第160話 一筋の希望

「うわ~凄いな。これでバラバラにならなかった魔物は初めてだよ! ちょっと甘く見てたみたいだね」


 アルベルトは左手をゆらりと上げ、こちらに向けてくる。指には四つの赤い指輪があり、妖しく輝き出した。

 ――あれ【魔法付与武装】だったのか!?


「君には全力を出さなきゃいけないようだね。この魔法なら効くかな?」


 悠真の足元の地面が赤く光り出す。ゾワッと背中に悪寒が走り、生物としての本能が最大限の危険を知らせる。

 ――まずい! これを喰らったら……。


「――噴火爆発―ボルケーノ―」


 地面が爆発し、激しい炎が空に立ち昇る。簡単には消えそうにない火柱が、威力の凄まじさを物語っていた。

 地面はえぐれ、火と煙が辺りに広がる。


 ◇◇◇


「終わりましたね。アルベルト」


 ミアが歩み寄り尋ねると、アルベルトは「いや……」と言ったまま、煙が上がる場所を見つめていた。

 ミアも視線を向けると、煙が徐々に晴れていく。

 二人が見つめる先に、予想外の光景があった。


「そん……な」


 ミアは驚いて口を開ける。煙の中から出てきたのは黒い人影。‶黒鎧″が防御態勢を取ったまま立っている。

 その体には青い筋が何本も走り、全身が淡く輝いていた。


「あれは……水魔法か?」


 アルベルトの呟きに、ミアは「え!?」と反応した。

 爆発に耐えた黒鎧はバックステップで下がり、そのまま走り去ってしまう。


「お、追え! 逃がすな!!」


 ミアが周囲に潜んでいた‶プロメテウス″のメンバーに指示を出す。

 黒鎧を囲んでミアとアルベルトで倒す作戦だったが、完全に失敗に終わった。ミアは動揺を抑えつつ、アルベルトを見る。


「奴が‶水魔法″を使ったのなら、黒ではなく『青のダンジョン』の魔物ということですか?」

「……いや」


 アルベルトは黒鎧が去っていった方向を見る。


「あの‶マナ″の感じは間違いなく『黒のダンジョン』の魔物だ。それにも関わらず‶水魔法″を全身に流して炎の威力を大幅に弱めた」

「ありえません! 魔物が系統の違う魔法を使うなど、前例がありませんよ!」


 アルベルトは目を落とし、静かに自分の左手を見た。


「……ひょっとすると、我々は初めて見ているのかもしれない」

「見ている? なにをですか」


 ミアが怪訝な顔をする中、アルベルトは顔を上げ、口元を緩めた。


「まだ確認されたことがない……‶キング″の姿だよ」


 ◇◇◇


『ご覧下さい! 都道311号環状八号線が通行止めになっており、警察によって平和台と北町の一角が立入禁止になっています。政府の発表によれば捜索中の‶黒鎧″が発見されたそうです。海外から来た探索者シーカーを含め、現在討伐するために対応していると……』


 スマホでニュースを見ていた神崎は、チッと舌打ちする。

 車で平和台に向かっていたが、道路網が混乱しているせいか一向に進まない。


「くそっ! 走った方が早いか」


 神崎はジープを路肩に止め、バッグから取り出した六角棍を組み立ててから、車外に出た。走りながらスマホを取り出し、電話をかける。


「アイシャ! 俺だ」

『……今、どこにいる?』

「悠真が目撃された場所だ。練馬の市街地に向かってる」


 神崎が走って向かう先に、警察がバリケードテープで道路を封鎖していた。近くまで行くと、「立入禁止です!」と若い男の警官が声をかけてくる。


「俺は探索者シーカーだ。入るぞ」


 神崎はライセンスカードを警官に見せ、無理矢理バリケードテープをくぐった。

 本来入っていいのは上位の探索者シーカーだけなので、警官は「ちょ、ちょっと」と慌てて止めようとする。

 だが神崎は強引に突破し、走って街の中心部へと向かった。

 遠くから衝撃音が聞こえてくる。


「封鎖地区に入った。もうドンパチが始まってるぞ」


 電話先のアイシャは不快そうな溜息をつく。


『こうなっては仕方ない。なんとか悠真くんを私の研究所に連れてこい』

「それでなんとかなるのか!?」

『簡易な物ではあるが、マナを遮断する装置を用意している。その中に入れば感知されて見つかることはないだろう』

「この前作ってたサウナ室みてーなやつか?」

『そうだ。中に入れば‶金属化″していてもマナは漏れない。うまくいけば追手の探索者シーカーたちを巻けるだろう』

「ちょっと待て! そんなもん作ってたってことは、ヘル・ガルムを利用して悠真を探すって気づいてたのか!?」

『確信があった訳じゃない。ただ可能性として考えていただけだ。まさか本当にやるとは思ってなかった』


 アイシャの話に、神崎は苛立ちをつのらせる。


「ヘタしたら民間人が死ぬかもしれねーんだぞ! そんな危険な方法使うなんて……頭おかしいんじゃねーのか?」


 小走りで車道を渡る。封鎖されていることもあり、車や一般人はいないようだ。


『普通ならやらないだろう。現場の人間が考えても、上層部で止められる。それが通ったということは、政治的な思惑があるんだ』

「なんだよ? 政治的な思惑って」


 神崎はビルの角を曲がり、音の鳴る方へと向かう。衝撃音の位置は少しづつ変わっている。移動してるようだ。


『岩城政権は今、支持率が下がってるからな。次の参院選に向けて評価を上げたいんだろう』

「それで黒鎧討伐にやっきになってんのか!?」

『黒い魔物の危険性は散々喧伝けんでんしてきたからな。被害が出たとしても黒鎧を倒せば支持率が上がると踏んだんだ』

「そんな下らねえことでか? 滅茶苦茶じゃねーか!」


 通りの向こうに人影が見える。恐らく探索者シーカーだろう。


『とにかく、なんとか悠真くんに接触しろ! 私の所に来るように言うんだ』

「分かってるよ! 簡単に言いやがって……なんとかする!」


 神崎はスマホを切る。悠真に何度電話をかけても繋がらない。『金属化』しているせいで通信障害が起きてるんだろう。


「あいつ、莫大な‶マナ″を撒き散らしてるからな。しょうがねーか」


 神崎は短く息を吐いた後、探索者シーカーたちが走っていく方角へと足を進めた。


 ◇◇◇


 目の前で火が弾ける。探索者シーカーたちが魔法を使いながら向かってきた。正面の通りから十数人、左の通りからも数人が来る。

 ――くそっ!

 悠真は右に曲がって走り出した。なるべく戦闘は避けたいと思っていたが、このままではらちがあかない。


「多少強引でも、力づくで突破するか?」


 そんなことを考えながら走っていると、右手にある建物の角から、何人もの人影が出てきた。

 また探索者シーカーか、とうんざりするが、その面々に見覚えがあった。


「あれは……」


 天王寺や、泰前など‶雷獣の咆哮″のメンバーだ。そして――


「ルイ!」


 よく見知った幼馴染が、バトルスーツを着てこちらを睨んでいた。

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