第62話 横浜のダンジョン

「明日から悠真と二人で『黒のダンジョン』に行ってくるわ」

「え!? 急に?」


 会社に戻って来た社長の神崎は、黒のダンジョンの調査依頼を正式に受けたことを舞香や田中に報告する。


「あそこは何度か調査に行ってるけど、どうして急に悠真君を連れていくの?」


 舞香が不思議そうに聞いてくる。詳しいことを教えることはできないため、神崎はめんどくさそうに口を開く。


「あ~あれだ。悠真はまだ‶魔力″が低いからな。魔法が効きにくい黒のダンジョンなら、俺と若い悠真のコンビが最適だろ」


 神崎の説明にもイマイチ納得していない様子の舞香だったが、


「う~ん、まあ、そうか……確かにあそこの魔物を倒すのは腕力がいるもんね」

「そ、そうそう、そういうことだ。田中さん!」

「はいはい」


 デスクに座っていた田中が立ち上がり、小走りでやってくる。


「俺と悠真は一ヶ月ほど横浜に行ってくるんで、田中さんは舞香と『青のダンジョン』に潜ってもらえますか、二十層で‶アイオライト″の採取をお願いします」

「あー、アイザス社から依頼されてた魔宝石ですね。分かりました。ところで社長、アイシャさんからの依頼はギャラが安いからって渋ってましたけど、どうして引き受ける気になったんですか?」

「う~それは……」


 黒のダンジョンの調査は何かにつけて先送りにしてきた。それは舞香や田中もよく知っていたため、なんと答えようか一瞬悩むが、


「ほ、ほら。これ以上断ったら、殺されそうだから……いい加減受けないと」

「あ~ははは、確かにそうですね。調査を受ける約束はずっとしてましたし、さすがにこれ以上は伸ばせませんよね」

「そ、そうなんだよ。ハハハ」

「分かりました。‶アイオライト″の採取は僕と舞香ちゃんに任せて下さい!」

「ああ、頼んだ」


 神崎はふぅ~と息を吐き、自分のデスクチェアに腰を落とす。見れば悠真は楽しそうに舞香たちと談笑している。

 ――あれが世界最大のマナ保有者だってのか? 今だに信じられん。

 もし本当に莫大なマナを持っていたなら、単に強い探索者シーカーになれるって話じゃない。四元素、全ての攻撃魔法を極め、回復魔法まで使うことができる。

 今、世界最高の回復魔法の使い手は、インドの女性ガウリカ・ナイドゥ。

 奇跡の救世主メサイアと呼ばれ、どんな瀕死の病人や怪我人でも、その神の御業みわざでたちまち治してしまうと言う。

 だが治療費は数十億から数百億。どこぞの大富豪が数千億だしたなんて噂もある。そんな彼女でさえマナ指数は4800。

 回復魔法の魔力が一万を超えると、死者さえ蘇らせると言う学者もいる。

 本当かどうかは分からんが、46万のマナがあるなら回復魔法に十万振り分けてもお釣りがくるだろう。

 そうなれば、もはや神に等しい存在だ。そんなことが有り得るのか?

 確かめてみるしかない。今回の探索で――


 ◇◇◇


 翌日、横浜駅に悠真たちの姿があった。

 繁華街である駅周辺が陥没する形で現れた『黒のダンジョン』は、当時甚大な被害を出し、大きなニュースとなった。

 国は激甚災害と認定して復興支援を行うと同時に、ダンジョンの入口を閉じる施設の建造に着手。

 今では横浜駅の目の前に、防衛省が管理する厳つい要塞が鎮座する。


「本当に、こんな街中にあるんですね」

 

 悠真はそびえ立つ建物を見上げながら、ボソリと呟く。


「まあな、日本に出現したダンジョンの中じゃあ、一番被害を出したんじゃねーか」


 悠真の後ろで、同じように見上げていた社長が言う。


「おーい、なにしてる。早く来たまえ!」


 アイシャが手を振りながら、建物の入口へと軽快に走ってゆく。白衣の上に大きなリュックを背負い、はしゃいでいるように見える。

 その様子は、普段の陰鬱な研究者の姿からは想像もできない。


「アイシャさんもダンジョンに入るんですか?」

「まあ……調査が目的だからな」

「……邪魔じゃないですか?」

「……それは言うな」


 この仕事は階層攻略に加えて、アイシャの護衛任務を兼ねているらしい。

 なるほど、社長がずっと嫌そうな顔をしているのも頷ける。

 コンクリートの物々しい扉を抜け、建物に入ると制服を着た自衛官が手続きをしてくれる。

 アイシャが入館証を見せ、社長と悠真も付き添いの探索者シーカーとして登録された。

 隊員に案内され、施設内の奥へ進む。いくつもの重厚な扉を抜けた先、辿り着いたのはドーム型のホール。

 そこにはポッカリと口を開けた、大きな縦穴があった。

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