第152話 別次元の探索者

 緑のダンジョンがあるドームのフロアロビー。

 自動ドアをくぐって中に入ってくる男を、数人の男女が待ちかまえていた。


「アルベルト。準備はできていますが、ダンジョン内に入りますか?」


 口を切ったのはベリーショートの銀髪で、褐色の肌の女性だ。


「もう入ってるんだろ?」

「ええ、リーリアを始め、五人が先行して潜っています」

「じゃあ、帰って来るのを待とうか」


 アルベルトはそう言って、ロビーに置かれたベンチソファに腰をかける。


「‶はなだいラーメン″、噂通りおいしかったよ」


 ニコニコと笑って話すアルベルトに、銀髪の女性は「ハァ~」と溜息をつく。


「日本政府からは、東京に来るように言われています。本当に新潟に来る必要があったんですか? まさか、そのラーメンを食べるために来たんじゃ……」


 アルベルトは「おいおい」と、わざとらしく肩をすくめる。


「ひどいなー。ここも‶黒鎧″の出現予想範囲に含まれてるんだよ! 念のため確認しに来ただけだって~」


 女性はまったく信じていないように、冷たい視線を送る。


「まあ、みんなが戻ってくまでのんびりしようか」


 アルベルトはゴロンとソファに寝転がる。

 それを見た銀髪の女性――世界最強の探索者集団クラン‶プロメテウス″の副リーダー、ミア・イネスは「まったく!」と言って頭を振る。

 アルベルトの勝手な行動はいつものこと。

 それをいさめるのが彼女の仕事だった。


「ああ、そうそう、そういえば!」


 急に体を起こしたアルベルトに、ミアは「なんですか?」とわずらわしそうに聞く。


「ラーメン屋さんでね。ちょっと変わった青年に出会ったよ。たぶん探索者シーカーだと思うけど」

「ダンジョンがある街なんですから、探索者シーカーがいても不思議ではないでしょう」

「うーん、そうなんだけど……なんて言うか、他の人と違うんだよね」

「他と違う?」

「そうそう、体から出てる‶マナ″がね」


 アルベルトはニッコリと微笑む。


「私より多いんだ。凄くないかい?」


 それを聞いたミアはフンッと鼻を鳴らす。


「そんな人間いませんよ。歳のせいで、感知能力が衰えたんじゃないですか?」

「ひどいなー。私はまだ三十九だよ!」

「充分おじさんですよ。明日には東京に向かいますからね」

「はいはい、分かったよ」


 アルベルトがソファに寝転がると、ミアは五人の部下を引き連れ、ダンジョンのロビーを後にした。


 ◇◇◇


 神崎と悠真は急いでホテルへと戻った。


「社長。ホントにあの外人さん、‶炎帝″アルベルトなんですか!?」

「間違いねえ!」


 エレベーターのボタンを連打しながら神崎が答える。


「でも俺が雑誌で見た時は、トップガンの主役みたいなグラサンかけてましたよ?」

「外してただけだろうが!」


 二人が宿泊しているフロアに着くと、田中と舞香はすでに戻っていた。神崎は全員を自分の部屋に集める。


「ダンジョンの探索は中止だ! すぐに東京に帰る」


 唐突に神崎に言われ、舞香は「ええっ!?」と驚き、田中は「どうしたんですか?」と聞き返す。


「詳しいことは帰りの車で話す。とにかく準備してくれ」


 取り付く島もなく、神崎は荷物の片づけを始める。

 悠真もそれを手伝っているため、舞香と田中は顔を見合わせ、渋々帰る準備を始めた。ホテルをチェックアウトし、車に荷物を詰め込む。

 カンカンに怒る舞香を助手席に残し、神崎は車外でスマホを使い電話をかける。

 何度目かのコールの後、相手が電話に出た。


「アイシャ、俺だ」

『……なんだ。なにか用か?』

「今、新潟のダンジョンに来てたんだが、問題が起きた」

『問題?』

「ここに‶炎帝アルベルト″がいた。悠真と接触したんだ!」


 しばしの沈黙。アイシャはなにかを考えているようだった。


『……すぐに東京に戻れ。戻ったら私の所に来い』

「ああ、そのつもりだ。今日の夜中には帰る」


 神崎は電話を切り、車に乗り込んだ。


「ちょっと、お父さん! ちゃんと説明してよね。今回の遠征だって、結構な費用かかってるんだから!」


 プンプンに怒っている舞香に、神崎は「ああ、分かってるよ。移動しながら話す。悠真のことも全部な」と言ってドアを閉め、エンジンをかけた。

 後部座席に座っていた悠真は、顔を強張らせる。

 田中には‶黒鎧″のことを説明していたが、舞香にはまだ話していない。それだけにどんな反応をするか分からなかった。

 ひょっとすると怪物だと思われて、怖がられるかも。

 悠真はかなり心配したが――


「えー! じゃあ悠真くんが今、話題になってる‶黒い魔物″なの!?」


 車は県道126号から498号に入り、南下してゆく。一から説明していたため、時間はかかったが舞香も事情は呑み込んでくれたようだ。


「すごいじゃん、悠真くん! めちゃくちゃ強いんでしょ!? なんでもっと早く言ってくれないのよ!!」


 助手席から振り向いた舞香は、瞳をランランと輝かせていた。

 シートベルトをしていなければ、身を乗り出しかねない勢いだ。やっぱり社長の娘さんだな。そう思い、悠真はホッと胸を撫で下ろす。


「言ったら嫌われるかと思ってました」

「なに言ってんのよ! そんな訳ないでしょ!」


 舞香が明るく返してくれたことで、悠真の気持ちは幾分か楽になった。少なくともD-マイナーの人たちは自分の味方でいてくれる。

 それだけで充分、心強い。

 車は国道8号に入り、中之島見附インターチェンジへと向かった。


 ◇◇◇


「おい、アイシャ! 来たぞ」


 東京大田区にあるアイシャの研究所に、神崎は来ていた。

 すでに夜中だったため、ほとんどの部屋の明かりが落ちている。


「ここだ」


 一階の奥から声が聞こえてきた。神崎が足を向けると、工場の奥の開けたスペースに明かりがついている。

 数個の裸電球が灯る薄暗い空間で、アイシャがなにかの作業をしていた。


「悠真くんはどうした?」

「家に帰らせた。大人しくしとけって釘を刺してな」


 アイシャはレンチを握り、大きな装置のナットを閉めていた。

 それは箱形の装置で、一見すると家庭用の簡易サウナのようにも見える。作業をやめるつもりはないらしい。


「なんだよ、こりゃ?」


 神崎が眉間にしわを寄せて聞くと、アイシャは「念のためだ」とだけ答えた。


「それにしても、まさかアルベルトが出てくるとはな」


 神崎が溜息交じりに言う。


「確かブラジルに出てきた特異な性質の魔物ユニーク・モンスターを倒しに行ったんじゃねーのか?」

「私もそう思っていた。もう倒したのか、あるいは日本に現れた魔物の方が優先順位が高いと考えたのか……どちらにしろ国際機関の判断があるんだろう」


 アイシャはレンチを机に置き、軍手を外す。


「悠真はアルベルトと接触した。なにか気づかれたと思うか?」


 神崎が不安気に聞くと、アイシャは「分からん」と首を横に振る。


「とにかく。アルベルトは別次元の探索者シーカーだ。今後は悠真くんに近づけさせないようにしろ」

「もし……万が一戦いになったらどうなる?」


 恐々こわごわと聞いた神崎に対し、アイシャはしばらく沈黙した。ややあって口を開く。


「アルベルトのマナは8000を超えている。そして左手の指にはマナ指数2000の【魔法付与武装】、‶魔女の指輪ウィッチ・リング″を四つ装備しているはずだ。全て合計すると魔力値は16000に達する」


 神崎の額から嫌な汗が滲み出る。


「悠真くんの『魔法耐性』は君主ロードを倒したことによって得たもの。君主ロードのマナ指数は推定で10000から15000ほどと言われている。だとすれば耐性能力がそれ以上とは考えられない」

「じゃ、じゃあ……」

「魔力値10000を超える‶第二階層の魔法″なら、悠真くんの魔法耐性を突破するだろう。つまり――」


 神崎はゴクリと喉を鳴らす。


「‶炎帝″アルベルトと戦えば、!!」

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