第252話 信じられない爆風

 これが第四階層の魔法なら、簡単には抜け出せない。

 この魔法で倒されることはなくても、動けなければ変身時間の限界がくる。悠真はなんとかしようと藻掻き、炎を体から出そうとする。

 空気を燃やせば抜け出せる。そう思ったが、あまりにも強い風に体の炎が掻き消されてしまう。

 脚が地面にめり込む。もうダメか、と思った時、【赤の王】との戦いが一瞬、脳裏をよぎった。


 ――そうだ。この方法なら……。


 悠真は力を振り絞り、再び体から炎を捻り出して行く。

 わずかな炎しかともらなかったが、今度は消えずに全身に広がっていった。やがて炎は黒く染まり、竜の背から立ち昇っていく。


 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 黒い炎は大気を喰いつくし、上へ上へと昇っていく。

 高く舞い上がった黒炎はいくつもの"龍"となり、巨大な積乱雲に飛び込んでいった。ゴロゴロと低い音が響き、稲妻が宙を走る。

 しばらくすると風が止み、徐々に雲が消えていく。

 悠真は体を起こせるようになったが、これで終わりではない。上空にいまだ顕在している"龍"を操り、【緑の王】へと突撃させた。

 緑の王も真空魔法や風の刃を使って迎撃しようとするが、黒い龍はその全てを飲み込み空中を蛇行しながら進んでいく。

 緑の王と衝突した瞬間、爆発が起こって漆黒の炎が空を埋め尽くした。

 悠真は上空を見上げる。炎が舞い散り、分厚い煙が少しづつ晴れていくと緑の王が姿を現した。

 これまでのような優雅に羽ばたく姿ではない。

 長い尾っぽの一つに黒炎が移り、チリチリと燃えていた。

 黒炎は"消えない炎"。【赤の王】との戦いでは、赤の王の魔力が尽きるまで燃え続けていた。

 だとすれば、今回も相手を焼き尽くすまで消えないはずだ。一度火がついた以上、もう逃れる術はない。勝った!

 悠真がそう思った瞬間、【緑の王】はバサリと羽ばたき、辺りに強い風を巻き起こす。発生した"風の刃"は、黒炎が灯った尾を切断した。


 ――あいつ……自分の体を!


 己の魔法とはいえ、超強力な風魔法。切断された尾は再生することなく、切り落とされた尾っぽだけが、地上で黒炎に焼かれていた。


 ――くそっ、しぶといヤツだ!


 変身能力のタイムリミット近づいている。早くヤツを倒さなくては。もう一度黒い炎を出そうとしたが、うまく魔力が練れない。

 なぜだ? と焦るも、思い当たることがる。

 恐らく王同士の戦いのせいで、空間にある"マナ"が減り始めているんだ。これだけ激しい戦いをすれば、それも当然だろう。

 そのせいで第四階層の魔法が使えないようだが、それは【緑の王】も同じはず。

 厄介なダウンバーストは封じられた。この間にヤツを倒さなくては。悠真は大きく羽ばたいて、再び宙に浮き上がる。

 緑の王はこちらの攻撃を警戒し、周囲に何重もの"真空障壁"を作り出した。

 通常の【炎の龍】を操っても、あの障壁は掻い潜れない。もう時間がない。こうなったらイチかバチか――

 悠真は緑の王を睨みつけ、口内に魔力を集める。

 最後の火球。口の中で魔力を圧縮し、ありったけの魔力を込める。

 大きく口を開け、放たれた炎の弾丸は一直線に敵に向かった。【緑の王】が避ける様子はない。

 防げると確信しているのだろう。上等だ!

 火球が真空の障壁に触れた瞬間、途轍もない爆発が起こり、空が真っ赤に染まる。

 爆炎と爆風が巻き起こる空。黒煙から抜け出し、バサリと羽ばたいたのは緑の王だった。上空で勝ち誇るように優雅に浮かんでいる。

 そんな緑の王の真下、煙の向こうから飛び出してきた影があった。【赤の王】ではない。変身を解除し、『金属鎧』に戻った悠真だ。

 左手の甲から剣を伸ばし、恐ろしい速度で緑の王へ向かっていく。


『おおおおおおおおおおおおおお!!』


 "風"と"爆発"を使って推進力をつけた。これをかわされたら打つ手はない。

 これが最後の攻撃だ! 悠真は左腕を前に突き出し、手の甲の剣をさらに伸ばす。それを見た緑の王は、体の前に"真空の障壁"を展開させた。

 確かに真空は炎を遮断するだろう。だけど!!

 まっすぐに伸びていく剣は真空の障壁を突き抜け、そのまま【緑の王】の体を貫いた。

 巨大な蛾は一瞬、驚いたように羽の動きを止める。


『ありったけの魔力をくれてやる!!』


 剣に赤い血脈が流れ、超高温となって真赤に輝き出す。炎の魔力を流し込まれた【緑の王】はビクリと体を震わせ、剣が刺さった胴がボコ、ボコッ膨れ上がる。

 声にならない声が空に響き渡り、大気が鳴動する。

 瞬間――辺り一面が光に包まれた。

 悠真は目の前が真っ白になり、音すらも聞こえなくなる。まるで自分がどこか別の空間に迷いこんだような感覚。

 しかし、次に感じたのは途轍もない衝撃。

 信じられないほどの爆風が巻き起こり、悠真を含め、あらゆるものを吹っ飛ばしていった。

 それは避難していた明人やルイたちも例外ではない。


「おい、マズいで! あれは――」


 明人が叫んだ刹那、尋常ではない風が吹き荒れる。

 探索者シーカーたちは全員"魔法障壁"を展開するが、防ぎ切れるものではない。大勢が絶叫しながら飛ばされていく。

 なにもかもを飲み込んだ凶悪な暴風。

 極遠まで広がった風は大地を削って地形を変えてしまう。そんな風も三十秒ほどで弱まっていった。大気を引き裂くような音がなくなり、静寂が辺りを包む。


「いたたた……酷い目にあったで」


 倒れていた明人が頭を抱えながら起き上がる。立ち上がった明人が目にしたのは、なにもなくなった大地。

 空には形の崩れた積乱雲が、天を貫くように縦に伸びていた。


「半端やないで……これは【緑の王】の攻撃か? それとも……」


 明人が呆然としていると、近くからかすかに音が聞こえてきた。振り向くと、そこには何人もの探索者シーカーが倒れている。

 その中に顔を歪めながら体を起こそうとする人間がいた。


「ルイ!」


 明人は足早に駆け寄り、ルイに肩を貸す。


「大丈夫か!?」

「うん……なんとか。それより他の人は無事かな?」

「ああ、そうやな」


 ルイと明人は倒れている人たちに声をかけ、怪我人を一ヶ所に運んでいく。救世主メサイアも助け、怪我人の治療にあたってもらう。

 ダーシャやカイラ、アニクたちも無事で、全員で協力しあい、救助活動を行った。

 数人は意識がなく、重傷の者も多くいたが、命に別状はない。なんとか全員が生き残ったのだ。

 ルイと明人が安堵していると、辺りをキョロキョロと見回したカイラが口を開く。


「三鷹は……三鷹はどうなったんだ!? ヤツは勝ったのか? 緑の王に……」


 アニクを始め、助けられた探索者シーカーたちも厳しい表情になる。壮絶な戦いの結末を、誰も知らないからだ。

 明人とルイは西の方角を見る。

 土煙がうっすらと舞っていた。悠真がいるとすれば、この方向だろう。明人はそう思い彼方を見つめる。

 カイラやダーシャ、他の人々も自然と同じ方向を向いた。

 もう戦かっている様子はない。終わったんだ……どちらが勝ったにしても。

 風が吹き、土煙が晴れて徐々に遠くが見えてくる。


「あれは……」


 明人の瞳がなにかを捉える。風に流される土煙の向こう。ゆらゆらと揺れる人影が見えた。

 ルイと明人は目を見開く。


「「悠真!!」」


 二人の声が重なり、すぐに駆け出す。

 悠真は今にも倒れそうなほど、ボロボロの姿で歩いていた。髪は焼け焦げ、服は至る所が破れている。

 肌はすすけ、やはり右腕はなかった。


「大丈夫!? 悠真!」


 ルイが話しかけると、悠真は「ああ」と力なく答える。


「さすがに疲れたよ……もう、立ってるのもやっとだ」


 フラつく悠真の肩を、ルイと明人が慌てて支える。


「しっかりせえ! 緑の王はどうなった? 倒したんか!?」


 明人が尋ねると、悠真は口の端をわずかに上げた。ルイと明人の前に左手を差し出し、ゆっくりと開く。

 二人は「なんだ?」と思い、手の平を覗き込む。

 そこにあったのは、見たこともない輝きを放つ"緑の魔宝石"だった。

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