第148話 偶然の出会い

「うわ~見て見て、悠真! 青の魔宝石‶サファイア″だよ。綺麗だよね~」

「ああ、確かに綺麗だな」


 ジュエリーショーケースに並べられていたのは、高そうな青い宝石‶サファイア″や‶アクアマリン″だ。

 二人は子供のようにマジマジと眺める。ブリリアントカットされた宝石は美しい輝きを放ち、見る者の心を捉えていた。

 とは言え、魔宝石の形は人工的なものではない。

 魔物から産み落とされた瞬間から、形が決まっているのだ。そんな不可思議な宝石の数々を、楓と悠真は見て回る。

 ステップカットされた‶緑″のエメラルド。

 オーバル・ブリリアントカットされた‶赤″のルビー。

 カボションカットされた‶黄″のアンバーなど。

 どれも綺麗な物ばかりだが、気になるのはその値段だ。


「うわ! エメラルド、1カラットで1000万円だって。サファイアも1カラットで同じ値段だ!」


 悠真は驚いて口を開ける。1カラットは0.2グラムなのでたいした大きさではない。それなのにこの値段……。


「悠真! こっちなんて、1カラットで2000万円だよ!」

「え!?」

 

 それは雷魔法が使える黄色の魔宝石‶琥珀アンバー″だった。

 深みのある透き通ったオレンジ色で、眺めていると引き込まれそうになる。

 見ればルビーも同じ値段。やはり強力な魔法である【火】と【雷】は、他の魔宝石の倍はするようだ。

 しかし、それ以上に凄かったのが――


「ゆ、悠真! この宝石!」

「い、1カラットで、一億!?」


 目の前のショーケースに入っていたのは白の魔宝石‶ジルコン″だ。

 やや青みがかった宝石で、少し丸っこいダイヤのようにも見える。悠真はゴクリと喉を鳴らした。

 白の魔宝石は高い高いとは聞いていたが、目の前で値段を見ると実感する。


「やっぱり‶回復魔法″が使える魔宝石は別格みたいだね」

「ああ、そうだな。俺の給料じゃ、一生買えそうにない」


 見ていることしかできない宝石に、二人はハァ~と溜息を漏らす。


「私、会社では‶回復魔法″を見たことあるけど、魔宝石は見たことなかったから、一度見たかったんだよね」


 楓は前屈みになってショーケースを見つめている。

 悠真も白の魔宝石を見るのは初めてだった。ケースの中にはジルコンだけでなく、‶ムーンストーン″や‶ロッククリスタル″といった白の魔宝石も並べられている。


「どれも凄い値段だな。まあ、人の病気や怪我を治せるんだから、それも当然か」

「まさに夢の魔法だよね。私もマナがあったらな~魔法を使って患者さんを助けたいよ。お医者さんみたいに」

「マナがあっても金がなきゃ、魔宝石は買えないだろ!」

「それもそうだね」


 楓と二人で笑い合う。そんな時、店の奥で大きな声がした。


「なんや、これ! 1カラットで10億!? ダイヤモンドってこんなに高いんか? か~さすがに手が出えへんな」


 二人で振り向く。奥にある一番高級そうなショーケースを、男が覗き込んでいた。

 背丈ほどある黒くて長いバッグを肩に担ぎ、「けったいやな~」と頭を掻く。悠真は怪訝な顔でその様子を見ていた。

 男は振り返りこちらに歩いてくる。

 キョロキョロしながら、他の魔宝石を眺めているようだ。


「なんか変わった人だね」

「そうだな。もう出ようか?」


 悠真の言葉に楓は「うん」と頷き、二人で店を出ようとすると――


「あれ? あれれれ、兄ちゃん、どっかで会ってへんか?」


 男が悠真の顔を覗き込み、急に声をかけてきた。


「い、いえ、会ったことないですけど……」


 そこまで口にして悠真も思った。――あれ? そう言われれば、どこかで会ったような……。

 二人で顔を見合わせ、う~んと唸る。先に声を上げたのは関西弁の男だ。


「ああ! そうや、東京で就活しとる時に会った子や! 間違いない」

「就活?」


 悠真は急速に記憶の糸を手繰たぐり寄せる。――そう言えば! と思い出した。


「確か、GIG社の面接がうまくいかなかった時、帰りに缶コーヒーをくれた……」

「そう、そう! それ、ワイやワイ! 思い出してくれたか」


 完全に記憶が蘇った。名前は忘れたが、変な関西弁をしゃべる人に声をかけられていたな。その人がどうしてこんな所に?


「ワイ、あの後ダンジョン関連企業に就職できてな。今、仕事でこっちに来とるんや」

「そうなんですか。良かったですね、就職できて」

「自分はどうなん? 就職はうまくいったんか?」


 急に問われて言葉に詰まる。


「え、ええ、まあ、就職はできました」

「そうか! 良かった良かった。二人とも無事就職できたんなら、なによりや。プーにならんで良かったやん!」

「そ、そうですね……」


 一応就職できたと言っても、零細企業中の零細企業であるD-マイナーだ。

 就活として成功かは微妙な所である。


「えーと、すいません。名前聞いてたはずなんですけど、忘れちゃって」

「なんや、かまへん、かまへん! 一回名乗っただけやからな。ワイは明人あきとや、明人って呼んでくれ」

「は、はあ……明人さんはどこの会社に就職したんですか?」

「おお、よう聞いてくれた! ファメールの子会社で『エムファイブ』って会社や」

「え!? ファメールの? 大手じゃないですか」

「いや、子会社やからな。大手ではないけど。まあ、そこそこの会社やと思うで」


 二人で話をしていると、隣にいた楓が袖を引いてきた。小声で話しかけてくる。


「悠真、知り合いなの?」

「あ、うん。知り合いっちゃあ、知り合いだけど……」


 それを見ていた明人は、苦笑いして頭を掻く。


「ああ、すまん、すまん。デート中に邪魔したようや、ワイもう行くわ」

「い、いえ、デートしてる訳じゃ……」


 否定しようとした悠真の肩を叩き「ええって、ええって」と言いながら明人は出口へと向かう。

 階段を下りようとした時、なにかに気づいたように振り返った。


「そう言えば、ワイも名前を聞いたはずやのに覚えとらんわ。悪いけど、もういっぺん教えてくれへんか?」

「え? ええ、三鷹です。三鷹悠真」

「悠真か。覚えたで、同業者ならまた会うこともあるやろ。またな、悠真」


 明人はそう言いながら手を振り、去っていった。


「なんだか不思議な人だったね」


 楓に言われ、悠真は「確かに」と苦笑する。本当にまた会いそうな、そんな予感がした。


 ◇◇◇


 倉庫型の店舗を後にした明人はしばらく歩き、ビルの一角にたむろする集団の元へと向かう。


「あ、天王寺! どこ行ってやがった!? 探してたんだぞ」


 集団のリーダー格の男が声を張り上げる。


「すんません。せっかく東京来たんで‶魔宝石″で有名な店、見とこう思うて」

「勝手な行動をするな! この後、打ち合わせがあるんだぞ。お前の兄貴でも勝てなかった‶黒鎧″に関してだ!」


 その言葉を聞いて天王寺明人は、フッと口元を緩める。


「心配いりませんて。ワイの【魔法付与武装】なら‶黒鎧″の体も、きっちり貫きますから」

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