第253話 解放された世界

「やったんやな……悠真!」


 明人は満面の笑みを見せ、ルイも「良かった」と息をつく。

 悠真が戻ってきたことに気づいたカイラやダーシャ、アニクたちも次々に駆けつけてきた。


「三鷹! 大丈夫なのか!?」


 カイラが蒼白な顔で尋ねる。ダーシャも「ヤツは……【緑の王】はどうなった?」と強張った表情で聞いてきた。

 明人はフンッと鼻を鳴らし、得意げに胸を張る。


「悠真が倒したったで! ワイの言った通りやろ!」


 明人が自分のことのように言うと、インドの探索者シーカーの間から、おお~と大きな歓声が上がった。


「それは本当かのう、間違いないのか?」


 アニクが信じられないとばかりに前に出てきた。悠真は「間違いありません」と手に持った宝石をアニクに見せる。


「おお」


 アニクは感嘆の声を漏らし、ジッと魔宝石を見つめる。


「これはグリーンダイヤモンド……いや、もっと強烈な輝きを放っておるのう。ダイヤモンド以上の"マナ"を宿した魔宝石じゃ」


 その言葉にダーシャとカイラは息を飲む。

 最上位の魔宝石――【ダイヤモンド】より上の魔宝石など、この世に存在しないからだ。あるとすれば魔物の【王】から生まれるものだけだろう。

 ダーシャは一歩前に出て、悠真の持つ宝石を覗き込む。

 アニクの言う通り、見たこともない輝きを放つ緑の魔宝石だった。ダーシャは込み上げる感情を抑えつつ、顔を上げて口を開く。


「本当に……本当に【緑の王】を倒したんだな。決して敵わないと思っていた【王】の討伐を――」


 ダーシャは口を押さえ、膝をついて大粒の涙を流した。

 

「姉さん……」


 後ろで見ていたカイラは、嗚咽を漏らす姉の背中をさすることしかできない。自分以上に重い責任を背負い続けてきたダーシャ。

 その重圧が、やっと取り除かれた。

 そう思ったカイラはグッと唇を噛み、まっすぐに悠真を見る。


「すまなかった三鷹……お前のことを疑って……ありがとう。心の底から感謝する」


 カイラは目を閉じ、手と手を合わせて感謝を示した。アニクや孔雀王マカマユリのメンバーも、同じように手を合わせる。

 その行動は後ろにいるインドの探索者シーカーたちにも広がってゆき、全員が悠真に対し感謝の意を示した。

 悠真はルイや明人と顔を見交わし、ポリポリと頬を掻いて苦笑する。

 照れ臭くはあったが、自分の行動の結果が喜ばれているなら、それはそれで悪い気はしない。

 ふと空を見上げれば、燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らしている。

 全てが吹き飛ばされ、痛々しい姿をさらしている大地。それでももっとも被害を出していたダンジョンが無くなり、【緑の王】も死んだ今、インドはきっと復興していく。

 悠真はそんな期待をせずにはいられなかった。


 ◇◇◇


 ドヴァーラパーラを攻略してから五日。

 悠真たちはカタックの町に戻り、用意されたホテルで休息を取っていた。インド政府がどうなったのかを、ダーシャに調べてもらっていたのだ。

 悠真は与えられた部屋の窓辺に座り、外を眺めながら物思いにふけっていた。

 ダンジョンを攻略し、【緑の王】を倒しても、インドの政府が壊滅していれば約束の"魔宝石"はもらえない。

 今までの戦いが徒労に終わってしまう。

 悠真はそんなことを考えつつ、日本で最後に見た楓の顔を思い出す。死んだとは思えないほど綺麗な顔だった。


「楓……」


 その時、部屋の外から走ってくる足音が聞こえてきた。視線を向けるとガチャリとノブが回され、勢いよく扉が開かれた。


「三鷹!」


 入ってきたのはカイラだった。「どうしたんだ? そんなに慌てて」と聞くと、カイラは息を整え顔を上げる。


「連絡が取れたぞ! インド政府の機能は失われていない。活動拠点をラクナウに移してたんだ!」

「本当か!?」

「ああ、魔宝石もちゃんと保管してるらしい。お前たちとの約束も生きてるみたいだからな。ダンジョン攻略と【緑の王】の討伐が確認され次第、すぐに魔宝石を持ってくるそうだ」

「そうか……無事だったか……」


 悠真は息を吐き、胸を撫で下ろす。話を聞いたルイや明人も喜び、カタックの町で政府の人間が来るのを待った。

 そして一週間後。


「いやいや、お待たせしました。私はインド政府の首席顧問をしておりますラームと申します。まさか本当にドヴァーラパーラが消滅し、【緑の王】も倒されるなど、にわかは信じられませんでしてな。確認するのに少々時間がかかってしまいました」


 はははと笑いながら対面に座るラーム。高級そうな紺のスーツを着ており、黒縁の眼鏡をかけている。どうやらインドのお偉いさんのようだ。

 今いるのは探索者シーカーたちが拠点に使っていた最高裁判所の執務室。

 悠真はルイ、明人と並んでソファーに座り、ローテーブルを挟んでラームと向かい合っていた。

 横にいた明人は、チッと舌打ちしラームを睨む。


「そんな前置きはええねん! 魔宝石はちゃんと持ってきたんやろな?」


 悠真は明人の物言いにヒヤヒヤした。政府のお偉いさんを前にしても、明人の尊大な態度は変わらないようだ。


「もちろんです! おい、お持ちしろ」


 ラームは後ろに控えていたスーツの男に声をかける。男は持っていたアタッシュケースをテーブルの上に置き、ダイヤルロックを解除して蓋を開いた。

 悠真たち三人は身を乗り出して中を覗き込む。


「おお……」


 明人が思わず声を漏らす。そこには眩い光を放つダイヤがいくつもあり、黒いベルベット生地の上に並べられていた。


「すごい! 魔宝石の"ダイヤモンド"と"ジルコン"がこんなに……それに一つ一つがかなりの大きさだよ」 


 ルイが目を輝かせて言う。悠真も緊張気味に頷いた。

 これがマナ指数、16000相当の【白の魔宝石】。これだけあれば、きっと楓を助けることができる。

 悠真はそう考え、ゴクリと唾を飲んだ。


「日本政府と約束した魔宝石です。みなさんは、これをお渡しして余りある活躍をされました。インド政府を代表して、心からお礼を申し上げます」


 ラームは手を合わせ、目を閉じて日本人のように頭を下げる。最大限の感謝を表してるんだろう。


「ルイ、水はあるか?」

「ああ、持ってきてるよ」


 ルイは当然のようにバッグからペットボトルを取り出す。悠真は魔宝石を一つづつ口に含み、受け取ったペットボトルの水で流し込んだ。

 

「「えっ!?」」


 部屋の隅で成り行きを見守っていたダーシャとカイラが目を丸くする。大量の魔宝石をいっぺんに飲み込むなど、見たことも聞いたこともなかったからだ。

 

「そ、それ大丈夫なのか!? 体調が悪くなったりしないのか?」


 カイラが恐る恐る聞くと、悠真は「ん、なにが?」と聞き返す。ダーシャとカイラは顔を見交わし、唖然としたままなにも言えなくなる。

 魔宝石を飲み込んだ悠真は、左手を閉じたり開いたりして感覚を確かめる。そして左手に意識を集中し、回復魔法を発動した。

 光を放つ左手を、失った右腕に近づける。

 欠損した腕はみるみる再生していき、少し細いが元の右腕が蘇った。周囲にいた人々から「うわあ」と驚きの声が広がる。

 悠真は一つ頷き、回復魔法が強化されたことを実感する。


「どう、悠真。いけそう?」


 ルイが尋ねると、悠真はなんともいえない表情をした。


「分からない……試してみないと」


 悠真は振り返り、後ろにいたダーシャを見る。


「ダーシャさん、お願いがあります。死亡が確認された人……損壊が少ない死体を用意してくれませんか?」

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