第7話 四十六日目
次の日からも、悠真の地道な戦いは続いた。朝早くにマメゾウの鳴声に起こされ、
用意した金槌、ガスバーナー、冷却スプレーの三点セットを脇に抱え、犬が吠える穴を覗き込む。期待通りメタリックなスライムはうねうねと動いていた。
「よーし、いつもの手順で……」
まず冷却スプレーを噴いてスライムの動きを止め、ガスバーナーで炙る。二、三回繰り返すと、金属スライムの表面に細かいヒビが入った。
「あとはこいつで――」
悠真は持っていた金槌を振り下ろすと、パリンっと甲高い音が鳴る。
脆くなっていた金属スライムの体は粉々に砕け、砂となって消えていく。
作業自体は単純だが、ガスバーナーのボンベを使い切ってしまったので新しく買わないといけない。
悠真は財布を見ながら、ハアーッと溜息をつく。
「こんなの毎回買ってたら、俺の小遣い無くなっちゃうよ」
切れる度に購入は、高校生のお財布事情にはなかなかに厳しいものだ。そんな生活を何日も何日も繰り返し、迎えた四十六日目――
「だーーー! 出ない!! 魔宝石が全然出ないぞ!!」
悠真は穴から上半身だけを出し、地面に突っ伏す。飼い犬のマメゾウが心配そうに「くぅ~~ん」と鼻を鳴らした。
「ダメだ、マメゾウ……もう二ヶ月近くやってるのに、成果がまったくでない。もうさすがに飽きたよ」
泣き言を言う悠真の顔を、マメゾウはぺロペロとなめてくる。
「う~~ん、そうだよな。一億のためだ。毎日ムダに早起きをするのも、小遣いが訳の分からない出費で消えるのも、全部一億のため……我慢しないと」
悠真は体についた泥をパンパンと払い、穴から這い出した。寄ってくるマメゾウの頭を撫でると、マメゾウはハッハッと息を吐きながら尻尾を振ってくる。
「お前はスライムがいなくなるとご機嫌だよな」
現金なマメゾウに苦笑いしつつ、悠真は家へと戻っていった。
◇◇◇
季節は夏から秋へと変わり、少し肌寒い風が頬を撫でる。
高校へ通う道すがら、悠真はあと何回ぐらいスライムを倒せばいいんだろうかと、そんなことばかり考えて歩いていた。
「よっ! おはよ」
「わっ!」
唐突に声をかけられて、体がビクッと反応する。
振り向くと、そこにいたのは幼馴染の
「偉いじゃん、いつもギリギリで登校してたのに、最近早いよね」
「べ、別に、ちょっと早く起きるようになっただけだよ」
「ふ~ん、心境の変化かね?」
楓が顔を近づけ、おどけてくる。ショートボブの髪がふわりと揺れ、かすかに香るシャンプーの匂い。
子供の頃は男みたいな格好をしていたのに、今ではすっかり女らしくなった。
はつらつとした笑顔を向けられると、どうにもドキリと胸が高鳴る。
「来年、高三だから自覚が芽生えたんじゃない?」
「そんなんじゃねーよ!」
無邪気に笑う楓から、思わず顔をそむける。
「ねぇ、知ってる? 最近ルイがなにしてるか」
「ルイ? ルイがどうしたんだよ」
天沢ルイは楓と同じ幼馴染だ。昔は三人でよく遊んでいたが高校に入ってクラスが変わると、めっきり会う機会が減ってしまった。
「今はダンジョンに夢中で、その勉強ばっかりしてるんだよ」
「ダンジョン!?」
唐突に出てきた言葉に、悠真は目を丸くする。
「将来、ダンジョン関連の企業に就職したいんだって。休みの日に各地のダンジョンを回ってるらしいよ」
「へ、へぇ~、ダンジョン関連の企業なんて儲かるのか? 不安定そうだけど……」
「え? 悠真、知らないの。今ダンジョン系の企業って成長産業なんだよ。医療系のベンチャーなんかが軒並み参入してるって言うし」
楓
産出される魔宝石は無色透明なもので、魔法の効果は‶怪我や病気の治癒″。凄い使い手になると、現代医学では治せない傷や病気を完治させてしまうとか。
そのため莫大な金銭が動き、海外のダンジョン系企業では時価総額数兆円のものもザラにあるという。
「全然知らなかったな。そんなことになってたのか……」
「凄いよね、ルイ。もう自分の将来がハッキリ見えてるなんて」
感心するように呟く楓を横目に、悠真は複雑な気持ちになる。
――俺と同じように、ルイもダンジョンに関わってんのか。それも現実的に将来のことを考えて……。毎日毎日、金属の塊を叩いてる俺とは大違いだな。
「悠真は将来のこととか考えてるの?」
「え?」
楓に唐突に聞かれて「別に……」と答えるのが精一杯だった。
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