第159話 第二階層の魔法

 シャーロットが右手に持つ刀が炎に包まれ、左手に持つ刀は稲妻を宿す。

 雷魔法を使って脳から体に伝わる電気信号インパルスの速度を上げる。何倍も加速したシャーロットの動きに、黒鎧はついてこれない。

 ――入る!

 上段から振り下ろされた炎の刀と、下段から振り上げられた雷の刀が交錯する。


「――竜の牙―ドラゴン・ファング―!!」


 炎と稲妻が弾け、黒鎧は後ろに吹っ飛ばされていく。シャーロットはさらに追撃をかけた。

 黒鎧は踏み止まるが、まだ態勢はくずれたまま。そのスキに両手に持って柳葉刀りゅうようとうを黒鎧の両肩目がけて振り下ろした。

 ガキンッと金属音が鳴る。直撃したと思ったシャーロットだが、


「え?」


 思わず声を漏らす。刀が両方掴まれていた。未だ炎が灯り、稲妻がほとばしるその刀を、黒鎧は何事もないように掴んでいる。


「そんな!?」


 刀がピクリとも動かない。やはり力が違いすぎる。

 シャーロットがそう思った瞬間、刀にヒビが入り、バキンッと砕けて粉々になってしまった。

 黒鎧は後ろに飛び退いて、そのまま逃げていく。

 オファニムの探索者シーカーたちが次々に魔法を放つが、黒鎧を止めることはできない。

 魔物はビルの向こうへと消えていった。


「大丈夫か? シャーロット」


 駆けつけたマイケルが心配して声をかけるが、シャーロットは無言のまま立ち尽くしていた。


「お前の言う通り、ありゃ‶キマイラ″並の魔物かもしれんな。俺たちの全力が効かんとは……」


 マイケルの話を聞きつつ、シャーロットは自分の手を見つめる。

 日本の探索者シーカーが黒鎧に手も足も出なかったという情報は知っていた。だがダンジョン攻略において後進国と言われる日本の報告に、シャーロットは高をくくっていた。

 自分たちならなんとかできると。しかし違った。

 アレは正攻法で倒せる魔物ではない。やはり他の探索者集団クランと協力しなければ倒せないだろう。

 シャーロットは手を握り込み、キッと目を剥いてメンバーに指示を出す。


「新しい【魔法付与武装】を! すぐに黒鎧を追いかける!!」


 ◇◇◇


 練馬の市街地に入った天王寺やルイたちは、渋滞に巻き込まれていた。

 我先に逃げようとして、人々が歩道や車道に溢れていたからだ。テレビやネットでヘル・ガルムや黒鎧の出現が伝えられていたので、それも当然だろう。


「混乱してますね」


 ルイが車外を見て顔をしかめる。


「これ以上車では無理だな。出よう」


 天王寺はシートベルトを外し、ワンボックスカーを降りる。後続の二台の車からも‶雷獣の咆哮″のメンバーが降りてきた。


「急いで現場に向かうぞ! 遅れるなよ」

「「「はい!」」」


 歩道には人がいるため、十人のメンバーは車の上に飛び乗り走っていく。

 広い公道に出ると、ビルの向こうから爆発音が聞こえてきた。


「もう始まってるのか」


 天王寺は舌打ちして煙が上がる方向を見る。自分たちの手で黒鎧を倒したいと思っていただけに、焦りを募らせた。


「急ぎましょう」


 ルイの言葉に「ああ」と天王寺は答え、現場へと急いだ。


 ◇◇◇


「うわっ!」


 悠真が体をひねると、目の前を‶風の刃″が通り過ぎ、電柱を切り裂いた。電柱は電線を引き千切りながら倒れていく。


「怖っ……」


 前から何人もの探索者シーカーが走ってくる。後ろからも、横の路地からも探索者シーカーと思われる人たちが次々と現れる。


「いやいや、何人いるんだよ!」


 悠真は探索者シーカーが放つ火や水、風や雷の魔法を避けながら逃げていく。

 ――当たっても大丈夫だと思うけど、反射的に避けちゃうな。

 走りながら悠真は右手を上にかかげる。五本の指をトゲのように伸ばし、背の低いビルの屋上付近に突き刺す。

 トゲの先にを作り、元に戻す反動を利用してビルの上まで一気に移動した。


「おい! 飛んでいったぞ!?」

「追え! 追いかけろ!!」


 下にいた探索者シーカーたちは慌てふためいている。今の内にと思って屋上に上がると、今度は悠真が驚くことになる。


「ええ!?」


 ビルの屋上にも二人の探索者シーカーがいた。

 相手と目が合い、一瞬動きが止まってしまう。探索者シーカーたちはそのスキを見逃さず、水と雷の魔法を放った。

 雷を帯びた水の塊が体にぶつかり、バチッと弾け押し返される。


「うわあああ!」


 せっかく登ったビルの屋上から叩き落された。落下しながら悠真は周囲を見る。


「くそっ! それなら……」


 もう一度指をトゲのように伸ばし、別のビルに突き刺す。指を柔らかくし、落下の勢いを利用して大きくスイングして移動した。


「おお! スパ〇ダーマンみたいで気持ちいい!」


 そのままビルの間を抜けていこうと思ったが、屋上から探索者シーカーが顔を覗かせる。


「え!?」


 悠真が驚くと、上から‶風″と‶炎″の魔法を撃ってきた。

 体に直撃し、悠真は「あああああ!」と絶叫しながら落ちていく。地面に激突して頭をしこたま打ちつけた。


「いたたた……まあ、痛くはないけど……。酷いことするな」


 悠真はムクリと起き上がり、周囲を見る。遠くからまた別の探索者シーカーが走ってきた。

 倒すのは簡単だろうが、探索者シーカーの人たちを傷つける訳にはいかない。なんとかしないと。悠真は‶ブラッディ・オア″を使って身体能力をあげる。

 全力で駆け出せば誰もついてくることはできない。騒いでいる探索者シーカーを残し、ビルを抜けて大通りに出る。

 ――このまま街の外まで。

 そう思いながら車道を走っていると、道の先に誰かが立っていることに気づく。

 背の高い金髪の男。慌てて急ブレーキをかける。


「‶炎帝″……アルベルト!」


 悠真はすぐにきびすを返し、別の方向へと走ろうとする。だが足が動かない。なんだ? と足元を見れば、路面が白く染まっていた。


「こ、これは……氷!?」


 悠真が戸惑っていると、こちらに近づいてくる人影が見えた。


「まったく、動きを止めるだけでも骨がおれますよ」


 銀色の短い髪が特徴的な褐色の肌の女性。やはり英語で話している。アルベルトの仲間だろうか?


「魔物でも戸惑うようだな。初めて見たか? 第二階層の水魔法【氷結】は」


 女が右手につけたブレスレットをかかげる。青い宝石が輝き、地面に広がった氷が足から昇ってきた。

 ――つ、冷たい!

 こもままじゃマズいと思った悠真は、力を込めて足を引きはがす。氷はバリバリと音を鳴らし砕けていった。これで自由に動ける。


「すごい馬鹿力だな。でも――」


 銀髪の女性は目を細める。悠真はすぐに逃げようとしたが、近くから穏やかな声が聞こえてきた。


「充分だ。ほんの少し足を止めてくれれば……それで充分だよ、ミア」


 ハッとして振り向くと、目の前にアルベルトが立っていた。右手をかかげニッコリと微笑む。

 

「これが‶第二階層の火魔法″だ」


 カッと瞬く。爆発が起き、衝撃で悠真が吹っ飛ばされた。

 十メートル以上先の路肩まで飛ばされ、地面にゴロゴロと転がる。


「あ……がっ!?」


 体からプスプスと煙が上がり、金属の外殻が所々赤く発熱している。

 ――い、痛い! なんだ、コレ!? 腕や胸が焼けるように熱くて痛いぞ!

 悠真は痛みを堪え、フラつきながらも立ち上がる。

 顔を上げれば、そこには微笑を浮かべるアルベルトの姿があった。

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