第63話 対決、鉄鎧のダンゴ虫
「さあ、ここが『黒のダンジョン』〝深淵″だよ」
アイシャは不敵な笑みを浮かべて、おどけたように言う。
「‶深淵″? 名前が付いたダンジョンなんですか?」
深層のダンジョンには名前が付くことがあるが、日本では聞いたことがない。
「私が付けたんだよ。愛着が湧くだろ?」
フフフと笑いながら階段を下りていくアイシャを見て、社長と悠真は先が思いやられると溜息をつく。
◇◇◇
「社長、ここには何度か来てるんですよね」
「ん? ああ、三回ほどな」
社長と悠真、アイシャの三人は黒のダンジョンの一階層を歩いていた。
ゴツゴツとした岩壁が続く洞窟。辺りは薄暗く、かろうじて周りが確認できる程度の場所。
深層のダンジョンのはずだが‶迷宮の蜃気楼″のような現象は起きていない。
「さあ、君たち! もっと速く歩かないと日が暮れてしまうよ」
アイシャは意気揚々と先頭を歩く。その様子に悠真は戸惑っていた。
「大丈夫なんですか? ダンジョンで
「まあ、まだ浅い階層だからな。そんなに危険な魔物はいないが……」
社長は太い六角棍を肩に乗せ、うんざりした表情でぼやく。悠真もいつも使っているピッケルを持ち、辺りをキョロキョロと警戒していた。
見かけるのはカサカサと地面を這う、ダンゴ虫のような魔物だけ。
そこそこ大きいが、あまり強そうには見えない。
「今日は、何階層まで潜る予定なんですか?」
「う~ん、アイシャは十階層まで行くって言ってたな」
「そこの魔物は強いんですか?」
「いや、強いつーか、この黒のダンジョンの魔物は、硬いヤツが多いんだよ。体が岩や鉄でできてるような」
社長はうんざりするように顔をしかめる。
「本来は『白のダンジョン』と同じように‶火″や‶雷″の魔法が効くはずなんだ。ところが、その魔法にも耐性を持った魔物がチョイチョイいる。体はかてーわ、魔法は効かねーわ。その上、ドロップした魔鉱石は金にならねーし、大した能力もねーし、ドロップ率自体も低い。本当に最低のダンジョンなんだよ!」
「人気が無い訳ですね」
――誰も入りたがらない理由は分かる。でも、だったらどうしてアイシャさんは黒のダンジョンに
「アイシャさん、黒のダンジョンしか研究してないんですよね?」
「変わり者なんだよ。黒のダンジョンの研究なんて、あいつしかやってないからな。周りを見て見ろ!」
社長に言われて辺りを見回すが、自分たち三人以外、人っ子一人いない。
「誰もいませんね」
「当たり前だ! こんな所入ってる物好きは俺たちぐらいのもんだ。あいつに付き合わされるのは勘弁してほしいぜ」
腹立たし気に愚痴を零す社長だが、やれやれと言った表情でアイシャを見つめる。
「まあ、とは言え、結果的に黒のダンジョンの研究に関しては、世界でも名が通ってるらしいぞ」
「え? そうなんですか」
「変人も突き抜ければなんとやらだ。政府も補助金を出すぐらいだからな。それなりの成果を上げてるんじゃねーか?」
社長の小言を聞きながら歩き続け、二時間ほどで八階層に辿り着く。
「さて、ここで始めようか」
アイシャはピタリと足を止め、振り返って悠真たちを見る。
「この階には弱い魔物が複数種類、わんさかといる。そこで、その魔物を悠真くんに倒してもらいたい」
「俺ですか!?」
急な話に悠真は驚く。
「そう! 君のドロップ率が本当に100%か確かめるんだよ。鋼太郎はそのサポートを頼むぞ」
「へいへい、分かったよ」
悠真は仕方なく、辺りを見回し魔物を探す。確かに一階層より、うろついてる魔物は多い。
大きなダンゴ虫や、ミミズのようにうねっているもの、アルマジロに似た魔物もいる。悠真は取りあえずダンゴ虫を倒すことにした。
持っていたピッケルを振り上げる。
「よっ!」
全力で振り下ろす。ガキンッと甲高い金属音が鳴り響き、ピッケルが弾かれる。
「え!? こんなに硬いの!」
悠真は唖然とした。金属スライムほどではないにしろ、思っていたより遥かに硬い。まさに鉄鎧のダンゴ虫だ。
「なんだ悠真、そのへっぴり腰は! もっと気合を入れろ!!」
社長の檄が飛ぶ。そんなこと言われても、と思いつつ悠真は何度もピッケルを叩きつけた。
だが倒すことはできず、ダンゴ虫はカサカサと動き回る。
それほど速くはないが、振り下ろしたピッケルが外れることもあった。
「くそ!」
「ええい、まったく! どけ悠真、俺がやる!!」
社長がダンゴ虫に近づき、振り上げた六角棍を、躊躇なく叩きつけた。
ダンゴ虫はブチッと潰れ、最後にはサラサラと砂になって消えていく。
「どうだ、大したことねーだろ?」
「は、はあ……」
さすがに腕力が違うな。と感心していると、向こうからアイシャさんがカツカツと歩いて来る。
「おい!」
社長の胸ぐらを掴んで睨みつける。
「お前が倒してどうする! 悠真くんが倒さなきゃ意味ないだろ!!」
「あ……そうだった……」
社長は遠い目をして謝った。
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