第248話 1億の魔物VS爆炎の支配者

 悠真は頭を傾け、自分の体を見る。

 赤く輝く鱗に蜥蜴とかげのような手、本当に【赤の王】に変身できたんだ。悠真はホッと息をつく。

 ぶっつけ本番で試したので心配したが、杞憂に終わったようだ。

 今度は自分の右手を見る。やはり欠損したまま元には戻っていない。

 変身すれば【赤の王】の姿を完全に再現できるかと思ったが、そんなに甘くはないようだ。それでもこの姿になれば、腕がないなんて関係ない。

 空にいた虫の魔物が一斉に速度を上げ、竜に向かって突っ込んでくる。

 悠真は全身に力を込め、魔力を一気に放出した。


「ヴォォォッ!!」


 体から炎が噴き出し、火柱となって上空に立ち昇る。

 近づいてきた羽虫たちは炎に巻かれ、一瞬で灰になった。飛んで火に入る夏の虫ってやつだな。と思いつつ、悠真は視線の先にいる【緑の王】を見る。


 ――さあ、始めようぜ。虫の王様。


 ◇◇◇


「なんだ、あれは!?」


 走って逃げていたカイラは足を止め、振り返って丘を見る。そこには巨大な火柱が出現し、天を突き破るようにそびえ立っていた。

 とてつもなく熱い風が、ここまで吹き込んでくる。


「おお、凄まじい魔力じゃのう。かなり距離があるはずなのに、体が燃えてしまいそうじゃわい」


 カイラの近くにいたアニクは顔をしかめ、持っていた扇で風を防ぐ。

 インドの探索者シーカーたちも異常な光景を目にし、動けなくなった。炎の柱は暗い世界を切り裂き、闇を煌々と照らしている。


「中に……炎の中になにかいる」


 カイラは目が離せなくなる。炎の中に見えるのは大きな羽を広げた竜だ。

 一瞬、エンシェント・ドラゴンかと思ったが、ここまでの距離を考えれば、もっと巨大な生物だと気づく。

 カイラは近くにいたルイに声をかける。


「天沢! あれも三鷹の能力なのか!?」


 問われたルイも驚いた様子でカイラを見た。


「いや、僕も詳しくは知らない。でも、魔物に変身する能力があるって話は聞いたことはある。それに悠真は【赤の王】の魔宝石を飲み込んでるから……」

「"赤の王"の魔宝石!?」


 突拍子もない話に、カイラは理解が追いつかない。


「とにかく離れよう! ここにいたら巻き込まれるかもしれない」


 ルイに促され、カイラは後ろ髪を引かれつつも走り出した。アニクやインドの探索者シーカーたちも危険を感じ、その場を離れていく。

 そして、もっとも遅れて避難していた明人とダーシャも、当然"炎の柱"を目撃していた。


「なんだ……なにが起きてるんだ!?」


 突然起こった超常現象にダーシャは思わず足を止め、後方の丘を見る。


「あかん、止まるな! ここは危険や!!」


 明人はダーシャの腕を強く引き、この場から離れようとする。

 ダーシャは戸惑いつつも、明人と一緒に走り出す。ここにいては危ない。それはダーシャ自身、肌が粟立あわだつような感覚として認識していた。

 まさに根源的な恐怖。炎の柱の中にいる、体の細胞の一つ一つが拒否反応を示している。

 火柱から周囲に放たれる熱波は、さらに温度を上げていった。


 ◇◇◇


 "炎の障壁"を展開すれば、何者も近づいてくることはできない。

 悠真は改めて【赤の王】の恐ろしさを思い知った。地を這う魔物たちは、それでも進行をやめようとしない。

 近づけば焼け死ぬだけだというのに……。

 悠真は空を見上げる。【緑の王】は悠然と浮かんだまま、動こうとはしない。

 ――自分だけ高みの見物か……。上等だ!

 巨大な竜はブォォォと息を吸い込む。

 まずはお前の仲間を一匹残らず焼き尽くしてやる!

 そう考えた悠真は魔力を口の中に集め、灼熱の炎に換えて一気に吐き出す。

 噴き出した"炎のブレス"は凄まじい勢いでまっすぐに大地を這い、五キロ離れた山にぶつかる。

 直線状にいた魔物は、なにが起きたのか分からないまま一瞬で灰になった。

 炎が通過した場所は広いわだちとなり、チリチリと燃えている。山はふもとから炎上し、大量の木々を焼き続けた。

 悠真は鷹揚おうように首を振る。まだまだ大量の魔物が大地を埋め尽くしていた。

 轟々と燃える火を見て、なお、こちらに向かって来ている。

 恐怖心がないのか、あるいは。悠真は再び凶悪なあぎとに"火の魔力"を溜める。

 彼方を睨んだ竜は、灼熱のブレスを容赦なく吐き出す。

 炎は暗い大地を切り裂くように突き進み、数十万の魔物を焼き尽くした。さらに竜は首を振り、炎を横に薙いでいく。

 扇状に広がった火は、数百万に及ぶ魔物を業火に沈める。

 【赤の王】になった悠真は、もはや誰にも止められない怪物と化していた。

 それでも虫の魔物たちは向かってくる。左右から来ていたのは地上にいた虫たち。恐れを知らない亡者のように、足早に大地を駆ける。

 そんな敵に対し、巨竜は尻尾を振って応じた。遠心力を使って尻尾を地面に叩きつければ、舞い散った火花は苛烈な爆発を引き起す。

 衝撃で魔物たちは吹っ飛び、火の粉が降りかかった虫は燃え上がって死んでいく。

 赤の王は高らかな雄叫びを上げた。周囲を見れば、大地は半円状にえぐれ、所々に赤く発光するマグマも見える。

 如何いかなる者も絶対なる強者には近づけない。

 しかし、魔物が諦める様子は微塵もなかった。空を舞う羽虫も、群れをなして向かってくる。

 何十万、何百万と集まって渦を巻く様は、さながら海を泳ぐ魚群のようだ。

 竜は再びあぎとを開け、灼熱の火炎を放射する。魔物の群れは空中で焼き尽くされ、一部の魔物は体を燃やしながら落ちていく。

 その光景は『しだれ花火』のようで、美しくもあり、不気味でもあった。

 だが、魔物はまだ星の数ほどいる。地平の彼方までいるんじゃないかと思えるほどの大群。こいつらを倒すには……。

 竜は口内に魔力を集める。今度は"炎のブレス"ではない。

 集めた魔力を圧縮し、球体へと変えていく。第二階層魔法の『爆発』と、第三階層魔法の『炎の変化』を組み合わせた攻撃。

 本来は高度な技術のはずだが、この姿になると難なくできてしまう。

 竜は首を振り、口内から光り輝く"火球"を放つ。

 火球は猛烈なスピードで空中を走り、数十キロ先の山に激突した。インドの東部にある大きな山。

 そこに吸い込まれていった火球は一瞬の静寂のあと、目も眩む光となった。

 山は消滅し、噴火したような巨大な炎が立ち上る。周囲にいた数百万の魔物は熱線を浴び、蒸発して姿を消した。

 衝撃波は四方に広がり、大地が揺れる。

 炎の柱は大きなキノコ雲となり、魔物の天蓋を突き破っていた。その一角だけ太陽の光が差し込み、異様な光景となっている。

 竜は間を置かず、"火球"を三発連続で吐き出した。大地を吹き飛ばし、山を吹き飛ばし、無人となった近くの町を吹き飛ばす。

 爆発は極遠まで広がり、周囲数キロにいた魔物たちはなにもできないまま灼熱の炎に焼かれて死んでいく。

 竜となった悠真は燃え上がる大地を見て自信を深める。赤の王が持っていた【空間にあるマナを"火の魔力"に換える能力】は、問題なく発動しているようだ。

 だとすればキマイラの変身時間が続く限り、"火の魔力"は無限に使える。

 周囲を見渡せば暗い大地が燃え上がり、地獄のような光景が広がっていた。例え、一億の魔物が向かって来ようと、この力なら対抗できる。

 竜は大きな翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮き上がった。巻き起こる熱風に当たった魔物は、それだけで体に火が付き死んでいく。

 上空に昇った竜は、地上いる虫たちを鋭い眼光でめつけた。

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