第61話 嘘と方便

「いやいやいや、ほぼ魔物じゃねーか!」


 社長が呆れたように叫ぶ。


「素晴らしい! 実に素晴らしいよ。悠真くん!!」


 反対にアイシャは破顔してしゃがみ込み、金属スライムとなった悠真をまるで愛犬でもかわいがるように「よしよしよし」と撫でまわした。


「おもしろいよ! こんな能力があるなんて!!」

「は、はあ……」


 悠真は頬ずりしてくるアイシャに困惑しながらも人の姿に戻る。するとアイシャはすぐさま悠真の手を取った。


「君がいてくれれば『黒のダンジョン』の調査は一気に進むよ! 私と一緒に是非、黒のダンジョンに入ってくれないか?」

「え、黒のダンジョンですか? でも、あそこって規制が厳しくて許可が無いと入れないんじゃ……」


 それを聞いてアイシャは不敵に微笑む。


「私は『黒のダンジョン』へ入る許可を受けた、数少ない研究者の一人だよ。そして私だけではダンジョン深くまでは潜れない。だから一緒に行ってくれる探索者シーカーも当然『黒のダンジョン』に入る許可が出る。なんの問題もないだろう?」

「そ、そうなんですか」

「D-マイナーには『黒のダンジョン』の探索依頼を出している。一緒に行ってくれるね。悠真くん!」

「あ、いや、会社のことを決めるのは社長なので……」


 チラリと社長を見ると、まだ混乱しているようだった。


「鋼太郎! かまわんよな。前から黒のダンジョンの探索を依頼してるんだ。悠真くんと一緒に受けてもらうぞ!」

「え? し、しかしな……」

「しかしもクソもない! 私に一体いくつの借りがあると思ってるんだ。まとめて返してもらおうか!!」

「う……それは」


 言葉に詰まる社長を他所よそに、アイシャは悠真に満面の笑みを向ける。


「約束通り、君の秘密は守る。その代わり私の調査に協力してほしい。なぁに、そんなに難しいものじゃないさ」

「はぁ……分かりました」

「それで、そのダンジョンはデカスライムを倒すと消えてしまったんだね?」

「はい、そうです」

「それは穴を見つけてから何日後のことだい?」

「えーと、413日後ですね。社長たちからエレベーター式ダンジョンの話を聞いてたんで、ひょっとして庭の穴もエレベーター式かもって思ったんですけど……」

「エレベーター式……確かに、そんな噂あったね。まあ眉唾ものだが」


 アイシャはフフッと笑い、顎をさすりながらどこか遠くへ視線を移した。

 代わって社長が悠真の顔を覗き見る。


「なんだ悠真。あんな話本気にしてたのか? ただの与太話だって言っただろ」

「そ、そうですよね」


 ハハと頭を掻いて照れる悠真に、今度はアイシャが声をかける。


「そうそう、悠真くん。君の身体検査の結果を、詳しく説明する約束だったね」

「あ、はい」


 悠真は姿勢を正した。


「結論から言うと、君の‶マナ″は凄く測りづらい性質を持っている。恐らく金属スライムなんて特殊な魔物を倒したせいだろう」

「あ~そうなんですか」

「私の作った『マナ測定器』ならなんとか測れたが、それでも完璧じゃない。君のマナも正確には測定できなくてね」


 社長が「ん?」と言って怪訝な顔をする。だがアイシャは構わず話を続けた。


「大まかに分かったのは、君の‶マナ指数″は200ほどあるってことだ」

「え!? そんなにあるんですか?」

「ああ、そうだよ。まあ、私の測定器でしか測れないがね」


 よっし! と喜ぶ悠真とは逆に、社長は「おいおい」とアイシャに突っかかる。


「どういうことだ? マナは測れたって――」


 ドスッとアイシャの肘が社長の脇腹に突き刺さる。「うっ!?」と悶絶する社長を「ちょっと来い」と言って部屋の外に連れ出す。


「どうしたんですか?」


 悠真が聞くと、アイシャは「なんでもないよ。ちょっと待っててね」とニコやかに返した。


 ◇◇◇


「おい! なんだよ、マナが200って。完全に嘘じゃねーか!!」

「バカかお前は、じゃあ本当のことを言うのか? そしたらどうなるかぐらい分からないのか?」

「どうなるって……なんだよ?」


 アイシャはハァーと溜息をつく。やれやれと背を壁につけ腕を組んだ。


「よく考えてみろ。もしも三鷹に46万もマナがあるって言ったら、彼はどうすると思う? 当然、金になる大企業に移ろうとするだろう」

「大企業って……でもお前の『マナ測定器』でしか測れないんだろ? だったらマナが多いって証明できないんじゃねーのか?」

「おめでたい奴だな、お前は。証明する方法なんていくらでもある。一番手っ取り早いのは使。お前が魔法の使い方を教えたんだろ?」

「あ……」

「それを企業の面接に行って見せたらどうなる? 大騒ぎになって、なにがなんでもマナを測定しようとするだろう。大企業が力を入れれば、特殊な測定器などすぐにできてしまうぞ!」

「う……確かにそうかもしれん」

「いいか! 三鷹には絶対に本当のことを言うな。お前の会社に莫大な利益をもたらすかもしれないし、私に取っては最高の調査対象だ。手放す訳にはいかん!!」


 アイシャの目が血走り、狂気を宿す。


「もしも三鷹に余計なことを言って私の研究を邪魔してみろ。お前を殺すからな」

「お……おう……」


 付き合いが長いからこそ分かる。マジだ。マジで言ってる。

 アイシャはフフフと不気味な笑みを浮かべながら、悠真のいる部屋に戻っていく。


「待たせたね~、悠真くん」


 猫なで声のアイシャを見て、神崎は絶対逆らってはいけないと心に誓った。

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