第254話 蘇生魔法

 最高裁判所の中庭に、収納袋に入れられた遺体が置かれる。

 ダーシャの手配により、数時間前に死んだ探索者シーカーが運ばれてきたのだ。

 その遺体の前に悠真が立ち、フゥーと小さく息を吐く。周囲にはダーシャやカイラ、ルイや明人がおり、インド政府の役人たちも成り行きを見守っていた。

 悠真は身を屈め、収納袋を開けて中に入っている遺体を確認する。

 魔物との戦いで負傷した三十代ほどの男性探索者シーカー。別の町で治療を受けていたが、今朝方けさがた息を引き取ったという。

 左足に欠損があるものの、状態は比較的いい方だ。

 魔物と戦っているのだから、もっと外傷を受けても不思議ではない。蘇生魔法を試すには充分だろう。

 悠真は目を閉じ、手を合わせた。

 これが成功すれば、すぐに日本に帰って楓を生き返らせる。悠真は高鳴る鼓動を抑えつつ、遺体の胸に手をかざす。


「頼む……成功してくれ」


 意識を集中し、"回復魔法"を発動した。

 眩い光が手の平から溢れ出し、光の粒がつらなりながら空に昇っていく。その美しい光景に、周りで見ていたダーシャやカイラ、政府の人間たちも驚愕する。


「本当に……死んだ人間を蘇らせることなんて、できるんだろうか?」


 ダーシャは困惑した表情のまま、目の前の出来事を凝視する。

 カイラもまだ信じられず、半信半疑で状況を見ていた。だが、常識を凌駕する三鷹なら、あるいはできるかもしれない。

 そんなことを思い、カイラは黙って静観した。

 ラームを始め、政府の人間たちは怪訝な表情で見ていたが、強い光が溢れ出した時「おお~」と歓声が上がった。

 光は横たわった遺体をやさしく包む。

 衆人が見守る中、回復魔法は数分に渡って続いた。やがて光が収束していくと、ダーシャやルイたちは緊張した面持ちになる。

 もし本当に死者が蘇れば、それは自然の摂理もこの世の常識も、なにもかもを覆す超絶的な魔法ということ。

 光が消えても悠真は動かない。全員が固唾を飲んで見つめる中、ルイが一歩前に出た。

 悠真の側まで歩み寄り、肩ごしに声をかける。


「どう? 悠真、その人は……」


 悠真は黙ったまま俯いていたが、しばらくすると小さく首を振った。


「……ダメだ。生き返らない。どれだけ魔力を注いでも、なにも起こらない」


 悔しそうに唇を噛む悠真が、消え入りそうな声で言う。ルイが遺体を覗き込むと、身体の傷すら治っていなかった。


「仕方がないよ。元々回復魔法は人間の【治癒能力】を最大化させるものだって言われてるからね。死んでる人間じゃ治癒能力が働きようがない」


 それは"蘇生魔法"を否定する言葉。ルイも言いたくはなかったが、悠真にかける言葉が他に見つからなかった。

 ダーシャやカイラ、明人も駆け寄ってくる。

 失敗したことを知らされると、ダーシャは「そうか」とだけ言い、カイラは複雑な表情をした。

 後からやってきたラームも蘇生魔法が失敗したことを知ると、「そうですか、ダメでしたか」と溜息をつく。


「残念ではありますが、やはり死者を生き返らせるなど神の所業。当然の結果なのでしょう。我々は報告もありますので、これで失礼します。皆さんの功労に対してどう報いるかは政府も考えておりますので、またご連絡いたします。では――」


 ラームたち政府の役人たちは、黒塗りのリムジンに乗って裁判所を後にする。

 悠真はしばらく呆然としていたが、ルイにうながされ、自分たちが宿泊するホテルへと引き上げることにした。


 ◇◇◇


「落ち込むなって。まだ生き返らすのがムリやって決まった訳やないやろ?」


 ソファーに座った明人が振り返って声をかける。悠真はベッドに仰向けに寝転び、大の字になって天井を見ていた。

 ホテルに戻ってから口も開かず、物思いにふけっている。

 そんな悠真を見かねたルイが「取りあえず、これ飲みなよ」と、持っていたペットボトルを手渡す。

 軽く頭を上げた悠真は「ああ、ありがとう」と言い、上半身を起こしてペットボトルを受け取った。

 心ここにあらず、といった表情のまま、悠真はボトルのフタを開けると、中の水をチビチビと飲む。その様子を見たルイは、ハァーと小さく溜息をつき、ベッドのふちに座った。


「悠真、明人の言う通り、まだ"蘇生魔法"ができないって決まった訳じゃない。そもそも回復の第二階層がどんな魔法か分からないんだから」

「回復の……第二階層……」

「そうやで悠真! お前の『白の魔力』は20000を超えとるはずや。だとしたら第二階層どころか、第三階層の回復魔法も使えるんとちゃうんか?」


 明人に問われ、悠真はハッとする。

 確かに回復魔法は強化されたが、した訳じゃない。通常の回復魔法とは違う、なにか別の現象が起こるかもしれない。

 

「試してみよう」


 悠真はベッドから勢いよく起き上がる。すると、眩暈めまいがしてフラついてしまう。

 

「あれ?」


 そのまま立っていられなくなり、ドスンとベッドに腰を落とした。


「大丈夫? 悠真」


 ルイが慌てて駆け寄る。


「あ、ああ……なんかフラついて」

「たぶん、回復魔法で右腕を治した影響だよ」

「え? 右腕を治した影響?」


 悠真は自分の右腕を見る。少し細いままだが、問題なく動く。これがどうして眩暈めまいに繋がるんだ?

 困惑していると、ルイが話し始める。


「回復魔法は傷を修復するけど、皮膚や血液を作り出せる訳じゃないんだ。だから、その右腕を構成する骨や肉は、悠真の体から持ってきてるんだよ。自分では気づいてないよね? ちょっと痩せたこと」

「え? そうなのか?」


 悠真は再び腰を上げ、洗面所に足を運ぶ。自分の顔を鏡で見ると、確かにゲッソリした感じがする。


「これのせいで眩暈がしたのか……ってことは栄養不足か?」

「そういうこと。まずは食事にしようか」


 そう言われると、無性に腹が減っていることに気づく。体力がなければ集中力も維持できず、魔法もうまく使えないだろう。

 まずはルームサービスを頼んで、腹ごしらえすることになった。


 ◇◇◇


「う~もうダメだ。これ以上は食えない」


 悠真たち三人が囲む丸いダイニングテーブルには、はみ出しそうなほど多くの皿が並んでいる。

 そのどれもが平らげられ、悠真はパンパンになったお腹をさすりながら、椅子の背もたれに寄りかかっていた。


「――にしても、よお食ったな。しばらく動けんのとちゃうか?」


 明人が片眉を上げて悠真を見る。明人やルイも食事を取っていたが、悠真の半分も食べていない。

 ルイもゲップをする悠真に呆れ顔になった。


「少し休んだ方がいいよ。魔法を試すのは明日にしようか?」


 苦しそうな顔をしていた悠真が、ピクリと反応する。


「いや、大丈夫だ。すぐに魔法を試してみるよ」


 悠真は重い腰を上げ、テーブルの前に歩み出る。手の平を正面に向けて意識を集中する。

 すぐに手から光が溢れ出した。

 回復魔法は『火』や『水』より使いやすい。だとすれば、第二階層の"回復魔法"が使えたとしてもおかしくはないだろう。

 そう思った悠真は、さらに集中力を高める。

 すると手の平から溢れ出す光が変化し始めた。心のおもむくまま光を練っていくと、意外なものに変わっていく。


「これは……」


 悠真は驚いて目を見張る。それは短いものの、間違いなく

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