第383話 ありえない機影

 ソフィアは持っていたタブレットに視線を落とし、事前にまとめた内容を読み上げる。


「各地の【王】が倒れたのと時期を同じくして、魔物の活動が勢いを失っています。これは空気中の"マナ濃度"が下がり始めたのと関係があるでしょう。つまり、魔物の【王】を全て倒せば、この異常な状況を脱することができると考えます」


 ジョルジェは咳払いしてから「白の王を倒せる可能性は?」とソフィアに聞いた。


「充分可能かと。現在は【魔法付与武装】、及び【魔導装置】の技術が格段に発展しております。それに加えて探索者シーカーの技量も日に日に上がっているとの報告があります。以前は倒せなかった魔物も、今であれば恐れる必要はないかと」

「そうか」


 ジョルジェは満足そうに頷く。役目を終えたソフィア席につき、足を組んで静かに微笑む。

 その様子を見ていたイーサンは、小さな溜息をついた。


「では、各国から優秀な探索者シーカーを集い、白のダンジョン『オルフェウス』の攻略に当たる。この議題に関して『決』を取りたいと思う。よろしいかな?」


 異論は挟まれず、参加国の投票が行われた。 

 この結果、世界最深度のダンジョン『オルフェウス』の攻略が、圧倒的賛成多数により決定した。


 ◇◇◇


 太平洋上空に、悠真たちを乗せた『リアジェット35』が飛行していた。

 悠真は小さな窓から外を覗く。どこまでも続く青い空、陽光でキラキラと煌めく広い海。今のところ順調な空の移動だ。


「やっぱり魔物は襲ってけえへんな。お前の魔力にビビッとんのやろ」


 後ろの席に座る明人の言葉に、悠真は「そうなのかな?」と疑問を口にする。

 すると、通路を挟んで隣の席に座るルイが話に入ってきた。


「充分ありえると思うよ。悠真はマナのほとんどを魔力に変えているからね。感覚が鋭い魔物は避けようとするよ」

「そんなもんか」


 自分ではいまいちピンとこないが、やはり周りから見ると違いがあるのだろうか。

 悠真はそんなことを考えながら、外の景色に目を移す。なんにしても、もうすぐ日本に着く。楓がいる日本に。 


 ◇◇◇


 今は使われていない成田空港。その滑走路に建設業者の姿があった。

 魔物によって壊された滑走路の一部を補修していたのだ。六月の中頃を過ぎ、日に日に暑さが増していく。

 スタッフの一人はヘルメットを取り、そでひたいの汗を拭う。

 その時、信じられない光景が目に入った。


「お、おい、あれ。飛行機じゃないか?」


 急に話しかけられた別の作業員は、「あ? なに言ってんだ」と怪訝な顔をする。魔物が跋扈ばっこする世界において、空で移動するようなバカはいない。

 今やっている滑走路の補修が終わっても、使われる予定はまったくないのだ。

 そんな状況で航空機が離発着することはない。作業員はそう思い、空に目をやった。

 すると、本当に空を飛ぶ機影がある。


「え? なんだ、アレ?」


 十人以上いた作業員が次々と顔を上げ、異常に気づく。航空機はどんどん近づいてきた。向かって来るのは

「た、退避! 退避だあああ!!」


 現場監督の声で全員が動き出す。慌てふためいて避難すると、航空機は補修場所のすぐそばを横切っていった。

 徐々に速度を弱め、滑走路の中ほどで止まる。

 作業員たちは少し離れた場所で目を丸くしていた。なぜ航空機が着陸したのか分からず、全員が戦々恐々としている。

 かなり変わった形の小型飛行機。

 作業員が見つめる中、完全に停止した機体のハッチが開く。

 姿を見せたのは若い男。小さなタラップを下りて両手を伸ばす。その後も数人の男が次々と下りてきた。

 現場監督は作業員を連れてその場を離れ、この事態をすぐに本社へと報告した。


 ◇◇◇


 情報は日本政府を始め、エルシード社にも伝わる。

 日本でも魔宝石を用いた通信機器が開発されていたが、まだ狭い範囲でしか使用することができなかった。

 限られた人間だけが、成田空港に降り立った機体の情報を得る。

 空港に向かったのはエルシード社の本田と石川、そして数名の探索者シーカーだった。

 万が一に備えて武装させているものの、空港にいるのが誰なのか、本田と石川は分かっていた。


「彼らが帰って来たということは、旅の目的は達成したということでしょうか?」


 ハンドルを握る石川が話すと、助手席に座る本田が「ああ」と答える。


「三人が日本を発って五ヶ月……空間のマナ濃度が低下してきたのを考えれば、恐らく各国にいる【王】を倒したのだろう。彼らなら充分考えられる。問題は望んでいた魔法を手にいれたかどうか……」


 運転席に座る石川は無言のまま前を見る。三鷹悠真が求めていたのは人間を生き返らせる魔法。

 そんな物があるとは到底思えない、荒唐無稽な代物だ。

 それでも――と石川はわずかな希望を持つ。


「彼の願いが叶うことを祈りましょう。我々にはそれぐらいしかできない」


 首都高速1号を進む二台の車は速度を上げ、一時間ほどで成田空港に到着した。

 車を降りた石川たちが向かったのは、壊された空港ターミナル。誰もいない空港のロビーに足を踏み入れると、男たちの姿があった。

 日本人三人と外国人が二人。

 三人は石川と本田がよく見知った人物だった。


「あ! 石川のおっさんやないか!? ひっさしぶりやな」

「石川さん! 本田さん!」


 天王寺の弟と天沢が駆け寄って来る。本当に久しぶりの再会だ。保護者のように目を細める石川だったが、意識が向いたのは二人の後ろにいた三鷹悠真だ。

 以前にも増して、異常な魔力を全身から放っている。 

 プレッシャーで後ろに下がりそうになる石川だったが、グッと堪えて視線を前に向ける。


「……おかえり。三人とも、無事で良かった」

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