思った時、風が吹き荒れ、目の前に巨木が迫ってきた。

 吹き飛ばされた木が流れてきたのだ。


「くっ!」


 アニクは扇をかざして防御態勢を取ったが、立つのもままならないこの環境では集中することもできず、魔法の発動が間に合わない。

 ダメか、と思った瞬間、ルドラを始め孔雀王マカマユリのメンバーがアニクの前に立った。


「はあああっ!!」


 ルドラが振るった炎の斧が巨木をまっぷたつに切り裂く。さらにラシが放った強力な風魔法で木の進行方向を変え、なんとか難を逃れる。


「大丈夫ですか!? アニク様!」


 ルドラが風を防ぎながら聞くと、アニクは「ああ、助かったわい」と孔雀王マカマユリのメンバーに礼を言う。


「とにかく、ここを離れましょう! 火や風の影響が強すぎます」

「うむ、そうじゃの」


 ルドラに促され、アニクは駆け出した。走りながらチラリと空を見上げれば、再び天変地異のような爆発が巻き起こっていた。

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