第155話 追跡者

 イギリスの探索者集団クラン‶オファニム″――


「おいおい、本当に来んのか? 赤いワンちゃんは。他の場所に行く可能性だってあるだろう」


 マイケルが筋骨隆々の肩をすくめ、アウトドア用のハイスタイルチェアに座るシャーロットに声をかける。


「分かる訳ないでしょ。黒鎧を見つけるために魔物を使うなんて、そんなクレイジーなこと誰もやったことないんだから!」


 シャーロットは少し苛立った様子で立ち上がり、腕を組んで路面を見る。

 彼らがいるのは東京都練馬区にある陸上自衛隊練馬駐屯地。その倉庫の一つに陣取っていた。

 倉庫の前には多用途ヘリコプター UH-1Hがある。

 防衛省がシャーロットたち‶オファニム″のために用意したものだ。すぐに出発できるよう、操縦士はコックピットで待機している。

 ヘル・ガルムがどこに向かおうと、対応する準備はできていた。

 魔犬が東京に入って黒鎧を見つければ、このヘリで空から急行する。けっして逃がしたりはしない。


「さあ、いつでも来なさい。私たちをターゲットへと導いて」


 シャーロットの目は、遥か彼方を見据えていた。


 ◇◇◇


 アメリカの探索者集団クラン‶プロメテウス″――

 アルベルト率いるプロメテウスは、東京都港区六本木にある米陸軍赤坂プレスセンターに集まっていた。

 敷地面積は3万1670平米もあり、ヘリポートまで併設されている。

 そのヘリポートにV-22(オスプレイ)が一機着陸していた。後部ハッチは開いており、プロメテウスの探索者シーカーたちが出入りしている。

 探索者集団クランの副リーダー、ミア・イネスが機内に入ると、座席にぐでっと寝転がる大男が目についた。

 日本の雑誌を顔に乗せ、いびきを掻きながら呑気のんきに寝ている。

 あまりに気の抜けた態度に、ミアは呆れたように溜息をつく。


「アルベルト……今日が最大の山場になるかもしれないのに、もっと緊張感を持って下さい!」


 顔に乗せた雑誌をズラし、アルベルトは目を細めてミアを見る。


「ふぁ~、ミア。今日の作戦は日本政府主導だ。我々にできることはないよ」


 欠伸あくびをしながら話すアルベルトに、ミアは「まったく!」と言って頭を抱える。

 いつものことながら、少しは探索者集団クランのリーダーらしくできないものかと嘆息していると、後ろから声がかかる。


「全員、準備ができました!」


 振り返れば、そこには黒いバトルスーツを纏った屈強な男女の探索者シーカーが立ち並んでいた。まごうことなき世界最強の力を持つ者たち。

 このメンバーを擁して敗北など有り得ない。


「‶黒鎧″は、我々プロメテウスが始末する! 他の国に先を越されるなよ!!」

「「「はい!」」」


 統率された軍人のような探索者シーカーたちは、一様に顔を引き締めた。


 ◇◇◇


 ‶雷獣の咆哮″、‶オファニム″、‶プロメテウス″などの探索者集団クランが準備を進める中、日本に入っていた他の海外勢も配置につく。

 日本の大手や準大手の探索者集団クランも、それぞれが距離を保ちつつ配置についた。

 どこで‶黒鎧″を発見しても、対応できるようにするためだ。

 そしてとうとうヘル・ガルムは人が多い東京の街中に入ってきた。ここまで来ると、さすがに人目につき始める。


「おい、なんだアレ?」

「犬? 大きくないか」

「え!? なんか燃えてない?」


 赤い魔犬は車道を渡り、ビル街を抜けて、まっすぐどこかに向かっている。

 ぶつかりそうになったため、慌ててブレーキを踏む車もあった。だがヘル・ガルムが人を襲う様子はない。

 遠巻きで見張っていた探索者シーカーは、互いに連絡を取りながら警戒を続ける。

 ヘル・ガルムは口から火の粉を漏らしつつ、板橋区から練馬方面に向かっていた。


 東京都新宿区にある防衛省市ヶ谷庁舎――

 ここに防衛大臣の高倉や、防衛審議官の芹沢。民間企業からはエルシードの本田など、関係各所の責任者が集められていた。

 350平米はある会議室にはいくつものモニターが設置され、様々な場所の映像が流される。

 ‶黒鎧″がいつ現れてもいいよう態勢を整えていた。


「大丈夫なんだろうな? 失敗は赦されんぞ」


 高倉が苦々しい表情で呟くと、隣に座る芹沢が緊張した面持おももちで口を開く。


「この案件、予想外に総理は前向きでした。恐らく、民間人に多少の犠牲が出たとしても、‶黒鎧″は倒せという意味かと」


 高倉は微笑して首を振る。


「多少か……多くの犠牲が出たり、まして黒鎧を取り逃がせば、私が責任を取ることになるだろう。もちろん、芹沢。お前もただではすまんぞ」

「心得ています」


 二人が見つめる先、会議室に設置されたモニターには、いまだ平和な街並みが映されていた。


 ◇◇◇


「あ~疲れた。今日もあんまり取れませんでしたね」


 悠真が『青のダンジョン』入口の部屋で、汗だくになった田中に声をかける。


「うん、でもこれだけ取れれば充分だと思うよ。以前より‶魔宝石″の買取価格も上がってるしね」


 二人はドーム型の施設を出て、会社に戻ることにした。


「ちょっと待ってて、社長に連絡するから」


 駐車場に停めてある田中の愛車、R50の赤いミニクーパーに乗り込むと、田中はスマホを取り出し電話をかける。

 助手席に乗っていた悠真は電話が終わるのを待ちながら、ぼんやりと今後のことを考えていた。

 ――これからどうなるんだろう? 社長からは『金属化』するなって言われてるけど、生身の状態だと探索者シーカーとしてはただのポンコツだからな……。

 悠真はハァ~と溜息とつく。すると隣で「え?」と驚く声がした。


「ど、どういうことですか!? ええ……はい、じゃあ悠真くんに? はい、分かりました」


 田中は電話を切り、しばし呆然とする。


「どうしたんですか?」と悠真が尋ねると、「あ、ああ」と田中は我に返った。

「社長の所にね。海外の探索者シーカーや大手の探索者集団クランの動きがおかしいっていう情報が入ったみたいなんだ」

「おかしいって……なにがですか?」

「僕も詳しくは分からないんだけど、ひょっとすると‶黒鎧″……悠真くんの居場所に気づいたんじゃないかって……」

「ええっ!?」

「あくまで推測だよ。決まった訳じゃない。ただ念のため、すぐに会社に戻って来いって社長が言ってるんだ」

「そうなんですか」


 田中はエンジンをかけ、車を駐車場から出す。都道311号を走る車に揺られながら、悠真は不安を募らせていた。

 ――もし本当にバレたら……。


「あ! そうそう悠真くん。社長から、今日取ってきた『魔宝石』を、全部悠真くんに食べさせるように。って言われたんだ」

「え?」


 悠真がキョトンとする。田中は赤信号で停車すると‶魔宝石″を入れた黒いケースを「はい」と言って差し出してきた。


「いいんですか?」

「うん、いざという時、役に立つかもしれないからね。たぶん全部で120ぐらいのマナ指数になると思うよ」


 田中からケースを受け取り、フタを開ける。中には魔宝石のアクアマリンやアイオライトが数個入っていた。

 社長が言うなら、かなり切羽詰まった状況なんだろう。


「じゃあ遠慮なく」


 悠真は魔宝石を手に取って、丸ごと口に放り込む。田中から渡されたペットボトルの水で、ゴクリと飲み込んだ。

 腹がじんわりと熱くなる。


「うん、ちゃんと取り込め――」


 悠真が運転席の田中を見た瞬間。窓の向こうからなにかが走って来ることに気づく。

 大きくて赤い犬。何度も見たその魔犬を忘れるはずがない。


「ヘル・ガルム!!」


 凄まじい衝撃音。車は吹っ飛ばされ、二回、三回と横転する。ガラスが全て割れ、転がった車体はビルの側面に激突した。

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