第241話 ドヴァーラパーラの最下層

「え? いや、その……」


 急に核心を突かれ、悠真は言葉に詰まった。


「ひゃっひゃっひゃ、隠さんでええ。わしも長く生きておるからのう、それくらいは思い至るわい。それで、あとどれぐらい"力"を使えるんじゃ?」


 悠真は振り向き、ルイと明人を見る。二人とも戸惑った様子だったが、最後には首を縦に振った。

 今さら隠してもしょうがないと思ったのだろう。悠真も同じように考え、意を決して口を切る。


「……変身は十四回しか使えません。一回五分で、一度使ってしまえば一日経たないと戻らないですね」

「うむ……ということは、あと十三回しか使えんということじゃな」

「はい、そうです」


 悠真の話にアニクは目を閉じ、顎髭を撫でる。


「今は二百八十三階層。このドヴァーラパーラは三百三階層ほどあると言われておる。と、なればあと二十階層……ちと心許こころもとない回数じゃの」


 アニクの不安はもっともだ。悠真は視線を上げて一歩前に出る。


「アニクさん! 最下層まで行くことができれば、最後の魔物は俺が倒します!」

「ほう」


 アニクは目を細めて悠真を見る。


「"迷宮の守護者"を倒すか……自信があるのじゃな?」

「はい」


 アニクは頬を緩め、「ひゃっひゃっひゃ」と笑い出す。


「分かった。おぬしを信じよう。わしらが全力でサポートするでの、なにがなんでも最下層に辿り着くぞい」


 悠真はルイ、明人と顔を見交わし、改めてアニクを見た。


「はい、必ず!」


 ◇◇◇


 最下層が近くなり、ダンジョン攻略はさらに熾烈を極めた。

 カイラは悠真たちに関わることなく、今まで通り攻略を進めていたが、強力な魔物が大量に出てくる環境に苦戦をいられていた。


「回り込め! 退路を断って追い込むんだ!!」


 カイラが叫ぶ。インドの探索者シーカーたちが囲んでいたのはサソリの魔物セルケトだ。

 何人も殺されながら、カイラは魔物にダメージを与え追い詰めていた。火柱が立ち上りセルケトが怯んだ瞬間、カイラは剣を振り下ろす。

 真空魔法で"風の障壁"を消し飛ばし、返す剣に再び真空魔法を込める。


「おおおおおおおおお!!」


 セルケトの外殻を削り取り、体の中心部に真空の球体を叩き込んだ。最後は球体が弾け、巨大な魔物をバラバラにした。

 肩で息をしていたカイラが、ふと顔を上げると、そこにはもう一匹のセルケトが木々の合間から顔を出していた。

 周りにいた探索者シーカーたちは絶望的な顔になるが、カイラは手の甲で汗を拭い、キッと魔物を睨む。


「何匹でも来い! 相手をしてやる!!」


 カイラが死闘を繰り広げていた頃、少し離れた場所でアニクたちも戦っていた。

 樹の魔物"カルパヴリクシャ"七体に囲まれ、さしものアニクも笑みを失い、必死に相手の攻撃をかわしていた。

 そんなアニクたち孔雀王マカマユリのメンバーを助けようと、ルイと明人も加勢する。

 悠真は『金属化』の能力を使うなと言われていたため、見ていることしかできず、臍を噛む。まだ自分の実力では【深層の魔物】を相手にすることができない。

 なんとか魔物を倒し、次の階層に向かうことができたが、探索者シーカーの犠牲は多くアニクやルイたちもボロボロになっていた。

 結局、二百九十階層までに悠真は二回『金属化』を使い、魔物を蹴散らすことになる。

 そして二百九十階層に入ると――


「俺が前に出る!」

「ああ頼む、悠真」


 左腕を押さえたルイが、顔を歪めながら言う。

 ここまで深層に入ると、人間がまともに進める環境ではなくなってきた。セルケトを始め、強力な魔物が数限りなく現れ、猛毒を持つ植物も至る所に生えている。

 悠真は『金属化』し、先頭に立って魔物と激突していく。


「どけどけどけ!!」


 悠真が緑色に光り輝く斧を振るえば、セルケトやカルパヴリクシャはバラバラになって吹っ飛ぶ。

 行く手を阻む巨大な植物も、一刀の元に消し飛ばした。

 悠真が作った道を、アニクやインドの探索者シーカーたちが走り抜ける。そんな探索者シーカーの中で、カイラだけが複雑な表情をしていた。

 二百九十五階層。


「一階層でええ! 悠真の力を使わんと突破するんや!!」


 明人が大声で叫ぶ。悠真がこのまま力を使い続ければ、最下層で『金属化』ができなくなる可能性がある。

 なるべく悠真の力を温存させようとした明人やルイ、アニクたちだったが……。


「ダメだ! 俺が行く!!」


 最下層付近では、魔物がほぼ無尽蔵に出てくる。インドの探索者シーカーたちではどうすることもできない。

 悠真が飛び出し、『金属化』を発動する。全身が黒く染まり、異形の怪物となった悠真は"風の刃"を巻き起こし、進路上の魔物を蹴散らしていった。

 

 ◇◇◇


 階層を下るなだらかな坂。全員がボロボロになりながら歩いていると、急に視界が開け、吹き抜けのような光景が広がる。

 地面の先は崖になっており、崖のふちから覗けば、底は遥か下にある。


「ここが、最下層……」


 悠真は言葉を失う。後ろから来たアニクも、下を覗いて「ほう」と声を上げた。

 そこは二、三階層をぶち抜いたような空間で、円周こそ狭くなっているものの、かなりの深さのある円柱形の階層だ。

 中央には階層を貫くように、巨大な樹がそびえ立っている。

 そして、その樹の周りに一回り小さな樹が四本立っていた。

 小さいといっても樹高は五十メートルはある。大地は樹の根に覆われ、ダンジョンの壁にまで根やつたがはっている。

 しゃがんで下を見ていた悠真は、この光景に既視感を抱いた。階層の形に見覚えがあったからだ。


「ここ、横浜にあった【黒のダンジョン】の最下層に似てるな……」


 社長とアイシャと一緒に潜った横浜のダンジョン。階層の大きさこそ違いはあるが、階層を縦に広げたような形は同じように見えた。

 それ以上に気になるのは、中央にある巨大な樹だったが――


「あれは……カルパヴリクシャの集合体じゃの」

「集合体?」


 アニクの言葉に悠真が眉を寄せる。


「カルパヴリクシャの"本体"が大量に樹に寄生しておるのじゃ。あんなもの、わしも初めて見たわい」

「こいつが……"迷宮の守護者"!」


 悠真は巨大な樹をめ付ける。その時、近くから声が聞こえてきた。


「そんな……こんな魔物、どうやって倒せというんだ!?」


 穴の底を見下ろしていたカイラが、力なく膝をつき、肩を落として絶望の表情を浮かべる。

 白い顎髭を撫でていたアニクも、厳しい表情になっていた。


「確かに、カルパヴリクシャの集合体となれば"再生能力"は半端ではなかろう。その上この大きさじゃ、再生する前に倒し切るのは難しかろう」


 アニクの話を聞いて悠真も顔をしかめる。ここにいる者はルイや明人を含め、ほとんど魔力を使い切っている。

 こんな巨大な樹を破壊できる火力を生み出せるとは思えない。

 悠真はむくりと立ち上がり、隣にいたルイを見る。


「俺が行くよ、こいつは短時間で焼き尽くすしかない」

「でも悠真、もう『金属化』できる時間が……」


 ルイが苦しそうな顔になる。ここに来るまで十三回の『金属化』を使ってしまった。変身できるのはあと一回、五分だけだ。

 やはり早くに『金属化』を使ったせいで余裕がなくなってしまった。それでもやるしかない。


「ゆくのか?」


 アニクが心配そうに聞いてくる。


「はい、これが俺の役割なんで」


 悠真が崖のふちに立ち行こうとすると、後ろから声がかけられた。


「待て!」


 振り向くと、そこには厳しい表情をしたカイラがいた。

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