第158話 双頭の悪魔

「お~凄い威力だ……やっぱり魔法の効果は半端じゃないな」


 悠真が感慨に浸っていると、後ろから声が聞こえてくる。


「おい、こっちだ!」

「ヘル・ガルムはどこに行った!?」


 探索者シーカーたちが駆けつけてくる。グズグズしてる訳にはいかない。悠真はすぐに背を向け、その場から逃げ出した。

 ‶ブラッディ・オア″で身体能力が上がっている。誰も追いつけないだろう。

 あっと言う間にいなくなった魔物を、息を切らした探索者シーカーたちは追いかけることができない。


「今の見たか?」

「ああ、間違いない。‶黒鎧″だ!」

「本部に連絡を!」


 黒鎧出現の情報は、すぐに探索者シーカーたちに共有された。そんなことを知らない悠真は、ビルとビルの間にある狭い路地に入り身を潜める。


「五分経たないと元に戻れないからな。こっちの方法で逃げよう」


 ヘル・ガルムを倒して探索者シーカーたちから逃げる際、一度『金属化』を延長している。そのため四、五分経たないと元には戻れない。

 悠真は体をドロリと溶かし、ウネウネと動いて小さな犬へと変化する。

 マメゾウの姿になった悠真はテケテケと路地裏を歩いてゆく。


「この姿なら見つからないだろう。『赤のダンジョン』でも気づかれなかったし」


 『金属化』が解けて元に戻れば問題ない。悠真はそう考えていたが――


「……なるほど、そんな風に姿を変えられるのね。見つからない訳だわ」


 頭上から英語が聞こえてくる。悠真が顔を上げると、ビルとビルの間に足をかけて体を支えている人間がいた。

 軍服を着た金髪の女性だ。


「え!?」


 驚いていると上から飛び降りてきた。赤と黄色の宝石がついた片手剣を両手に持っている。まるで中国の柳葉刀りゅうようとうのようだ。


「ヤァッ!!」

「うわっ!」


 振り下ろされた刀を飛び退いてかわす。地面に刺さった刀は、バチバチと放電していた。


「すばしっこいわね!」


 今度は赤い方の刀を振るう。炎がほとばしり、刀身が燃え上がった。


「危なっ!」


 悠真は身を屈め、なんとか避ける。

 ――二種類の魔法!? 探索者シーカーとしてはかなり珍しいな。

 二本の柳葉刀を構えるのは金髪の綺麗な女性だ。ずいぶん若い。二十代前半ぐらいだろうか?

 片方の刀には炎が灯り、もう片方には稲妻が走る。

 軍服の女性は地面を蹴って向かってきた。

 悠真は駆け出し、急いで路地から出る。マメゾウの足は短いため、そんなに速くは走れない。

 どこに逃げようかアタフタしていると、後ろから野太い男の声が聞こえてくる。


「おいおい、ホントにこのワンころが‶黒鎧″なのか? ビックリだな」


 悠真が振り向いた瞬間、体にバチッと衝撃が走った。車道の中央まで吹っ飛ばされ、コロコロの転がっていく。

 ダメージは受けていなかったので、すぐに起き上がると、長いロッドを構えた黒人の男性が目に入った。

 スキンヘッドの大柄な探索者シーカー。さっきの女性とは全然雰囲気が違うが、同じデザインの軍服を着ている。


「俺の雷撃が効いてないみたいだぞ」

「ええ、噂通り耐性があるみたいね」


 二人とも英語で話している。アメリカ人? とにかく、海外から来た探索者シーカーなのは間違いない。

 気づけば軍服を着た人たちが周りにいた。

 ――囲まれてる。

 全員が同じ探索者集団クラン探索者シーカーだろう。それぞれが違う【魔法付与武装】を持っている。

 上空にはバリバリと回転翼を回すヘリコプターが飛んでおり、ここから離れていくようだ。あれに乗ってきたのか?

 悠真が改めて視線を戻すと、金髪の女性と大柄の男はゆっくりと近づいてくる。

 周囲にいた探索者シーカーたちもジリジリと囲いを狭めてきた。

 ――仕方ない。悠真は変身を解除する。マメゾウの形がドロリと溶け、液体金属へと姿を変える。


 ◇◇◇


 水溜まりのようになった黒い液体から、ウネウネとなにかが溢れ出してくる。

 液体はやがて形を成す。黒くゴツゴツとした体表、太い腕と角の生えた頭。小さな犬が、人型へと姿を変える。

 周りにいた探索者シーカーたちは立ち止まり、身構えた。

 それは間違いなく、事前に映像で確認したターゲット、‶黒鎧″そのものだったからだ。

 体高は二メートルはあろうか、筋骨は隆々。鎧のような外殻は、本当に硬そうだとシャーロットは思った。


「とうとう正体を現しやがったな。俺たちだけで倒せば手柄は独占だぜ!」

「気をつけてマイケル。簡単に倒せる相手じゃないわ」

「分かってるよシャーロット! おい、包囲を狭めて‶黒鎧″の足を止めろ!!」


 マイケルの合図で‶オファニム″のメンバーが動き出す。

 黒鎧が周囲を気にした瞬間を、マイケルは見逃さなかった。

 持っていた【魔法付与武装】‶電流の錫杖カレント・ロッド″に魔力を流して一気に駆け出す。黒鎧に迫ると、ロッドを突き出し、さらなる魔力を解放した。


「魔宝石‶解放″! 破滅の追撃者ルーン・パス―ア!!」


 激しい稲妻が黒鎧に流れ込む。一撃ではなく、何度も何度も畳み掛けるように放電が続いた。

 目も眩むほどの雷光。

 マイケルは暴れ回るロッドを必死に抑え込んだ。例え【深層の魔物】でも灰にできる威力。マイケルは手応えを感じ、ニヤッと口元を緩めるが――


「なっ!?」


 黒鎧が左手でロッドの先端を掴んだ。

 まだ放電が続いているにも関わらず、魔物が気にする様子はない。更に黒鎧は右手から剣のような物を出した。

 マイケルが戦慄した瞬間、持っていたロッドの柄をまっぷたつに斬られる。

 同時に解放していた魔宝石も限界を超え、砕け散った。


「マジか!?」


 マイケルは驚愕して黒鎧を見る。この場から逃げたいが‶解放″を使った直後は体が思うように動かない。

 ――やられる!

 恐怖で身を強張らせていると、後ろから駆けてくる足音があった。


「はああああ!!」


 マイケルの横を抜け、黒鎧に斬りかかったのはシャーロットだ。炎と雷を纏う刀で黒鎧に連撃を叩き込んだ。

 だが黒鎧は、両の拳で全ての攻撃を防いでしまう。


「おいおい、嘘だろ!? シャーロットはイギリスでぶっちぎりの探索者シーカーだぞ! なのに攻撃が効いてないのか?」


 マイケルが戸惑った様子で叫び、シャーロットの顔も曇った。

 ――強い! 今まで出会ったどんな魔物よりも。

 炎と雷。二つの魔法を使う彼女だが、最初はバカにされることも多かった。

 探索者シーカーは一つの魔法を極めるのが常識と言われている。二つの魔法にマナを裂くと一つ一つの魔法が弱くなってしまうからだ。

 それでも自分のやり方を貫いたシャーロットは、炎も雷も超一流と呼ばれる所まで魔力を練り上げた。

 やがてイギリス国内で彼女にかなう物はいなくなり、‶双頭の悪魔″との異名までつけられ、畏怖いふ畏敬いけいの対象となる。


「負けられない! こんな所で!!」


 柳葉刀に取り付けられた魔宝石が激しく輝く。


「魔宝石‶解放″!!」

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