第74話 鋼鉄の猿ヴァーリン

「準備しろ、悠真」

「はい!」


 悠真はピッケルに白い筒の爆弾をセットし、『金属化』の能力を発動する。

 全身が鋼鉄に覆われると、ピッケルにも『液体金属』を流し込み、強化されたハンマーを作り出す。


「OKです」


 社長は岩陰から、辺りの様子をそっと覗き見る。

 一匹のヴァーリンが比較的近くでうろついていた。その後ろの岩にも一匹いる。

 崖の上にも多くのヴァーリンがいるようなので、あの二匹だけを群れから引き離したい社長は、足元に転がる小石を拾い上げ、ポイッと山なりに放り投げた。


 ――カツンッ。


 小さな音が鳴り響く。二匹のヴァーリンが音に気づき、辺りを伺いながら近づいてくる。社長と悠真は視線を交わして頷いた。

 次の瞬間、社長が飛び出しヴァーリンの元へ走る。


「さあ、こっちだ! ゴリラども!!」


 近くにいたヴァーリンは社長に気づき、のっそのっそと四足歩行で近づいてくる。

 それを見た社長が立ち止まり、六角棍を構えて叫ぶ。


「今だ、悠真!!」


 悠真も岩陰から飛び出し、血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力を発動する。

 ヴァーリンの背後に迫る悠真の手にはピッケルが握られ、全身には赤い血液が流れるように幾多の筋が走っていた。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 悠真は渾身の力でピッケルを振り下ろす。

 背を向けていたヴァーリンは反応が遅れる。


 ――取った!


 叩きつけられたピッケルの先端が爆発。洞窟内に轟音が響き渡った。

 衝撃で後方に飛ばされた悠真は、なんとか地面に着地して、攻撃したヴァーリンを見る。

 頭に直撃したはずだ。悠真はそう思っていたが、モクモクと立ち昇る煙が消えるとそこには左腕のないヴァーリンがいた。 

 歯を食いしばり、こちらを睨んでいる。


「外した!?」


 ピッケルを叩きつけた瞬間、左腕で防がれたんだ。

 ヴァーリンは雄叫びを上げ、怒り狂って悠真に襲いかかってくる。近くにいたもう一匹も岩から飛び降り、駆けだしてきた。


 ――くそっ! やるしかない!!


 爆弾をセットしてる時間はない。ピッケルを頭上にかかげ、『液体金属』をさらに流し込む。

 より巨大になった‶ハンマー″を、片腕のヴァーリンに振り下ろす。だが――


「なっ!?」


 ヴァーリンにピッケルの柄をがっちりと掴まれ、まったく動かすことができない。

 この時、はたと気づく。この血塗られたブラッディー・鉱石オアの力は、元々ヴァーリンの能力だ。だとしたら力比べで勝てるはずがない。

 掴まれた柄を思い切り引かれると、悠真は体勢を崩し宙に浮く。

 そのまま振り回され、地面に叩きつけられた。


「がっ……あ!」


 痛みは無いが、衝撃でピッケルに巻き付いていた『液体金属』が解けてしまう。

 ピッケルから手を離した悠真は地面を転がってゆき、ヴァーリンは獲物が離れたピッケルを、つまらなそうに放り投げた。

 悠真はすぐに起き上がって正面を見る。

 前方からは片腕のヴァーリン、横からはもう一匹のヴァーリンが来ていた。

 武器であるピッケルも失い、どうしていいか分からず悠真は立ちすくむ。その時、ヴァーリンの後ろから社長の声が飛んできた。


「悠真、怯むんじゃねぇ! 体の動きを連動させるんだ。筋肉をうまく使えば、そいつらだってぶっ飛ばせる!!」


 その言葉にハッとする。体の連動は武術の基本、散々社長に教えてもらったことだが、使えるようになったのは‶正拳突き″だけ。

 通用するかなんて分からないけど、やるしかない。

 魔物は目前まで迫っていた。悠真は足を肩幅に開き、拳を腰に据える。

 息を整えて目を見開き、左足を踏み出す。

 足から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ。力が波のように伝達してゆく。

 全身全霊。己の全てを込めた時、悠真の体に走る赤い筋が、より太く、より激しく輝きだした。

 その異変は、離れた場所にいた社長も気づく。


「なんだ……あれは?」


 ヴァーリンは悠真を捕まえようと右腕を伸ばしてきたが、悠真は左腕で魔物の腕を払い除け、腰に引いて握り込んだ拳を打ち出す。

 ――正拳突き。何度も練習したこの一撃で。

 回転した拳が、無防備なヴァーリンの顔面を捉える。


 メキッ――


 鉄がひしゃげる音と感触が、腕を通して伝わってくる。殴られたヴァーリンは、顔を仰け反らせ後ろに飛んでいく。

 ドスンッと地面に叩きつけられ、一回転して倒れる。


「や、やった……!」


 喜びも束の間、すぐ横からもう一匹のヴァーリンが襲いかかってきた。掴みかかる手を今度は右手で弾き、体勢を整える。


「来い!」


 殴りかかってきたヴァーリンの拳を、悠真の‶正拳突き″が迎え撃つ。

 拳と拳がぶつかった瞬間、激しい金属音が鳴り響いた。どちらも金属の拳。力も同じぐらいのはずだったが――


「グギャアアアアア!!」


 砕けたのはヴァーリンの拳。悠真は拳を振り抜いてその場に立っていた。

 ヴァーリンは地面に倒れ、右手を押さえて、のた打ち回っている。通用する。自分の力は通用するんだ。

 そう確信した悠真だったが、体に流れていた赤い筋が急速に消えていく。


「え? なんで……まだ、三分経ってないぞ!?」


 悠真の疑問とは関係なく、崖の上にいたヴァーリンが次々に飛び降りてくる。

 もう力が出ない。このままじゃマズイと悠真が思った時、社長が走ってきた。


「悠真! ここは一旦逃げるぞ!!」

「は、はい!」


 悠真と社長は脱出しようと辺りを見回す。

 しかし、降り立ったヴァーリンたちによって、周囲はぐるりと囲まれていた。

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