第八章 王の胎動編 深海の覇王

第258話 迂回路

 イスラエルの都市、テルアビブ――

 ここにある国際ダンジョン研究機構(IDR)の職員たちが、信じられない事態に衝撃を受けていた。


「また砕けたね。今度は【緑の王】か……」


 研究所の一角、【オルフェウスの石板】の前に集まった職員の中には、イーサン・ノーブルの姿もあった。

 イーサンは感慨深そうに眼鏡を直し、ガラスの向こうにある石板を見やる。

 最上段にある六つの宝石。その内【黒】【赤】【緑】の三つの宝石が砕けていた。


「赤の王に続き、緑の王も倒されたとなると……いよいよ誰かが意図を持って【王】を倒しているとしか思えない」

「では、やはり……」


 イーサンの隣にいた助手のクラークが、眉を寄せながらつぶやく。


「ああ、恐らく【赤の王】と【緑の王】を倒したのは、『三鷹悠真』だ。日本政府は死んだと言っていたけど、生きていたんだろうねぇ。【黒の王】の力を持つ彼以外にこんなことができるとは思えない」

「だとしたら日本で【赤の王】を倒し、インドまで移動して【緑の王】を倒したことになります。なぜそんなことをしたんでしょう? 彼がいなくなれば日本はまた危機におちいるかもしれませんし、彼自身にメリットがあるとも思えません」


 イーサンはフフと笑い、クラークを見る。


「それは分からない。だが、なんらかの事情で【王】をみずから狩りにいっているように見える。だとすれば、次に狙うのはイギリスにいる【青の王】だろう」

「もしそうならこれはチャンスです! オルフェウスにいるはずの【白の王】は地上に出てきてません。今の内に他の王を倒して、最後に【白の王】を世界中の探索者シーカーで倒せば、この世界を元に戻せるかもしれませんよ!」


 クラークは興奮気味に言うが、イーサンは冷静だった。


「さあ、そんなうまくいくかな? 全ての【王】の中で、【青の王】は。例え三鷹悠真が生きていて、尋常ならざる力で王をほふっていたとしても、その事実は変わらないと思うよ」


 イーサンはガラスの向こうにある、オルフェウスの石板に目を移す。

 最上段、一番右で光る青い宝石。この宝石が砕けることはあるだろうか、と考え、わずかに口角を吊り上げた。


 ◇◇◇


「あーーーーーー長い! まだ着かないのか!?」


 悠真は車の助手席から外を見やり、鬱屈した不満を吐き出す。


「まだ出発して全然経ってないよ。距離的には、う~んと……十分の一も来てないんじゃないかな」


 車のハンドルを握りながらルイが答える。それを聞いた悠真は「まだそんなもんかよ!?」と顔をしかめた。

 悠真たちがインドのカタックを出発してから丸一日。

 二人が乗るトラックは順調に国道を走っていたが、インドの国境をまだ抜けていなかった。

 道路の一部が陥没し、遠回りを余儀なくされることもあったからだ。


「道路事情にもよると思うけど、一週間から十日ぐらいはかかると思うよ」

「十日か……けっこうかかるんだな」

「でも、こんな状況だから国境を越えるのは簡単じゃないかな? 警備の人がいるとも思えないし」


 ルイはフフと笑みを漏らした。悠真はそんなルイの表情を見て、少しだけ肩の力が抜ける。

 このまま旅を続けても、自分が望むものが得られるかどうかは分からない。

 そのためふさぎこむことが多くなった悠真だが、明るく接してくれるルイには、いつも助けられていた。

 

「……ありがとな」

「え? なに?」

「なんでもねーよ」


 ぶっきらぼうに返した悠真は、背もたれに体を預けて目を閉じる。

 それからさらに二日が経ち、コンテナを引くトラックは舗装ほそうされてない道をカタカタと揺れながら走っていた。


「あ!」


 急に声を上げたルイに、悠真が驚き「どうした?」と尋ねる。


「車が道を塞いでる」


 前を見ると何台もの車が路上に乗り捨てられ、道を塞いでいた。トラックを止め、ルイと悠真は扉を開いて車外に出る。


「けっこうな数だな。これを全部どかすとなると骨が折れるぞ」


 今いるのはアフガニスタンの市街地。車は数十台あり、迂回うかいしようとすればかなり遠回りになるだろう。

 これまでも何度かこういうことはあった。

 その度にルイと悠真は協力し、行く手を塞ぐ車を爆破して道を切り開いてきたが、今回は数が多すぎる。


「これ、やっぱり俺が【エンシェント・ドラゴン】に変身して飛んだ方が早くないか?」

「僕が背中に乗ったら燃えて死んじゃうよ。それにコンテナの荷物はどうするの? ドラゴンの小さな手じゃ運べないだろ」

「うぅ……そりゃそうだけど」


 悠真が反論できずにいると、空から甲高かんだかい鳴き声が聞こえてくる。

 

「なんだ?」


 二人は上空を見上げる。すると翼を広げ、悠然と空を泳ぐ魔物がいた。それも一匹ではない。複数群れをなして飛んでいる。


「あれは……ファイアードレイクだ! だとしたら【赤のダンジョン】がこの近くにあるんだよ」


 ルイの言葉に悠真は息を飲む。今は世界中の国々が魔物によって蹂躙されている。この旅の最中さいちゅうも、人間はほとんど見かけないのに対し、魔物は何度も目にしていた。


「あいつら、一旦戦うと仲間を呼ぶからな。極力、戦闘は避けたいが……」


 二人はドレイクが見えなくなるまで待った。しばらくすると空に魔物の影はなくなり、鳴声も聞こえなくなる。

 

「よし、今の内に移動しようぜ」

「うん、別のルートを探すよ」


 二人は再びトラックに乗り込み、バックして違う道に入る。少し時間はかかるが、魔物に見つからないように進むしかない。

 また別の道を行くと、今度は瓦礫が道を塞いでいる。

 よほど魔物の被害が多発していたのだろう。悠真たちは車外に出て、道路の状況を確認する。


「これはダメだね。たぶん他の道も変わらないと思うよ」


 ルイの言葉に、悠真は頷くしかなかった。どれだけ遠回りしても、進める道はないかもしれない。


「しょーがねえ。瓦礫を吹っ飛ばして進もう」

「大丈夫? 大きな音を立てれば、魔物が集まってくるけど……」


 ルイは心配するが、悠真は覚悟を決めていた。


「俺が相手をする。その間にルイはトラックで進んでくれ」


 悠真は体にグッと力を入れると、全身が黒い"金属の鎧"で覆われる。頭からは鋭い角が伸び、凶悪な牙を覗かせた。


『今から瓦礫を吹っ飛ばす。道が開けたら、すぐに行け!』

「分かった。気をつけてね、悠真」


 ルイはトラックに乗り込み、エンジンをかける。それを見届けた悠真は、左手の甲にある【キマイラの宝玉】に意識を集中した。

 一つの宝玉が輝き出し、悠真の体が変化していく。

 メタルグレーの体は赤く染まり、背中からは羽が生えてきた。尾骶骨からは尻尾が伸び、首も長くなる。

 エンシェントドラゴンの姿になった悠真は、凶悪な顎に炎を集め、道路に向かって吐き出した。

 火炎放射によって路上にあった瓦礫は燃え上がり、弾けるように爆発する。それを見たルイはアクセルを踏み、トラックを急発進させた。

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