第286話 存亡をかけた戦い

 海面がうねり、大きな波が立つ。

 それに伴い、漁船が揺れる。悠真たちは船体にしがみつき、なんとか耐えようとするが、揺れはどんどん激しくなる。


「お、おい! マズいぞ、このままじゃ!」


 フィリックスが顔をしかめて叫ぶ。悠真も危機感を抱いた。

 これ以上波が大きくなれば、確実に船が沈むだろう。なんとかしないと、と思った時、波が一瞬収まった。

 だが、次の瞬間――海から

 水飛沫みずしぶきの向こうに見えたのは六本の鎌首。大海蛇シーサーペントかとも思ったが、顔などはなく、ただ無機質にこちらを見下ろすのみ。

 なにがなんだか分からなかった。

 さらに海はうねり、六本の鎌首の中央から、より巨大なものがせり上がってくる。

 それは山のように見えた。海を裂いて現れたため、大きな波が起き、漁船が巻き込まれる。

 

「くっ!」


 悠真は風魔法を操り、なんとか船の姿勢を維持しようとした。

 ヤコブやフィリックスが絶叫する中、船は水面を激しく跳ねるも、なんとか沈没を免れる。だいぶ流された船の上で、悠真たちは顔を上げた。

 そして誰もが言葉を失う。目の前の光景が信じられなかったからだ。


「あれが……【青の王】……」


 浮き出た頭の部分だけでも二十メートル以上ある。クジラより遥かに大きいであろう体躯。

 その周りに六体の蛇のようなものがいた。

 高さは四十メートル以上はある。全体像を見ることができないが、海中にある体は見えている部分の何倍もあるに違いない。

 悠真は生唾を飲み込み、動けなくなる。

 隣にいたルイも戸惑っていたが、悠真に視線を向け口を開く。


「青の王? 悠真、なにか感じるの!?」

「ああ、左手がうずくんだ。間違いない! あれが水の魔物の頂点【青の王】だ!」


 ルイは改めて眼前に現れた魔物を見る。


「青の王はクジラに似た魔物で、六本の触手を持つと言われてる。確かに、見た目は噂通りだね」

「あの蛇みたいなの、触手なのか!? 気持ち悪いな」


 二人がそんな会話していると、ヤコブが操舵席から立ち、大声を上げる。


「なにを呑気に話しておるんじゃ! あの化物をなんとかせい!! あんなものに襲われたら、この漁船なんぞ一発で沈んでしまうぞ!」


 いきり立つヤコブに、悠真は「わ、分かりました」と答え、船のへりのぼった。


「お、おい大丈夫か!? あんなにデカいヤツに……まして海の中にいる魔物を攻撃できるのかよ?」


 不安そうに尋ねてきたフィリックスに、悠真は笑顔を見せる。


「大丈夫です。心配しないで待ってて下さい」


 悠真は体に力を込め、全身を『金属化』した。漆黒の鎧が体を覆い、額から長い角が伸びる。

 なにも知らないヤコブは「な、なんじゃ!?」と驚き、フィンも突然のことに困惑した。

 そんな二人をよそに悠真は【青の王】を睨みつける。

 六本の触手がわずかに揺れた。すると海面が動き、。巨大な柱が百メートルほどに達すると、今度は頭から落ちてきた。

 その姿は"水の龍"。龍は速度を増し、突っ込んでくる。

 悠真は風魔法で漁船を覆う【障壁】を張る。龍が衝突した瞬間、海面が爆発したように弾け、大量の水飛沫でなにも見えなくなった。


 ◇◇◇


 青の王は悠然と成り行きを見守っていた。自分のテリトリーに入ったを排除するためここまできたが、その正体は分からなかった。

 今まで感じたことのない、強大ななにか。

 決して見過ごせないと本能がいっている。しかし、今の一撃で倒れたのなら、さほど気にすることもなかったか。

 そう思った青の王は、海面に出た

 破壊したはずの船が、無傷のまま海を流れている。殺せていない。そしてなにより問題なのは、

 青の王はハッとして上空に意識を向けた。

 なにかいる。遥か上、姿は見えずともハッキリと分かる。六本の触手がアンテナとなってマナの流れを感じ取り、の敵を識別する。

 あれは自分と同じ存在。大きな羽を持ち、強大な"風の魔力"を宿す。

 戦うしかない。己の存亡をかけ、全力で戦うしかないのだ。【青の王】はゆっくりと全身を海中に沈める。

 自分の力を最大限に引き出し、を殺すために。


 ◇◇◇


「な、なんじゃあれは!? あの若造が変身して飛んでいったように見えたぞ!」


 ヤコブは上空を見上げながら、信じられないといった表情で口を開ける。

 それはフィリックスやヴェルナーも同じで、吹き荒れる風に耐えながら顔をしかめていた。


「なんだよ!? 【黒い巨人】に変わるんじゃないのか? なんなんだ、あの姿!?」


 フィリックスは訳が分からない様子で眉根を寄せる。

 それもそうだろうとルイは思った。コングロマリットを倒した時、悠真は巨人の姿をしていたが、今は

 ルイは改めて空を見る。

 優雅に浮かぶは毒々しい羽をはためかせ、二本の尾っぽ伸ばす"虫"の魔物。

 悠真は最強の魔物の一角、【緑の王】に変身していた。

 インドで【赤の王】に姿を変えて【緑の王】を倒したように、今度は【青の王】を倒そうとしている。

 だが、気になるのは相性の関係だ。

 緑の王と戦った時は、相性の良い赤の王に変身することができた。しかし今回、相性による優位性はない。しかも、空と海という環境の違いもある。

 ルイは大丈夫だろうか、と不安になった。

 そんなルイの不安を消し飛ばすかのように、【緑の王】となった悠真が攻撃を仕掛ける。

 羽をバサリバサリとはためかせ、いくつもの"風の刃"を生み出した。

 刃はまっすぐに飛んでいき、海面にぶつかると水を深々と斬り裂く。海水が噴き上がり、大きな波を起こす。

 その影響を、漁船はモロに受けた。


「うわああああああああ!!」

「沈んじまう!!」


 フィリックスとヴェルナーの絶叫。ヤコブは舵を握りしめ、なんとか船の姿勢を維持しようとするが、大波には逆らえない。

 鬼のような形相になるヤコブの後ろ、フィンはしゃがみ込んで座席を掴み、ただただ震えるばかり。

 ルイも船のへりを掴んで耐えていたが、このままでは船が沈むのも時間の問題だ。

 そう思った時、船全体が白い膜で覆われた。


「え?」

 

 なにが起きたのか分からず、ルイはキョトンとした。船は安定し、波の影響を受けている様子はない。

 ルイはハッとした。


「もしかして……悠真が"風魔法"で守ってくれたのか!?」


 その言葉を聞き、フィリックスは「マジかよ!」と驚き、ヴェルナーも「ハハ、すげーな」と喜んだ。

 船が安定したことで落ち着きを取り戻したヤコブは、なにも言わないまま空を見つめる。そんなヤコブの後ろで、フィンだけは「早く帰りたい……」と弱音を漏らしていた。

 ルイは改めて視線を空に戻す。

 巨大な"蛾"は、さらに強力な"風の刃"を生み出し、海ごと【青の王】を斬り裂こうとする。

 その動きに対し、【青の王】も黙ってはいない。

 六本の触手が海面に現れたかと思えば、それぞれが"氷の鎧"を纏っていく。その姿は、さながら"氷の龍"に見えた。

 六体の"氷の龍"はガパリと口を開け、強烈なブレスを放つ。

 空を切り裂くように進む"氷のブレス"は風の刃を弾き飛ばし、【緑の王】に襲いかかった。

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