第153話 兄弟の才能

 五日後。北海道『白のダンジョン』――


「久しぶりの地上ですね」


 ダンジョンを管理するドーム型の施設から出てきたルイは、燦々と降り注ぐ太陽光を右手で遮る。

 ダンジョン内にも光はあるが、地上のものとは別物だなと、ルイは改めて思った。


「もう、予定していた海外の探索者シーカーは到着しているそうだ。俺たちも合流するぞ」


 後ろから歩いてきた天王寺に、ルイは「はい!」と力強く答える。以前よりたくましく見えるルイの表情に、天王寺は満足気に微笑んだ。

 そんな天王寺に対し、泰前が愚痴り始める。


「にしても『白のダンジョン』に、一ヶ月潜るのはさすがに堪えるぜ」

「それだけの成果はあったろ?」


 ニヤリと笑って天王寺が答える。


「まあな。で、ルイの‶刀″はできたのかよ?」

「ああ、田辺からメールが入ってる。二日前に完成したそうだ。早く取りに来いと言ってるぞ」

「は! 偉そうなヤツだ」


 顔を歪める泰前。その隣にいた美咲・ブルーウェルが口を挟む。


「本当にその‶刀″で黒鎧を倒せると思うか? 天王寺」

「……ルイは成長した。今のルイなら‶第二階層の魔法″を使えるだろう。もし、それでも黒鎧が倒せないなら、ヤツを倒す方法はない」


 その場にいる者たちの顔が曇る。だが天王寺は顔を上げ、明るく答えた。


「まあ、そんなことを今考えても仕方ない! 早く東京に戻って他の探索者シーカーたちと合流しよう」

「おう、そうだな」


 泰前が笑い、美咲も「分かった」と微笑む。

 天王寺たちはホテルへと戻り、すぐに帰りの準備を始めた。


 ◇◇◇


 東京大手町、エルシード本社ビル。

 海外の探索者集団クランや、国内の上位探索者集団クランが大ホールへと集められていた。立ち並ぶ探索者シーカーを前に、ステージに上がったのはエルシードの統括本部長、本田だ。


「えーみなさま、お集まり頂きありがとうございます。エルシード社の本田と申します。本日は、みなさまに――」


 本田が挨拶をする中、ステージの端にいた石川は辺りを見回す。

 イギリスの‶オファニム″や、ドイツの探索者集団クランはいるようだが、何組かの海外勢は会場に来ていない。

 探索者シーカーは自分勝手な人間の集まり。そんなイメージが世間にあるが、海外の探索者シーカーに関しては、その傾向が強いのかもしれん。

 石川はそう思い、小さな溜息をついた。

 そんな折、日本の探索者集団クランを目の端で捉える。大手であるファメールの探索者たちだと分かったが、その内の一人が気になった。

 フードを被った痩せ型の男。

 だが、その体形に似つかわしくない大きな白いバッグを肩に担いでいる。

 身長より大きいことから、なんらかの【魔法付与武装】であることは分かるが、石川でもあんなに巨大な武器は見たことがない。

 石川がまじまじと見ていると、男の顔がチラリと見えた。


「あれは――」


 ◇◇◇


 本田を始め、エルシードの人間から今後の‶黒鎧″討伐の指針が説明され、各国の探索者集団クランの配置などを確認して、会はお開きとなった。

 ホールから次々と人が出ていく中、石川は一人の男に声をかける。


「明人!」

「ん?」


 フードの男が振り向き、石川を見る。


「あー! 石川さんやんけ、懐かしいな」

「お前、探索者シーカーになったのか?」

「あ~そうやねん。人生って不思議やな。昔は探索者シーカーなんて全然興味なかったんやけど……まあ、運命っちゅうヤツかな」


 フードを下ろし、ケラケラと笑う天王寺明人を見て、石川はなんとも言えない顔をする。


「ここに呼ばれたのはファメールの上位探索者集団クラン……お前も、そのメンバーなのか?」

「そうそう、色々あって今はファメールのナンバー1探索者集団クラン‶ロザリオ″に所属しとんねん。すごいやろ?」

「それは……まあ、すごいが」


 昔と変わらない飄々ひょうひょうとした態度。かつて石川は天王寺兄弟に出会った時、兄の天王寺隼人より、この弟――

 天王寺明人に、より強い才能を感じていた。

 だが当時はまだ中学生。「探索者に興味はあるか?」と聞いた所、「ないわ!」とけんもほろろにあしらわれた。

 その明人が、探索者シーカーとなって目の前にいる。石川は感慨深げに口を開いた。


「お前の兄貴は今、北海道だが、もうすぐ戻ると連絡があった。東京に来たら一度会ってみたらどうだ?」

「あーいらん、いらん。石川さん、ワイら兄弟が仲悪いの知っとるやろ? 今さら話すことなんかないわ」


 明人はそのまま外に出ようとしたが、途中で足を止め、振り返る。


「そや、石川さん。一つだけ兄貴に伝えといてくれへんか?」

「……なんだ?」


 明人はニヤリと口元を緩める。


「あんたが負けた‶黒鎧″。倒すのはワイやってな」


 ◇◇◇


 東京都江東区にあるエルシードの研究所。ルイや天王寺は東京に戻ると、すぐにこの施設にやってきた。

 田辺の案内で地下二階のラボへと向かう。


「すでに刀は完成してるが、実際に使えるかどうかは天沢に試してもらうしかない。問題があれば、その都度つど調整するよ」


 田辺は自分のカードキーで扉を開く。部屋の中央には銀色の台があり、一振りの刀が置かれていた。


「この刀が……」


 部屋の中に足を踏み入れたルイが、台の前で立ち止まる。

 目の前にある刀は、今まで使っていた【魔法付与武装】とは、次元の違う魔力を放っていた。

 ルイは恐る恐る手を伸ばす。

 鞘と柄を手に取り持ち上げると、思いのほか手に馴染む感覚があった。


「抜いてみな」


 田辺の言葉に、ルイはコクリと頷く。

 ゆっくりと抜いた刀身は突然カッと瞬き、炎が噴き出した。ルイは魔力を込めていない。刀自体がルイの魔力に反応し、燃え上がったのだ。


「これが……灼熱刀・零式!」


 かかげた刀はメラメラと‶火の魔力″に包まれている。


「いいみたいだな」


 田辺は満足そうに頷いた。だが燃える刀を見た天王寺は、眉間にしわを寄せる。


「おい田辺、地上なのに火の魔力が強すぎないか?」


 天王寺の疑問に、田辺はつまらなそうに答えた。


「ああ、そんなことか。お前らが『白のダンジョン』に潜ってる一ヶ月で、更にマナの放出が増えてるんだ。今、関東圏はダンジョンの低層階くらいのマナはあるぞ」

「ダンジョンの低層?」


 天王寺は思わず聞き返す。

 ――この短期間にそこまで漏れたのか!? 

 ダンジョンだけではなく、地中からも‶マナ″が放出されているとの噂があるが、ここまで早いとそれも有り得るかもしれない。

 天王寺がそんなことを考えていた時、「入ってくれ」という田辺の声が聞こえた。

 顔を上げれば、部屋の奥にある扉から四人の探索者シーカーが歩いて来る。白いバトルスーツに身を包み、剣や槍などの武器を持つ。


「模擬戦の相手だよ。全員が水魔法の使い手で、2000前後のマナがある」


 男たちはルイを囲み、各々の武器をかまえた。

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