第142話 灼熱刀・零式

 天王寺が驚いていると、田辺は両手を上げて返答した。


「その通り! こいつは赤の公爵デュークが落とした『レッド・ダイヤモンド』だ」

「魔法付与武装に組み込むのか!?」


 天王寺の声が思わず大きくなる。

 魔法付与武装に使われる魔宝石は、強い物でも1000前後。それ以上魔力が強い魔宝石ではうまくいかない、というのが常識だったからだ。


「まあ、驚くのは分かる。こいつの魔力は6000を超えてるからな、普通に考えれば作れる訳がない」

「それが分かっててなんで……昔『ファメール社』が作った武器‶ゲイ・ボルグ″の二の舞になるんじゃないのか?」


 それは大手のファメールが、かつて作った魔法付与武装。

 アメリカの大規模探索者集団クランが採取した‶黄金竜″の魔宝石【イエロー・ダイヤモンド】を核に使ったものだ。

 マナ指数が8000もあり、誰も使うことができなかった。

 ファメールはこの魔宝石を取り寄せ、魔法付与武装の素材にしようと研究、開発に取り組んだ。そして完成したのが『雷槍ゲイ・ボルグ』だ。

 しかし、当然のように使いこなせる者などおらず、それどころか魔力の暴走で使った探索者シーカーが重傷を負うなど大失敗に終わった。

 それ以来ファメールの研究所に飾られるだけの‶骨董品″と成り下がっている。


「まあ、そう思うのは当然だろうが、今回は違う」


 自信ありげに言う田辺はパソコンを操作し、レッド・ダイヤモンドを使った魔法付与武装の設計データを出す。


「‶灼熱刀・零式″――エルシード社が最新技術を駆使して設計したものだ。ファメールが作った物とは、基本的に違うと思っていい」

「じゃあ、普通の探索者シーカーでも使えるってことか?」


 天王寺の言葉を聞いた田辺は、ゆるゆると首を振る。


「使いやすくなっているとはいえ、誰でも使える訳じゃない。魔宝石の力を引き出す才能ってヤツが必要だ」

「だったら、誰がこれを使うんだ?」


 その質問に対して、田辺は机に置かれた資料を手に取る。パラパラと捲り、一枚の資料を天王寺に示す。


「魔宝石から魔力を引き出す事前テストで極めて高い数値を出し、なおかつレッド・ダイヤモンドと同じ‶火の魔力″を持つ人間……」

「まさか――」


 天王寺を始め、その場にいた者たちの視線が一人の人物に集まる。

 ゴクリと喉を鳴らしたのはルイだった。


「天沢ルイ。君がこの‶灼熱刀・零式″を使い、【黒鎧】を倒すんだ」

「僕が……黒鎧を……」


 田辺に言われ、ルイは戸惑った表情を見せる。あれほど強く、手も足も出なかった魔物を自分の手で。

 ルイには、それが現実的とは思えなかった。

 そんなルイの肩に、そっと手を乗せたのは天王寺だ。


「天王寺さん」

「心配するな。サポートは俺たちがする。お前に大変な役目を負わせるのは本意じゃないが、お前にしかできないというなら俺たちが全力で支える」


 ルイが見渡せば、天王寺も泰前も、美咲・ブルーウェルも、力強く優しい目をルイを見つめていた。

 期待されているなら応えなければならない。でも――


「この刀の魔力が6000だとして、僕の魔力と合わせても‶第二階層の魔法″には届かないんじゃ……」

「その心配はいらないよ」


 田辺が言い切り、自信あり気に微笑んだ。


「君には成長してもらう。そのためのプランも用意してあるからね」


 一冊のファイルを渡される。そのファイルには『白のダンジョン』の深層で、マナを上げるための訓練内容が書かれていた。

 天王寺にも同じファイルが渡される。開いて内容をじっくり確認していた。


「なるほど……これは、すぐにでも北海道に飛ばなきゃいけないな」

「いいんですか? 僕たちには【黒鎧】の討伐命令が出ています。それなのに北海道の白のダンジョンに行くなんて」


 ルイはもっともな不安を口にするが、田辺は明確に否定した。


「どの道、今のままじゃ【黒鎧】には勝てない。灼熱刀の完成もまだ先だ。だとしたら、今できることをやるしかないさ。遠回りに見えるが、超常の魔物を倒す近道だと俺は信じてるよ」


 自信を覗かせる田辺、振り返れば天王寺も力強く頷いた。

 本当に自分で大丈夫なのか? 消えようのない不安は残る。それでも――


「分かりました。やります……僕が必ず‶黒鎧″を……」


 ルイの目に、確かな決意が見て取れた。


 ◇◇◇


 千葉県柏市、D-マイナー社。‶探索者の街″から帰ってきて、しばらくは会社が休みだったため、悠真は久々に出社していた。


「はい、悠真くん。今月分の給与明細」


 舞香に封筒を手渡され「あ! ありがとうございます」と言ってさっそく開封し、中に入っている明細を確認した。


「ええっ!? こんなにですか?」


 悠真は、あまりの金額に目を丸くする。

 先月もらった初任給とは桁違いの金額だ。


「うん、黒のダンジョンに入った時の『危険手当』と、悠真くんが取って来た『ルビー』の売却代金の一部が加算されてるからね。まあ、妥当な額だよ」

「そ、そうなんですか……」


 自然と顔が綻ぶ。これだけあれば、欲しい物も好きなだけ買えるな。

 そんなことを考えていると、オフィスの奥で座っていた社長が声をかけてきた。


「悠真、せっかくだから親になにかプレゼントでも送ったらどうだ? 初任給はそれほど多くなかったけど、今回は買えるだろう」

「そうですね。そうします!」


 プレゼント……なにを買おうか迷ってしまうけど、まあ、のんびり考えよう。

 その日は‶探索者の街″で起きたことをダンジョン協会に報告するため、レポートを書くことに。

 関係した全探索者シーカーが提出しなければいけないらしいが、書きなれない神崎と悠真は四苦八苦していた。

 なんとか終わらせ、今後の予定を話し合った悠真は、早々に退社した。


 ◇◇◇


「ふぅ~……親にプレゼントか。確かに初任給ではなにも買ってないからな」


 家に帰る道すがら、よく行くショッピングモールに来ていた。

 服がいいか、宝飾品がいいかと店を見て回るが、いまいちなにを買えばいいのか分からなかった。

 そんな時――


「あれ? 悠真、なにしてるの」

「え?」


 振り向くと、そこには幼馴染の楓がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る