第147話 大型店舗

 成田空港。午後に到着したブリティッシュ・エアウェイズの38便。

 航空機に取り付けられたボーディング・ブリッジに、大柄な白人男性が姿を現す。男は振り返り、後ろの仲間に声をかけた。


「日本は初めてだからな。シャーロット! まず飯を食いに行こう。寿司に蕎麦、焼き鳥なんかもいいんじゃないか?」


 シャーロットと呼ばれた金髪の女性は、ハァーと溜息をついて前を見る。


「マイケル、観光しに来たんじゃないのよ! 私たちの目的を忘れないで」

「はいはい、分かってるよ。相変わらず固いな」


 マイケルは肩をすくめて笑った。


「さっさと‶黒鎧″を倒して、のんびり観光しようぜ」


 ブリッジを渡り、空港のターミナルビルに向かうシャーロットとマイケルの後ろからも、何人もの屈強な男女が歩いて来た。

 彼らはイギリスの最強探索者集団クラン‶オファニム″――


「問題は起こさないでね。マイケル」


 リーダー『シャーロット・ベイカー』マナ指数6200


「おいおい、子供じゃないんだぜ。シャーロット! もっと信用してくれよ」


 副リーダー『マイケル・ワード』マナ指数5700


 総勢十二人の探索者シーカーたちが‶黒鎧″討伐のため、日本政府に呼ばれていた。

 そしてこの日、ドイツ、イタリアからも上位の探索者集団クランが到着する。黒鎧に対する包囲は、静かに、だが確実に構築されていた。


 ◇◇◇


 北海道『白のダンジョン』百二階層。


「うおおおおおっ!」


 ルイの振るった炎の刀が、白い人型の魔物を斬り裂いた。魔物は炎に包まれ、ややあって砂へと変わる。


「ハァ……ハァ……やった」


 ルイは肩で息をしながら汗を拭い、炎熱刀を鞘に納めた。


「なんだルイ。まだ深層にも到達してないのに、へばってるのか? 先はまだまだ長いんだぞ」


 天王寺はやれやれといった表情でルイを見る。


「そうですね……すいません」


 白のダンジョンへは‶雷獣の咆哮″から天王寺、ルイ、泰前、美咲・ブルーウェルの四人で来ていた。


「天王寺、私たちも連戦でそろそろ限界だ。エジンバラの樹はこの辺りにあるんじゃないのか?」


 尋ねたのは疲れた表情を見せる美咲だ。泰前も「確かにしんどいな。元気なのは天王寺だけじゃねーか!」と愚痴り出す。

 エジンバラの樹は『白のダンジョン』に自生する大樹で、魔物が寄り付かない特徴がある。探索者シーカーたちは、その樹の周りを‶セーフティーゾーン″として利用していた。だが、ダンジョンを深く潜るほど樹の数は少なくなる。

 白のダンジョンの深層に向かうには、正確に樹の場所を把握し、迅速に辿り着くことが重要だった。


「エジンバラの樹はこの先だ。俺は百五十階層までなら樹の場所を正確に覚えてるからな。心配いらん」


 自慢気に言う天王寺に、泰前は「ああ、そうですか」と不貞腐れた様子で返す。

 天王寺はフフと笑い、ルイに向き直った。


「新しい炎熱刀の調子はどうだ? 前と同じ‶三式″だが、使われてる魔宝石が違うから、使い勝手が違うだろう」

「そうですね。少し違和感はありますけど、もう慣れてきました」

「そうか」


 天王寺や泰前の【魔法付与武装】も新しく新調されていた。まだ完全に体に馴染んでいないため、三人は調整しながら戦っている。


「本当なら‶灼熱刀・零式″を使わせてやりたかったけど、完成までしばらくかかるみたいだからな」

「はい、今はマナを上げることだけに力を注ぎます!」


 力強く言うルイに、天王寺は顔を綻ばせる。


「確かに今回の遠征はルイの‶マナ″を上げることが主な目的だが、深層の魔物を倒せば俺たちもマナを上げることができる。この遠征で強くなろうとしてるのはルイ、俺たちも同じだからな」

「はい」


 ルイが頷き、後ろにいた泰前と美咲も「当然」とばかりに微笑んだ。

 その後四人は二時間をかけ、階層の奥にあったエジンバラの樹に辿り着いた。


 ◇◇◇


 一日の業務を終え、会社から家に帰ってきた悠真は、スマホを取り出しLINEのトークルームを開く。


「お! 楓から返信がある」


 さっそくメッセージを確認する。最近、楓と頻繁に連絡を取りあうようになっていたので、今度どこかへ遊びに行こうとりげなく誘っていたのだが……。


「なんだ。ルイの話か」


 楓いわくルイは忙しいようで、東京にはいないらしい。


「アイツなにやってんだろ? まあ、いいか」


 悠真は楓にメッセージを送り、何度かやり取りすると、今度の休みに一緒に出かけることになった。


「買い物の付き合いみたいなもんだけど……」


 スマホの電源をオフにして机に置き、ベッドに寝転がる。ルイがいない間に、少しでも楓との距離を詰めておかないと。

 そんなよこしまなことを考えながら、悠真は眠りについた。

 そして週末の土曜――


「うわ~やっぱり凄いね。ここ」


 楓が目を見開いて辺りを見回す。今日、来ていたのは東京の町田にある大型の倉庫型店舗だ。

 普通の店ではない。置かれているのは日用品や家電製品ではなく、の商品。探索者シーカー救世主メサイアのための店舗に、悠真と楓は二人で来ていた。


「俺、初めてだな、ここに来るの。噂には聞いてたけど」

「ダンジョンで使う物、自分で買ったりしないの?」


 商品の棚を眺めていた楓が、振り返って悠真を見る。

 青いストライプシャツのワンピースを着て、バケットハットを被る楓が思いのほか可愛く見え、悠真は思わず目を逸らす。


「使う物は全部会社で用意してくれるからな。俺はそれを使ってるだけだよ」

「へ~」


 からかうように微笑む楓に、悠真は眉を寄せる。


「なんだよ」

「だって悠真、会社の話なんて全然しないじゃん」

「う……まあ、そうかもしれないけど」


 そんな会話をしながら店の商品を見て回った。一階では主に探索者シーカーが使う道具が取り揃えられ、二階には企業向けの機材がある。

 そして楓が見たがっていた物は三階にあった。

 白い壁と床、明るい店内にはいくつものジュエリーショーケースが置かれ、スーツを着た真面目そうな店員が出迎える。


「おお、凄いな」

「ほんと……綺麗だよね」


 二人で感嘆の息を漏らす。そこに置かれていたのは、色とりどりの宝石たち。

 探索者シーカー救世主メサイアが魔法を使うために必要な‶魔宝石″の数々だった。

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