第157話 水魔法と正拳突き

 米陸軍赤坂プレスセンター。

 オスプレイの中で寝ていたアルベルトの瞼が開く。


「きた」


 アルベルトは上半身を起こし、オスプレイの外にいたミアに声をかける。


「ミア、すぐ出るぞ」


 その言葉を聞いたミアは、目を見開く。


「では‶黒鎧″が!?」

「ああ、ヤツだろう」


 ミアは機外で作業していた‶プロメテウス″のメンバーと、オスプレイの操縦士に声をかけ、すぐに発進準備に入る。


「場所はどこですか!?」

「10時の方向、距離は15キロほど先だ」


 オスプレイが一分も経たないうちに離陸する。


「フフフ」

「なにがおかしいんですか? アルベルト」


 楽しそうに笑うアルベルトに、ミアは怪訝な顔をした。


「いや、すまない。これほど膨大な‶マナ″を感じたのは初めてだったんでね。予想以上だよ‶黒鎧″」

君主ロードとは戦っているじゃないですか」

「さあ、どうだろう。同レベルの魔物とは思えないが……」


 プロメテウスを乗せたV-22オスプレイは回転翼軸の角度を変え、飛行速度を上げて目的地へと向かった。


 ◇◇◇


 陸上自衛隊練馬駐屯地から、多用途ヘリ UH-1Hが上空に飛び立つ。


「おいおい! 間違いないのか、シャーロット? ‶黒鎧″が現れたってのは!?」


 マイケルが戸惑った様子で尋ねる。ヘリの中にはイギリスの探索者集団クラン‶オファニム″のメンバーが揃っていた。


「ええ、この‶マナ″の感覚。間違いなく日本政府が追っている【黒の君主ロード】でしょうね。でも……」


 シャーロットの顔が曇る。「どうした?」とマイケルが聞くと、彼女は重々しく口を開いた。


「これほどおぞましい‶マナ″は初めてね。ひょっとすると危険度はトリプルAを超えるかも……」

「おい、勘弁してくれ! IDR(国際ダンジョン研究機構)の認定だと、君主ロードの危険度はダブルAのはずだ。トリプルAなんてオーストラリアで大規模探索者集団クランを全滅させた‶キマイラ″ぐらいだぞ!」

「分かってる。でも、この禍々まがまがしい‶マナ″がダブルAとは思えない。キマイラと同じか、ひょっとすると……」

「とにかく行ってみるしかねえ!」


 マイケルはヘリの窓から外を見る。眼下に広がる東京の街並み、ここにキマイラ並の魔物がいる。

 そう思っただけで、マイケルの胃はキリキリと痛んだ。

 イギリスの最強探索者集団クランは一路、異常なマナの元へと飛んでいった。


 ◇◇◇


「このマナは……」

「どうした、天王寺?」


 泰前が顔をしかめた天王寺に気づく。彼らはヘル・ガルムを追って練馬区まで来ていた。


「かすかに‶黒鎧″のマナを感じる。『探索者の街』で感じたものと同じだ」


 その言葉に泰前とルイが驚く。


「本当ですか!? どの方向に?」


 ルイが身を乗り出すように聞くと、天王寺は正面を向いた。


「今、向かってる方向だ。恐らくヘル・ガルムと接触したんだろう」

「じゃあ……」

「ああ、作戦は成功したんだ!」


 天王寺たちの元には、ヘル・ガルムが暴れたことで作戦を中止するとの一報が入っていた。

 意気消沈していた所に‶黒鎧″の出現。取りあえず目標の一つをクリアしたことにルイは胸を撫で下ろす。


「ついに決着だな」


 泰前が上気した顔で言うと、天王寺も大きく頷く。


「ああ、場所的に俺たちが一番早いだろう。海外勢より先に黒鎧を倒すぞ! ルイ、泰前!!」

「おう!」

「分かりました!」


 覚悟を決めた天王寺たちを乗せた車は、黒鎧が目撃された地点へと急行した。


 ◇◇◇


 ――やってしまった。

 悠真は右腕を突き出した状態で固まっている。田中を連れて遠くまで逃げるつもりだったが、どうしても気になり、田中を安全な場所に残して様子を見にきていた。

 そんな時、親子が襲われるのを目の当たりにする。

 気づけば『金属化』していた。絶対後で社長に怒られるだろうな。

 悠真が自責の念で頭を抱えていると、ビルの壁に衝突して倒れていたヘル・ガルムが首を振って起き上がる。


「取りあえず、コイツは倒さないと」


 悠真が行こうとすると、後ろから「あ」という声が聞こえてきた。

 振り向けば、小さな女の子が目を見開いてこっちを見ている。


「あ……ありがと」


 消え入りそうな声。だけど悠真にはハッキリと聞こえた。返事をする訳にもいかないので、悠真は小さく頷き、魔犬の元へと走り出す。

 少女は黒い怪物の背中をランランと輝く眼差しで見送り、母親は恐怖のあまり立ちすくむ。

 悠真は‶ブラッディ・オア″を発動して、赤い血脈を全身に走らせる。

 あまり時間をかけてはいられない。

 至る所に探索者シーカーがいることは知っている。早くこいつを倒して身を隠さないと。

 ヘル・ガルムは顔の半分を潰され、ダラダラと血を流すも、煙を上げながら急速に再生していた。


「すぐ決着をつけてやるよ!」


 悠真が近づいてきたことに気づき、ヘル・ガルムも向かってきた。

 口内に炎を溜め、間近にきた瞬間、一気に吐き出す。灼熱の業火は視界を奪うが、悠真はかまわず右のストレートを放った。

 黒い拳は衝撃音と共に、犬の顔面にめり込む。

 口は裂け、骨は砕け、勢い余って頭が破裂する。だが死なない。

 間髪入れず、左のフックで犬のアバラを叩き潰す。吹っ飛んでいく前に、今度は右のアッパーを腹に突き刺した。

 そこからショートのラッシュを叩き込む。

 ズタボロになった犬は数十メートル先まで飛んでいき、道路の中央にゴロゴロと転がった。

 ビクビクと体を痙攣させていたが、それでも全身から炎を噴き出し、ゆっくりと立ち上がる。大きな傷が急速に治っていく。

 ――前より傷が治るスピードが速いな。地上にマナが溢れてるせいか?

 再生が完了したヘル・ガルムが、再び向かってきた。悠真は右の拳を腰に据える。

 意識を集中し、マナを‶魔力″へと変えていく。

 水魔法の練習はした。だけどヘル・ガルムに通用するほど強力な魔法は放てない。それなら【魔法付与武装】と同じようにことができれば。

 悠真の右手に何本もの青い筋が走る。

 同時に‶ブラッディ・オア″も発動。目前に迫ったヘル・ガルムを睨む。


「おおおおおっ!!」


 渾身の正拳突き。青い血脈が流れる拳は、犬の喉元を捉えた。

 一撃必殺。魔犬は木っ端みじんに吹き飛ぶ。まるで爆発したように肉片が飛び散り、再生することなく砂へと変わった。

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