第149話 専門家会議

 東京千代田区――

 中央省庁の合同庁舎第8号館で開催された政府直轄の専門家会議は、連日侃々諤々かんかんがくがくの議論が交わされていた。

 議長としてまとめていたのは、防衛審議官の芹沢だ。


「海外から上位の探索者シーカーが次々と来日しています。国内の探索者集団クランも準備を整え、東京に集まっていますが、問題は‶黒鎧″の行方です」


 集められた専門家の面々が、一様に押し黙る。黒鎧の存在が一般公開されても有用な情報は上がってきていなかった。

 黒鎧の居場所が分からなければ、どれだけ探索者シーカーが集まろうと意味がない。

 専門家会議の焦点は、目下そのことに集約していた。


「やはりダンジョン周辺と考えるのが妥当じゃないかね。日本各地のダンジョンからマナが漏れ出していると報告が上がっている。‶黒鎧″もマナを求めて移動すると考えるのが妥当だろう」


 声を上げたのは芹沢の正面に座っている東京帝都大学の教授だ。会議場には十四人の専門家が出席し、囲むようにロの字に座っていた。

 教授の意見に、芹沢も同意する。


「おっしゃる通りです。我々が想定しているのは茨城の『赤のダンジョン』、東京にある『青のダンジョン』、新潟にある『緑のダンジョン』が候補に挙がるかと」


 芹沢の話に、ダンジョン研究家の橋田が口を挟んだ。


「北海道の『白のダンジョン』や、福岡の『緑のダンジョン』は候補に入らないんでしょうか?」

「それについても検討はいたしましたが、距離が遠いうえ、漏れ出す‶マナ″の量も比較的少ないようです。候補から外してもいいのではないかと考えます」

「う~む」


 芹沢の説明に、橋田は納得して口をつぐむ。代わりに声を上げたのは、国立科学研究所の所長、鴨川愛子だった。

 

「神奈川にあった『黒のダンジョン』周辺はどうでしょうか?」

「黒のダンジョン……ですか?」


 芹沢は戸惑った表情を浮かべる。


「すでに崩壊したダンジョンですけど、元々‶黒鎧″はそこにいた訳ですよね? だったら、その周辺に潜んでいてもおかしくないんじゃないでしょうか?」


 鴨川は眼鏡の位置を直し、芹沢を見る。女性として初めて国立科学研究所の所長になったやり手の研究員だけに、その表情は自信に満ち溢れていた。


「確かにそうですね。その点も含め、当面は関東を中心に探索者を配置しましょう。黒鎧の目撃情報があれば、すぐに対応できるようにしておきます」


 会議は終了し、専門家たちが席を立つ。

 だが、芹沢は席に座ったまま、深い溜息をついた。あれほど目立つ魔物でありながら、本当に消えてしまったかのように手掛かりがない。

 専門家の一部からは、なにかに擬態しているのではないか? との疑念まで上がっていた。

 もしそうなら世間は大騒ぎになるだろう。

 予想以上に事態は深刻だ。芹沢が眉間に皺を寄せ、瞼を閉じていると部下の一人が声をかけてきた。


「芹沢審議官。ご依頼があった件、調べておきました」


 差し出された黒いファイルを受け取り、中を開く。それは、海外の探索者シーカーで‶マナの感知能力″が高い人物をピックアップしたファイルだ。

 彼らがこの作戦の鍵を握る。芹沢は真剣に、そう考えていた。


 ◇◇◇


 東京都大田区。アイシャ・如月の研究所に、神崎は足を運んでいた。


「いつ来ても、薄暗くて小汚い所だな。もっとキレイな所に引っ越したらいいんじゃねーのか?」

「うるさいぞ。余計なお世話だ」


 アイシャはデスクの前に座り、パソコンでなにかを調べていた。


「おい! 悠真のこと真剣に考えてるのか!? このままじゃ本当にマズいことぐらい分かってるだろ!」


 怒鳴る神崎に対し、アイシャは辟易へきえきした様子で振り向く。


「カッカするんじゃない。分かってるさ、私だって色々考えてる」

「考えてるって……なにか打つ手があるのか!?」


 神崎は期待を抱くが、アイシャは気だるそうに首を振る。


「やはり、どうにもならんな。いくら考えても、いいアイディアなど思いつかん」

「なんだそれ! それでも学者か!? 昔は権威って呼ばれるほど優秀だったんだろ?」

「うるさいヤツだ」


 アイシャは不快そうに顔を歪めた。神崎は構わず口を開く。


「今から政府やダンジョン協会に報告すればなんとかなるんじゃないか? このまま逃げ回る訳にもいかんだろう」

 

 ここ最近、神崎は悠真を助けようと色々と奔走していた。だがうまくいかず、結局事情を知るアイシャにしか頼ることができない。

 そんな神崎の意見に、アイシャは「やめておけ」と明確に否定した。


「報告した所で悠真くんは連行され、良くて一生監禁。悪くて即、処分だろう」

「処分て……悠真は人間なんだぞ! 法律的に簡単に殺される訳ねーだろ」

「分かってないな、お前は」

「なに!?」


 神崎が怒りに満ちた声を上げるが、アイシャが気にする様子はない。


「確かに、平時なら人権は尊重され守られるだろう。だが有事の際は違う。国家の安全のためとお題目が付けば、なんでもやってくるのが政府ってやつだ」

「それは――」


 神崎は言葉に詰まる。悠真の件は前例がないため、本当にどうなるか分からかったからだ。


「とにかく、今は見つからないようにするしかない。絶対、悠真くんに目立つようなマネはさせるなよ」

「そんなことは分かってるよ! だが、ホントに大人しくしてりゃあ大丈夫なのか? お前は見つからねえって言うが、一番心配なのはそこだ!」


 神崎は部屋に置かれたソファーにドカリと腰を下ろし、ぶすりとした顔のまま、内ポケットからタバコを取り出した。


「ここは禁煙だぞ」

「そんなルールいつできたんだ?」


 神崎は構わずタバコを口に咥え、火をつける。

 アイシャはおもむろに椅子から立ち上がり、神崎の元まで歩いていく。ふんっと鼻を鳴らして、立ったまま神崎を見下ろした。

 

「悠真くんの‶マナ″は莫大だ。だが人の状態であれば、探索者シーカーがそれを感知するのは難しいだろう。私が作った精密なマナ測定器や、魔物の感知能力でもない限りは見つけ出すのは不可能に近い。ただし――」


 アイシャは上から神崎を睨みつける。


「金属化すれば話は違う。内側にあるマナが、外に向かって放出される。これは魔物の特徴と同じだ」

「魔物と同じって……」


 神崎は怪訝な顔をする。


「一部の探索者シーカーが魔物を感知できる理由でもある。魔物はマナを使って体を強化したり、魔力に変えて魔法を使うため、マナは外側に放たれる。それを感じ取れる人間がいるんだ」

「じゃあ、悠真も――」

「そうだ。金属化すれば同じようにマナが外に溢れ出す。世界中から探索者シーカーが集まってる以上、探知されるリスクは高まってる。まあ、そこにさえ気をつければなんとかなるだろう」

「本当にそれで大丈夫なんだな?」


 アイシャは顔を上に向け、少しだけ考える。


「一つだけ、正体が暴かれる可能性があるにはあるが……」

「なんだ? その可能性って!?」


 神崎が慌てるが、アイシャは首を横に振った。


「……いや、なんでもない。そんな方法を政府が取るとは思えんからな。気にしなくていい」


 アイシャはそれだけ言うとデスクに戻り、椅子に座って足を組んだ。再びパソコンになにかを入力し始めた。

 話はそれで終わりのようだ。

 神崎は口から煙を吐き、苦虫を潰したような顔をする。

 ――なんなんだ一体。とにかく金属化は厳禁か……悠真に改めて言っておかないとな。

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