第287話 猛毒の王

 巨大な"蛾"はバサリと羽をはばたかせ、正面に"風の障壁"を展開する。

 氷のブレスをなんとか防ぐが徐々に空気が凍り、障壁が崩れていく。【緑の王】はさらに羽をはためかせ、今度は"真空の障壁"を作り出した。

 氷のブレスはこの防御を突破できず、力尽きたように細くなり、消えていく。

 空と海。緑と青の王は、お互い睨み合い動かなくなる。

 漁船に乗っていたルイたちは、緊迫感で押し潰されそうになった。そしてその緊迫感を打ち破るかのように【王】たちは同時に動き出す。

 【緑の王】の周囲に風が渦巻き、天と地をつなぐ竜巻へと変わる。

 五つ生まれた竜巻は、まるで生き物のようにうねり、"風の龍"となって海に向かっていく。

 対する【青の王】も魔力を解放した。

 水面に五つの渦ができたかと思えば、渦の中から巨大な水柱が噴き上がる。

 水柱は"水の龍"へと変わって空高く舞い上がった。五体の"水龍"は、襲いくる"竜巻の龍"と空中で激しくぶつかり合う。

 その戦いは、まるで互いに食い合っているかのようだ。


「これは……互角……なのか!?」


 ルイは眉間にしわを寄せて上空を見ていた。どちらも譲る気のない超常の戦い。

 一体どうなるんだ!? と心配したルイだったが、明らかな異変に気づいた。上空で黒い雲が渦巻き、ゴロゴロと音を発している。


「あれは……まさか――」


 空中では水と風の龍が衝突を繰り返し、互いにはじかれて消えていく。

 緑の王はその瞬間を見逃さず、羽をバサリとはばたかせる。分厚い積乱雲から強力な"風"が落ちてきた。

 超大型の【ダウンバースト】。海を削りとるかの如く吹き荒れ、圧力で

 漁船は風によって押し出され、【青の王】から遠く離れた。

 風のバリアがなければバラバラになっていたかもしれない。そのことは船に乗っている全員が理解しており、ホッと安堵の息をつく。

 そんな彼らが見たのは目を疑う光景。

 海に大きな穴が空いていた。風の圧力で水を押しのけ、直径一キロにも及ぶ大穴が空いたのだ。

 よく見れば穴の中央から六本の触手が伸びている。

 まさか―― ルイは驚愕して空を見た。


「青の王を……水から引きずり出したのか!?」


 ◇◇◇


 吹き荒れる風の中、優雅に浮かぶ【緑の王】。ルイが予想した通り、【青の王】は海水の引いた穴の中央で、動けずにいた。

 周りに水がない環境では、充分な実力が発揮できない。

 緑の王はここぞとばかりに羽をはためかせ、無数の"風の刃"を撃ち出す。高速で飛んでいく刃は、容赦なく【青の王】に襲いかかった。

 【青の王】は全身をで覆う。

 ゴツゴツとした甲殻類のような形に変わり防御しているが"風の刃"が直撃すると、その氷をガシガシと斬り裂き、削っていく。

 一発、二発の刃では、すぐに氷の鎧は修復されてしまう。しかし、同じ場所を何度も攻撃すれば、修復は追いつかない。

 巨大なクジラを覆っていた"氷の鎧"は剥がれ落ち、き出しの体に"風の刃"が突き刺さる。

 青の王は「おおおおおおん」と苦し気な鳴声を上げて逃げようとする。

 六本の触手を足のように使い、穴の端に向かっていた。海に突っ込む気のようだ。

 そうはさせまいと、【緑の王】はダウンバーストを当てる位置を微調整する。

 【青の王】はまたしても穴の中央に戻され、逃げ場を失う。それを見た緑の王は、いくつもの"風の刃"を放った。

 その様子を揺蕩たゆたう船の上で見ていたルイは、悠真が勝つことを確信する。

 ――これならいける! 海中にいる敵を倒すのは難しいと思っていたけど、こんな方法があるなんて……。

 ルイは船のへりから身を乗り出し、戦いをよく見ようとした。

 その時、かすかな異変を感じ取る。


「……え?」


 ルイが眉をしかめて後ずさると、ヤコブが怪訝な顔をする。


「どうしたんじゃ!? なにかあったのか?」


 全員が王同士の戦いを見ていたため、近くの変化に気づけなかった。水面の下に、


「周辺に魔物がいます!!」


 ルイが叫んだ瞬間、海からなにかが飛び出してきた。それは大きな海蛇。漁船に突っ込んできたが"風の障壁"に弾かれ、海面に叩きつけられる。

 悠真が張ってくれた防壁が機能してるんだ。

 ルイは落ち着きを取り戻し、冷静に辺りを観察する。漁船の周りには魚人を始め、海蛇やワニのような魔物。少し離れた場所には大海蛇シーサーペントの影まで見える。

 それらの魔物が一斉に襲いかかってきた。

 "風の障壁"が攻撃を防いでいるものの、あまりに数が多すぎる。魔物は連続で障壁にぶつかって突破しようとする。


「うわあああああああ!!」


 船が揺れ、立っていられなくなったフィリックスが叫びながら尻もちをつく。全員が漁船にしがみつき、魔物がぶつかる衝撃に耐えていた。

 ルイは刀の柄に手をかけるが、敵があまりに多いためギリッと歯を噛みしめる。

 このままでは、いずれ"障壁"が突破されてしまう。悠真は【青の王】相手に手が離せない。自分が戦うにしても、水の魔物相手では火魔法の威力は半減する。

 そのうえ、巨大な大海蛇シーサーペントもこちらに向かって来た。八方塞がりだ。

 ルイは考え込む。恐らく、この魔物たちは【青の王】と連携して動いている訳じゃない。

 それぞれの意思で襲いかかって来てるんだ。

 だとすれば【青の王】が追い詰められても、こちらに対する攻撃が止まることはないだろう。じゃあ、どうすればいい!?

 必死に考えるルイがふと空を見上げると、【緑の王】がバサリバサリと羽を動かしていた。

 風魔法の攻撃ではない。周囲にキラキラとしたものが舞い散っている。


「あれは……」


 目をらして見れば、それは鱗粉りんぷんだった。空に舞う大量の鱗粉は、風に乗って広範囲に飛散していく。

 黄金の光を放つ鱗粉が海に落ちると、変化はすぐに現れた。

 海を泳いでいた魔物たちが苦しみ始め、次々と動かなくなる。魚人も、蛇もワニのような魔物も。

 大海蛇シーサーペントさえ動きを止め、海の底へと沈んでいく。


「猛毒……猛毒の鱗粉だ! 魔物が毒にやられて死んでいる」


 ルイは目をすがめて海を睨む。聞いたことがある。【緑の王】は風を操り、猛毒の鱗粉をバラまく恐ろしい魔物だと。

 悠真と戦った時は、【赤の王】に変身していたため、毒の鱗粉が効かないと思ったのだろう。あの戦いでこの力を使うことはなかった。

 ルイは改めて【緑の王】となった悠真を見る。鱗粉はさすがに【青の王】には効かないだろうが、周囲にいる魔物は全滅させてしまった。

 青の王に対しては、近くに十本の竜巻を発生させている。

 竜巻は"風の龍"へと変わり、宙を舞いながら【青の王】に向かって突撃していく。

 【青の王】も対抗するため、六本の触手を上に向けた。触手もを纏い、龍のあぎとのような形となる。

 その顎からブレスを放って"風の龍"を攻撃した。しかし"風の龍"はブレスを軽やかにかわし、六本の触手に向かって襲いかかる。

 触手も必死に迎え撃とうとするが、それを嘲笑うかのように"風の龍"は軽やかに空を舞い、触手の一本を食い千切ってしまった。


「……強すぎる。これが【緑の王】の力!!」

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