第288話 風と海の攻防

 ――もう少しで倒し切れる!


 悠真は"風の龍"を操りながら、自分の勝利を確信した。【青の王】は自分の触手を利用し、六体の"氷の龍"を作り出していたが、こちらには十体の"風の龍"がいる。

 しかも、氷の龍の一本は食いちぎったため、残りは五体。

 さらにはダウンバーストを使い、【青の王】を海から引きずり出した。身動きもろくに取れず、攻撃手段も限られている。

 こちらが圧倒的に有利な状況。押し切ればこっちの勝ちだ!


 ――まさかこんな早々に【青の王】を倒せる機会が来るなんて……。


 まだイギリスに到着さえしていなかっただけに、誤算といえば誤算になる。だが、いい誤算だ。

 悠真は今この瞬間に、【青の王】を倒し切ろうと考えた。

 "風の龍"は何度も敵に襲いかかり、ダメージを与えていたが、あの巨体だ。もっと攻撃を重ねないと。

 悠真はそう思い、自分の周りに

 球体はうねりながらスパイク状に変化した。悠真がバサリと羽を動かすと、何十発もの"真空の弾丸"が飛んでいく。

 青の王は"風の龍"を相手にするのに精一杯。真空の弾丸をかわす余裕はない。

 氷の鎧に次々に着弾、分厚い氷を割って肉に突き刺さった。


「おおおおおおおおおおおおおおん」


 青の王が発する苦し気な声。完全に押していると感じた悠真は、トドメとばかりに魔力を集める。

 もう一度数十発の『真空の弾丸』を作り出し、鋭い切っ先を海に向けた。

 放とうとした瞬間、ぞわりと背中に悪寒が走る。なにか分からないが、。そんな予感がしたのだ。

 悠真はハッとして後方を振り返る。

 嫌な予感の正体が分かった。途轍もない高さのが向かって来ている。通常の津波ではない。

 異常なほど縦に特化して伸びており、高さは一キロを優に超えている。

 巻き込まれたらただでは済まないだろう。悠真は慌てて回避行動に移った。

 巨大津波は悠真の横をかすめ、"穴"に向かって落ちていく。衝撃音と共に大量の水飛沫を巻き上げた。

 あまりの海水量に、ダウンバーストも遮られてしまう。


 ――くっ! 油断した。


 相手は海を操る【青の王】、これぐらいのことは当然やってくるだろう。悠真はの触角を動かし、マナの行方を追う。

 巨大なマナは水中を高速で移動し、どんどん離れていく。


 ――逃げられた! もう、同じ攻撃は通用しないだろう。


 悠真は追いかけるのを諦め、ルイたちの乗った漁船を探した。するとだいぶ離れた場所に浮かんでいることに気づく。

 今の津波の影響であそこまで流されたのか。

 悠真はバサリバサリと羽ばたいて、船の近くまで移動した。


 ◇◇◇


「おい、大丈夫か?」


 フィリックスが頭を押さえながら周りに聞く。ヴェルナーが「俺は大丈夫だ!」と答え、ヤコブやフィンの無事も確認する。

 巨大な津波が突如現れ、海面に落ちたかと思えば、その衝撃で海が荒れ狂った。

 "風の障壁"のおかげで全員無事だが、かなり流されてしまっている。


「みなさん、怪我はなさそうですね」


 ルイが周囲を見渡して安堵の息を吐く。するとヤコブが恨みがましそうに「腰をしこたま打ったがの!」と言ってきた。

 あの様子なら大丈夫そうだとルイが思った時、ふと影に入る。

 なんだろう? とルイが空を見上げると、そこにいたのは巨大な蛾の怪物である【緑の王】だ。

 ヤコブは「ひっ」と腰を抜かして息を飲み、フィリックスとヴェルナーは驚きのあまり言葉を失う。緑の王は空中で徐々に小さくなり、黒鎧の姿になるとそのまま漁船に飛び降りた。

 船は大きく揺れ、フィリックスたちは転びそうになる。


「あ、すいません」


 悠真は黒鎧の姿のままヤコブに向かって頭を下げる。


「う……うぅ……ああ」


 ヤコブはうなり声を上げるだけで、どうしていいか分からない様子だ。ルイは悠真に近づき声をかける。


「それで、どうだった? 【青の王】は倒せたの?」

「いや、逃げられた。海の中を進んでいくからな……追いかけるのはムリだ」

「そうか……」


 ここで倒せたら良かったけど……ルイは少し残念そうに言うものの、悠真にムリをさせる訳にもいかない。


「仕方ないよ。最初の予定通り、イギリスに行って状況を確認しよう」

「ああ、そうだな」


 時間がきたようで、悠真は"黒鎧"から元の姿へと戻った。怖がっていたヤコブも落ち着いたのか、悠真に近づいてくる。

 眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をした。


「お前、あんな怪物みたいな姿に変身できるのか!?」

「え? ええ、まあ、ちょっとだけですけど……」


 ヤコブはニヤリと笑い、目を見開く。


「すごいのう! そんなことができる探索者シーカーがいるとは知らんかった。お前ならドイツの探索者集団クラン『シュッツヘル』にも入れるかもしれんぞ! 日本なんぞにおらんで、ドイツに移住するといい!」

「は、はあ……」


 ヤコブはワッハッハと豪快に笑いながら、困惑する悠真の背中をバンバンと叩いた。悠真は苦笑いするしかない。


「ヤコブさん、このままイギリスに行こうと思うんですけど、運転をお願いできますか?」


 ルイの言葉に、ヤコブは「もちろん、そのつもりじゃ。任せておけ!」と、意気揚々と運転席に向かう。

 本当に行くんですか? とゴネるフィンを「うるさいわい!」と追い払い、船のエンジンをかける。

 ルイはフィリックスとヴェルナーにも視線を向ける。


「二人とも、大丈夫ですか? かなり怖い目に遭わせてしまって……今ならハンブルクに戻ることもできますけど」


 二人に気を使ったルイだが、フィリックスはフンと鼻を鳴らす。


「なに言ってんだ! 俺はコングロマリットと戦ってるお前たちを見てるんだぞ! こんなことでビビるかよ。なあ、ヴェルナー!」


 話を振られたヴェルナーだが、彼はコングロマリットとの戦いは見ていない。

 今回の【青の王】と【緑の王】の戦いをの当たりにして、かなり驚いているように見えた。

 ヴェルナーが即答できずにいると、フィリックスはヴェルナーに近づき、「なあ、問題ないだろ? なあ?」と有無を言わさないように詰め寄る。

 結局、ヴェルナーは「あ、ああ、そうだな。大丈夫だ」と言うしかなかった。

 ちょっとムリヤリ感はあったが、全員の同意(フィンを除く)が取れたため、イギリスに向け改めて出発することになった。


「よし! では出発じゃ!!」


 ヤコブがハンドルを握りレバーを前に倒すと、漁船はゆっくりと進み始めた。

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