第256話 餞別

「すごい……こんなにもらっていいんですか?」


 悠真は目の前に置かれた魔宝石を見て、不安な表情をした。【緑の王】が倒れたとはいえ、まだインドには多くの魔物が残っている。

 魔宝石は魔物と戦うためにも必要な資源。それを自分たちに渡して大丈夫だろうかと思ったが、ダーシャは軽く微笑んで首を振る。


「国を救ってくれた恩人に対する礼だ。これでもまだまだ足りないぐらいだよ」


 ダーシャの隣にいたカイラも当然とばかりに頷き、「魔物は私たちがなんとかする。君らが気にすることはない」と胸を張る。


「まあ、そういうことなら……」


 悠真は遠慮がちに手を伸ばすが、隣から別の手が伸びてきた。


「ほんなら遠慮なく!」


 明人がケースごと魔宝石を自分の前に引き寄せ、まじまじと宝石を見つめる。


「レッドダイヤが四つに、イエローダイヤが五つ……そんでグリーンダイヤが四つか。大きさに多少のバラつきはあるけど、結構な"マナ指数"にはなるやろ」


 明人は立ち上がり、座っているルイの後ろに回り込む。


「ほい、これはルイの分やな」


 ルイに四つのレッドダイヤモンドを手渡し、次は悠真に「これは悠真の分やな」とグリーンダイヤモンド四つを手渡した。


「ほんで、これがワイの分や!」


 明人が五つのイエローダイヤモンドをケースから取り出す。


「ああ! なんかズルいぞ、明人だけ一個多い!」


 悠真が不満そうに言うと、明人は「細かいこと言うなや」と口をとがらせる。


「ワイらも"マナ指数"が上がっとるはずやからな。さっそく使ってみようや」


 簡単に言った明人だったが、魔宝石を使う場合は、自身と魔宝石の正確なマナ指数を知る必要がある。

 悠真のようになにも考えず魔宝石を飲み込むのは、例外中の例外なのだ。

 明人が魔宝石を使うのに二の足を踏んでいると、カイラがフッと微笑み「用意してある」と言って後ろに目配せする。

 するとラウンジの入口付近にいた人間が一礼し、近づいてきた。


「誰や? そのおっさんら」


 明人が怪訝な顔をする。カイラの後ろに並んだのはスーツを着た三十代から四十代の男たち。

 中央に立つ男性は、片手にアタッシュケースを持っていた。

 悠真たちは訳が分からずポカンとしていたが、カイラは構わず男たちを紹介する。


「こちらはインドの科学技術庁に勤めるクシュリナさんだ。今日は最新式の"マナ測定器"を持ってきてもらったんだよ」

「マジか! なかなか気がくやないか!」


 明人が喜ぶ中、クシュリナはアタッシュケースをテーブルの上に置き、二つあるパッチン錠を外して、中にあるマナ測定器を取り出した。

 真新しい測定器はスピードガンのような形だ。


「失礼します。では、こちらのかたから」


 指名されたのはルイだった。ルイは「はい」と言って立ち上がり、クシュリナが計測するのを静かに見守る。

 ピッと音が鳴ると、測定器のディスプレイに数値が表示された。


「おお! これはすごい。あなたのマナ指数は13843もありますよ! ここまで高いマナ指数は見たことがありません」


 クシュリナは興奮し、話を聞いていたダーシャやカイラも唸り声を上げた。

 端の席に座っていたアニクも「これはまた、たまげたのう」と笑いながら白い顎髭を撫でる。


「では、こちらのかたも」


 次にクシュリナが測定器を向けたのは明人だった。明人は立ち上がってニヤリと笑い「おうおう、やってくれ」と胸を張る。

 またピッと音が鳴った。ディスプレイを見たクシュリナが驚愕する。


「うわぁ……こちらはさらに上、14556のマナ指数が出ています!」


 ダーシャやアニクたちから「おお」という歓声が漏れ、明人は「マジかいな!?」と大喜びする。


「素晴らしいですよ皆さん! では、最後にこちらのかたも」


 クシュリナが測定器の先端を向けたのは悠真だった。悠真は軽く咳払いしてから、ゆっくりと立ち上がる。

 最新式の測定器なら自分のマナも測れるかもしれない。

 そんな淡い期待を持ったが――


「あれ? 出ないな」


 クシュリナが怪訝な顔でディスプレイを見る。悠真は「やっぱりダメか」とガッカリするが、クシュリナは気にせず顔を上げ「ところで――」と切り出す。


「緑の王の魔宝石をお持ちと聞いたのですが、本当でしょうか? もし、今もお持ちなら拝見させて頂きたいのですが……」


 クシュリナは科学技術庁の職員と言っていた。だとしたら研究者なんだろうか?

 まだ緑の王の魔宝石は使っていなかったため悠真は「ええ、いいですよ」と返す。

 魔宝石に興味があるのかな、と思いつつ、悠真はポケットから緑色の魔宝石を取り出した。


「そんな所に裸で入れとるんか!? 落としたらどないすんねん!」


 明人が眉をひそめるが、悠真はかまわず魔宝石をクシュリナに見せた。


「おお!! これが【緑の王】の魔宝石ですか! なんと神々こうごうしい……」


 クシュリナは魔宝石を手に取り、指で摘まんでじっくりと観察する。その表情は恍惚としていて、まるで宝石に恋焦がれているようだ。


「おっといけない。見とれてしまいました。この魔宝石のマナも測ってみますね」


 クシュリナは石をテーブルの上に置き、マナ測定器の先端を向ける。

 ピッと音が鳴ると、クシュリナの顔が紅潮していく。


「おおお! 素晴らしい!! マナ指数30211。こんな魔宝石があるなんて」


 クシュリナは自分の胸ポケットをまさぐり、宝石鑑定用のルーペを取り出した。

 そのルーペを使って宝石を至近距離からまじまじと眺め、光の反射などを確認していく。


「なにか分かるんですか?」


 悠真が尋ねると、クシュリナは「ええ」と答え、ルーペを胸ポケットにしまった。

 はぁーと溜息をつき、名残惜しそうに魔宝石を悠真に返す。


「ダーシャさんから、その魔宝石がダイヤモンドより美しい輝きを放っていたと聞いたものですから、どうしても気になってしまって……これは宝石の"グランディディエライト"に近いように思えます」

「グランディディエライト?」


 噛みそうな名前に、悠真は眉間にしわを寄せる。


「はい、とても希少な宝石でして……この宝石と似たような魔宝石は発見されていませんので、まさに前代未聞の発見ですよ!」


 興奮して力説するクシュリナを前に、悠真は「へ~」と声を漏らした。

 確か【赤の王】の魔宝石もそんなこと言われてたな、と思い返す。悠真は改めて手にした緑の魔宝石を見つめる。

 美しい輝きを放つ一方、うっすらとだが紋様なものが浮かんでいた。この紋様は【デカスライム】【キマイラ】【赤の王】の魔鉱石などに共通してあったものだ。

 なにか意味があるのだろうか、と思いつつ、悠真は再びソファーに腰かける。

 それを見ていたダーシャとカイラが、おもむろに立ち上がった。


「我々の用件はこれで済んだ。インドから出立する際は教えてくれ、見送りには行かせてもらうよ」


 ダーシャの言葉に悠真たちも立ち上がり、ホテルを出ていく背中を一礼して見送った。

 インドでの戦いの報酬は"白の魔宝石"だけのはずだったが、思いがけず、多くの魔宝石を手に入れることができた。

 悠真たちがもらった宝石に視線を落としていると、「ひゃっひゃっひゃ」と楽し気な笑い声が聞こえてくる。

 悠真はハッとして顔を上げた。

 そうだ忘れていた。ダーシャたちと一緒にアニクも来ていたのだ。


「ダーシャたちの用件は終わったようじゃの。次はわしの話を聞いてくれるかの」

「も、もちろんです」


 悠真たちは腰を下ろし、アニクと向かい合う。


「わしが用があるのは、お主じゃよ」


 アニクが指差したのは明人だった。


「え!? ワイ?」


 明人はキョトンとして、他の二人と顔を見交わす。


「お主、ダンジョンで武器を失ったじゃろ。大きな雷の槍を」

「あ、ああ……確かに"解放"を使って魔宝石が壊れてもうたからな」

「ふむ、それでじゃ」


 アニクは白い顎髭を撫で、目を細めて明人を見る。


「今回の礼を兼ねて、お主の新しい武器――わしが作ってやろう」

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