第143話 公開された情報

「か、楓こそ、どうしたんだ? こんな所で」

「私は仕事終わりに寄っただけだよ。ここにはよく来るし」


 急に声をかけられて驚いた。でも近所に住んでいるのだから、偶然顔を合わせても不思議ではない。

 目の前に立つ楓はグレーのスーツを着て、黒いパンプスを履いていた。

 会社からそのまま来たのだろう。普段着と違い、ずいぶん大人っぽく見える。

 ――それに比べて、俺は仕事帰りでも私服だからな……全然変わらない。

 D-マイナーは自由な社風のため、ちゃんとした企業感はまったくなかった。他のダンジョン関連企業は違うんだろうけど。


「悠真はなにか買いにきたの?」

「え? あ、うん。まあ、あれだよ。給料が出たんで、親になにかプレゼントでもって思ってさ」

「そうなの? でも初任給って、もうとっくに出てるんじゃない?」


 楓が不思議そうな顔をするので、悠真はポリポリと頬を掻く。


「その……先月は給料が少なかったんで、なにも買ってないんだ。今月はたくさん出たから買おうかなって……」

「え~、いいじゃん! おじさんやおばさんも喜ぶと思うよ」

「まあ、だといいんだけど」

「それで、なに買うか決めたの?」

「それを今、悩んでる所だよ」

「じゃあ、私も選ぶの手伝うよ!」


 楓が明るく言ってくれたので、自然と頬が緩む。だけど素直に嬉しいと言えず、「まあ、別にいいけど……」と、不愛想に返してしまう。

 その後、二人で店を回り、父親にはネクタイとネクタイピンを、母親には花と高級スイーツを買うことにした。

 買い物を終えると、楓が「少し休んでいこうか」と言うのでフードコートに入る。ドリンクバーの料金を払い、コーラと烏龍茶を取って席についた。


「今月は給料多いって言ってたけど、月によってそんなに違うの?」


 楓が興味あり気に聞いてくる。内情を知らなければ、確かに変わった給与体系だと思うだろう。


「危険手当と、成果報酬がつくんだ。ちょっと危険なダンジョンに潜ったし、魔物もたくさん倒したからな」


 少しだけ自慢気に言ってみる。より興味を持ってくれるかと思い、チラリと楓を見ると、思いがけず浮かない顔をしていた。


「そうなんだ……そんなに危険な仕事もしてるんだ。ちょっと心配になっちゃうよ」


 その言葉を聞いて、悠真は「まずい!」と思った。


「き、危険って言ってもあれだよ! まだ新人だから全然後ろの方だぞ。その……危ない戦いとかは先輩たちがやってくれるっていうか。とにかく、お前が思うほど危険じゃねーよ!」


 つい、あたふたしてしまう。別に危険だと思われてもいいはずなのに、なぜか楓を心配させたくない。


「ふ~ん、そうなんだ」


 楓はドリンクに入ったストローを回す。氷がカランと音を鳴らした。


「そ、それより茨城でルイに会ったぞ! あいつも元気そうだった」

「……うん、ルイもメールで言ってた。『悠真に会ったけど、以前よりたくましく見えたよ』って」

「へえ……そんなこと言ってたのか」


 コーラをがぶ飲みし、口に入ってきた氷を噛み砕く。ガリガリ音を立てながら、やっぱりメールのやり取りはしてるんだな。と改めて思った。


「ところで、いっぱいお給料が入ったなら私にも奢ってよ! 普通のOLは、貰えるお金が激増することなんてないし」

「おお! いいぞ、全然。ホントに余裕があるからな。なんでも好きなもの言ってくれ、いくらでも買ってやるよ」

「やったー! 太っ腹だね~旦那!」


 楓が無邪気に笑う。その笑顔を見ると、どこか安心した気持ちになる。


「でも、悠真がそんなに稼いでるなら、ルイもいっぱい稼いでそうだよね」

「あいつは俺より稼いでるよ。桁が違うんじゃないか?」

「じゃあ、今度ルイに奢ってもらおうよ」

「それいいな! 三人でどっか出かけて、全額ルイに払わせようぜ!」


 ルイは苦笑いしながら奢ってくれるだろう。そんなことを話しながら、楓と二人でケラケラと笑った。

 きっとこれからも三人の仲は変わらない。

 悠真はそんな未来を楽観的に考えていた。そんな時、フードコートに置かれた大型テレビから速報音が聞こえてくる。


『緊急の臨時ニュースをお伝えします』


 悠真と楓が視線を上げた。


『日本政府が会見を開き、先日茨城の‶探索者の街″で起きた大規模災害についての詳細な情報を発表しました』


 楓は首をかしげる。


「茨城って悠真とルイが行った場所だよね。トラブルがあったとは聞いてるけど」

「ああ、うん」


 悠真は曖昧に答える。赤のダンジョンで起きた出来事は、勝手に口外してはならないとダンジョン協会に言われていたからだ。

 いずれ正式な発表があると聞いていたが、今日だとは知らなかった。


『内閣府の説明によれば‶赤のダンジョン″から魔物が抜け出し、地上で暴れ回ったとのことです。ほとんどの魔物は探索者シーカーや自衛隊により駆除されましたが、その内の一体が包囲を突破し、街から出てしまったと発表がありました』


 周囲がザワつく。魔物が地上に出てきたなど、日本で公表されるのは初めてだ。

 実際にいたとしても内々ないないで処理されてきたらしい。悠真も‶探索者の街″で戦っていたが、魔物が逃げ出したとは知らなかった。

 ――また燃える犬っころが逃げたのか? 自衛隊や上位の探索者シーカーはなにやってるんだか……。


『逃げた魔物の画像が公表されました。こちらです――』


 映し出されたのは、筋骨隆々の体、黒い鎧と角、禍々しい牙の生えた口。どう見ても金属化した悠真だ。


「ぶっ!?」


 飲みかけたコーラを吐き出す。


「わっ! 汚い!!」

「あ、ごめん……」


 楓の近くまで飛んでいったコーラをナプキンで拭く。驚きすぎて頭が真っ白になった。――どういうこと!?

 悠真は改めてテレビを見る。


『この魔物は非常に危険であり、国際ダンジョン研究機構が‶災害級″に指定している魔物とのことです。国防省は全力で行方を追っていましたが、現在でも見つからず苦渋の決断として公表することになりました。もし、目撃されましたら最寄りの警察機関、または役所等に連絡をお願いしたいと……』


 そのニュースを見て、気が遠くなってきた。

 赤い鬼を倒したので、「いい魔物が、悪い魔物を倒してくれた!」ぐらいのノリで大目に見てもらえるだろう。そんな甘い考えを持っていた、が――

 全然違った。完全に怪物として追われている。


「ねえ、あんな怖そうな魔物がいたの?」


 楓が心配そうに聞いてくる。


「あ、いや……俺は見てないな。後ろの方にいたから……」

「じゃあ、ルイは会ってるのかな?」

「さあ……どうだろう。よく知らないけど」


 ドキドキと胸が高鳴る。ルイは思いっきり斬りかかってきた。

 会ってるどころじゃない。

 悠真はあたふたしながら立ち上がり「ちょ、ちょっと急用ができた!」と、戸惑う楓を残し店を出た。

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