第255話 白の第二階層

「それって、『白のダンジョン』にいた天使の武器だよね」


 ルイの言葉に悠真も頷くしかなかった。インドネシアの『白のダンジョン』にいた天使たちは、確かに光り輝く"剣"を使っていた。

 その剣で刺された人間は、あっと言う間に体が膨れ上がり、内部から爆散して死んでしまった。

 そんな恐ろしい武器を作り出してしまったのか? と悠真が考えていると、後ろから明人が声をかけてくる。


「せやけど形が不安定やな。天使が使っとった剣は、もっとハッキリして綺麗な形やったで」

「確かに……」


 今持っている剣はいびつな形で、まっすぐに伸びておらず、小さくうねっていた。長さも中途半端な気がする。


「他にはなにか作り出せる?」


 ルイに問われ、悠真は「そうだな」と、剣を持っていない手に意識を集中する。

 光を練るイメージで魔力を放射していくと、今度は不格好だが、丸い"盾"のような形になった。


「これ……ちっちゃいけど"光の障壁"なんじゃないのか!?」

 

 悠真は興奮してルイと明人に尋ねる。二人も前のめりになって丸い"盾"を凝視しながら「そう見えるね」「そやな」とつぶやく。

 ルイは背筋を伸ばし、真剣な眼差しで悠真を見る。


「間違いない。回復魔法の第二階層は【攻撃と防御】の魔法だ」

「攻撃と、防御……」


 悠真は自分の両手にある"剣"と"盾"を見た。

 どちらも不格好とはいえ、魔法障壁の中で最も強固と言われる"光の障壁"と、恐ろしい効果を持つ"剣"が再現されている。

 これはとんでもないことなんじゃ……。

 悠真が戸惑っていると、腕を組んで眉根を寄せる明人が口を開いた。


「ほんまに天使の魔法が使えるんなら、白の魔宝石は回復魔法やのうて"光の魔法"を使うための石なんちゃうか?」

「光の魔法?」


 悠真は自分の両手に視線を落とす。確かにこの剣と盾は、光の魔法と言われる方がしっくりくる。

 悠真が力を抜くと、剣と盾はパンと弾け、小さな粒子となって消えていった。

 ルイは顎に手を当て、なにかを考え込む。


「明人の言う通り、これが光魔法だとしよう。第一階層は【回復魔法】、第二階層は

【攻撃と防御】……だとしたら第三階層は?」


 悠真と明人は黙り込む。答えられる者などいるはずがない。

 その後もホテルの一室にこもりながら色々と試すも、第三階層と思える魔法は一度も発現しなかった。

 夜遅くまで蘇生魔法の可能性を探った悠真だったが、なんの成果も出ないまま夜が明ける。こうなると今後の方針が難しくなる。


「ふあぁ~、なんや二人して徹夜してたんか?」


 自分の部屋から出てきた明人が、大きな欠伸あくびを噛み殺す。

 悠真とルイが頭を悩ませている間も、明人はマイペースで熟睡していた。行き詰った時は、この呑気のんきさが逆にありがたいかもしれない。


「ほんで、どうするんやこれから? 一旦、日本に戻るんか? それとも白の魔宝石集めを続けるんか?」

 

 明人に尋ねられ、悠真とルイは口をつぐむ。白の魔宝石を集めても、"蘇生魔法"に辿り着けないのならまったく意味がない。

 だけど、まだ第三階層の魔法の効果も分からないうえ、第四、第五階層と上の魔法を扱えるようになれば、あるいは……。

 悠真は顔を上げ、まっすぐに明人の目を見る。


「続ける! ここで諦める訳にはいかない」


 それを聞いた明人はフッと笑い、「やったら進むしかないな」と明るく言う。


「だとしたら次はどこに行くかだね」


 話を聞いていたルイが、ポケットからスマホを取り出す。

 もはや通話機器としてはほとんど役に立たないが、ルイはメモ帳代わりとして使っていた。


「なにが書いてあんねん?」

「日本を出発する前に教えてもらった各国の援助要請に関することだよ。白の魔宝石をどれぐらい用意できるのか書いておいたんだ」


 ルイが画面をスワイプし、当該箇所を悠真たちに見せる。

 明人は眉間にしわを寄せて唸った。


「う~ん、この中やと、一番多いのがイギリスか……魔宝石のマナ指数7000程度、次がドイツで5500ほど。二つ合わせれば10000を超えるな」


 悠真は黙って頷く。今現在、白の魔力は20000ほどある。10000の魔力が追加できれば、第四階層の魔法まで使えるかもしれない。

 なにがなんでも蘇生魔法を手に入れなければ。そのためには――


「ドイツ経由でイギリスに行こう。それ以外の選択肢はない!」


 ルイと明人は微笑んで首肯する。


「そうと決まれば、善は急げや! さっそく準備するで」


 全員で旅支度を始める。元々荷物は少ないため、出立のための準備は数分で終わった。後はダーシャやカイラに挨拶するだけだ。

 悠真はホテルの部屋に忘れ物がないか見回し、インドの探索者シーカーにもらった牛皮製のバッグを左肩に担ぐ。


「よし、行こうか」


 悠真の言葉にルイと明人は頷き、三人で部屋を出ようとする。その時、ドアがノックされた。

 誰だろう? と思い、悠真がドアを開けると、そこにいたのはダーシャとカイラ、そしてアニクと孔雀王マカマユリの面々だ。


「ダーシャさんにカイラ……アニクさんたちまで、どうしたんですか?」

「君たちが旅立つんじゃないかと思ってね。その前に会おうとカイラと来たんだが、ホテルの前でアニク殿と会ったんだ」


 ダーシャが微笑んでアニクを見る。


「ワシも同じことを考えておっての。お主らに会いに来たんじゃ」

「……分かりました。ここじゃ狭いんで、ロビーに行きましょうか」


 悠真たちは部屋を出て、ホテルのロビーラウンジに置かれている椅子に座って話をすることにした。

 悠真たち三人が座るソファーの前に、ローテーブルを挟んでダーシャたちが座る。

 アニクが座るパーソナルチェアの後ろには、ルドラやラシなど四人の孔雀王マカマユリのメンバーが立ったまま控えていた。


「すまないな。時間を取らせてしまって」


 申し訳なさそうに言うダーシャに対し、悠真は「いえ、いいんです」と微笑む。


「それで、俺たちになにか用があったんですか? もう、俺たちがインドでやれることはないと思いますが……」


 悠真が戸惑い気味に聞くと、ダーシャは「いやいや」と首を横に振る。


「君たちになにかして欲しい訳じゃない。どれだけお礼を言っても足りないぐらいだ。本当に感謝している。改めて礼を言うよ、ありがとう」

「い、いえ、いいんです。自分たちのためにやったことですから」


 悠真が手を振って謙遜すると、今度はカイラが言いにくそうに口を切る。


「その……なんだ。私も……感謝してる。色々、悪かったが……」


 カイラの声がどんどん小っちゃくなっていくので聞き取りずらい。隣に座っていた明人が「聞こえへんで!」と大声で言うと、カイラはムッとして明人を睨む。


「とにかく! 君ら三人には感謝してる。色々失礼があったことを謝りたい、すまなかった!」


 深々と頭を下げたカイラに対し、明人はケラケラと笑う。その様子を見たダーシャは頬を崩し、視線を悠真に戻した。


「まあ、言葉だけでは足りないと思ってね。これを持ってきたんだ。是非、受け取ってほしい」


 ダーシャがテーブルの上に置いたのは、黒い長方形の箱だった。フタを開くと、中に入っていたのは色とりどりの魔宝石。

 『赤』『緑』『黄色』のダイヤモンドだった。

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