最終章 オルフェウスの白き王

第382話 嘲笑された意見

 スイスの都市、ジュネーブ。

 ここにある国連の事務所に、多くの人々が集まっていた。

 特徴的な会議室の席に座っていたのは、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ベルギー、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド、トルコ、イスラエルなどの代表者。

 その中には国際ダンジョン研究機構(IDR)から派遣されたイーサン・ノーブルの姿もあった。

 オブザーバーとして会議室の末席に腰掛け、静かに始まりを待っている。

 時間となり、議長を務めるポルトガルのジョルジェが開会を告げた。


「始めよう。EU全ての国が集まれなかったことは残念だが、今は我々にできることをするしかない。さっそく議題について話し合おうか」


 ジョルジェに宣言を受けて手を上げたのは、トルコの大使ジンドルグだ。


「議題について話し合う前に、現状を整理しておく必要があるでしょう。今、国連に集まっている情報を信じるなら、世界に恐怖を与えていた特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【王】、六体。その内の五体が倒されたということ。それにより世界のマナ濃度が下がってきている。そういうことでよろしいか?」


 会議に集まった人々は唸り声を上げる。

 通信機器が使えない状況が続いていたが、魔宝石をもちいた通信用の魔道具が実用化され、一定のエリアであれば情報の行き来が可能となった。


「イギリスからの報告によれば、探索者シーカーたちが力を合わせることによって【青の王】を倒したとか。【王】とは案外大したことはなかったようだな」


 フンッと嘲笑したのはスペインの大使、バレンティン。その言葉に応じるようにフランスの大使、デュフォールも口を開いた。


「インドと日本、アメリカの詳しい状況は分からないが、アメリカには炎帝が率いる『プロメテウス』がいる。それぞれの国の探索者シーカーたちが【王】を倒したことは間違いないだろうな」


 特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【王】は、人の力では倒せない。

 そんな噂が流れていたが、探索者シーカーたちの力で討伐できることが分かり、人々は安堵していた。

 そんな中、末席の一人が手を上げる。

 本来なら発言権のないオブザーバー席に座る者だ。議長のジョルジェは怪訝な顔をするものの、仕方なしに声をかける。


「なんですかな、イーサン博士。あなたはこちらが意見を求めた時だけ発言してくれれば充分なんですが……」


 イーサンはフフと微笑み、スタッフが持ってきたハンドマイクを受け取る。


「申し訳ありません。しかし、どうしても正しておく必要があると感じたもので」

「正す? なんのことですかな?」


 ジョルジェはあからさまに眉をひそめた。


特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【王】を倒したのは、各国の探索者シーカーではないと私は考えます」

探索者シーカーではない? 探索者シーカーでないのなら、誰が倒したと言うのですか?」


 ジョルジェだけでなく、会議室にいた面々は困惑した表情を浮かべる。

 イーサンは世界的に知られた学者であるため、その言葉を軽視する者はいない。しかし、次に発した彼の言葉は、全員の耳を疑わせることになる。


「五体の【王】を倒したのは一人の人間です。彼は日本で【黒の王】と【赤の王】を倒し、その後各地を回って三体の【王】を倒した。彼は探索者シーカーを超越した力を持っていると考えられますので、『探索者シーカーが倒した』とは言い難いでしょう」


 イーサンがマイクを口から離すと、会場内は静まり返った。

 誰もがポカンと口を開けていたのだ。

 そして数秒が経ったあと、クスクスと嘲笑が広がっていく。人々の気持ちを代弁するかのように、ジョルジェが口を開く。


「博士。私を含め、ここにいる者は偉大な功績を残した博士を尊敬しています。しかし、その話は到底信じられませんな。一人が五体の【王】を倒した? いやいや、さすがにそれはないでしょう。各国が多大な犠牲を払い、強力な魔物を討伐したと言われた方が、よほど現実味がある」


 口の端を上げるジョルジェに同意するよう、周囲に笑いが起きる。

 そんな反応に構うことなく、イーサンは話を続けた。 


特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの【王】は人が倒せる存在ではない。専門家の間では、ずっとそう言われてきました。そしてその見識は、依然正しいと私は考えています」

「でしたら博士がおっしゃるその人間はどうやって【王】を倒したんですか?」

「彼……日本人の三鷹氏ですが、彼は極めて特殊な状況で力を得た探索者シーカーです。イレギュラーな存在と言っていい。戦うごとに強くなり、最後は五体の【王】を倒すまでに至った」


 ジョルジェは苦笑し、首を横に振る。


「いやいや、とても信じられませんよ。それに、イギリス政府は探索者シーカーたちが協力して【青の王】を討伐したと明言しています。それはどう説明するんですか?」

「イギリス政府の考えは分かりませんが、虚偽である可能性はあります。鵜呑みにするのは危険かと」

「話になりませんな」


 ジョルジェはイーサンとの会話を切り上げ、議題の話へと戻る。


「我々が今後考えていかなければいけないのは、白のダンジョン『オルフェウス』をどうするかだ」


 会場全体の空気が引き締まる。『オルフェウスの攻略』それこそが、今会議の主要な議題だったからだ。


「五体の【王】が倒れたことで世界全体のマナ濃度は薄まってきている。最後の【王】である【白の王】を倒せば、世界が元の状況になる可能性は極めて高い。そのことについてはシュミット博士に説明してもらおう」

「はい」


 オブザーバー席で立ち上がったのはスイスの研究機関『パウル・シェラー』の主席研究員、ソフィア・シュミットだった。

 ニヤリと笑う女性研究員に、近くの席にいたイーサンはわずかに顔を曇らせた。

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