第151話 ヒョロヒョロの外人さん

 新潟県新潟市。街並みの一角にそびえ立つ、白くて大きなドームが見えてくる。

 D-マイナーの面々は、神崎の運転するジープで市街地に入っていた。今日から一週間はダンジョンの探索を行うため、宿泊先となるホテルへと向かう。


「午後からはダンジョンに入る。田中さん、手続きの方はお願いしますね」

「分かりました」


 神崎はホテルの駐車場に車を止め、荷物を全員で持ちチェックインして部屋へ歩いて行く。

 宿泊するのは新潟市の中心部にある、小綺麗で雰囲気の良いビジネスホテルだ。

 二部屋を予約し、神崎と舞香、田中と悠真で部屋割りをしていた。


「うし! 田中さんには市役所に行ってもらったし、午後までは自由時間だな」


 荷物を部屋の中に置いた神崎は、舞香と悠真を連れてロビーに下りて来た。

 平日の午前中なので、ホテル内の出入りは少ない。


「午後までどうする?」


 神崎に問われ、舞香は「う~ん」と言いながら、スマホを取り出す。


「せっかく新潟まで来たんだし、少し観光したいかな」

「なんだそんなもん! 仕事が全部終わってからでいいだろ?」

「帰る時はいつもバタバタするじゃない! 今のうちにお土産も買いたいし」


 舞香はそう言うと、そそくさとホテルを出ていってしまった。


「んだよ。じゃあ悠真。俺たちは昼飯でも食いに行くか」

「そうですね」

「そんじゃあ焼肉だな」

「え? 焼肉ですか?」

「なんだ。他になんか食いたいもんでもあるのか?」

「いや、せっかく新潟まで来たんで……」


 悠真は担いでいたバッグから、一冊の雑誌を取り出した。


「俺、この近くにあるラーメン屋に行こうかと思って。この雑誌でも特集されてるんですよ!」


 悠真は付箋を付けたページを神崎に見せる。


「かっ! ラーメンなんか、どこでも食えるじゃねーか!」

「いやいや、そんなこと言ったら焼肉の方がどこでも食べられるでしょう!」


 もっともなことを言う悠真に、神崎は「勝手にしろ! 俺は肉を食いに行く」と、そのままホテルを出ていってしまった。


「新潟まで来て焼肉なんて……そりゃムキムキになるよな」


 悠真は「まあ、いいか」と思い、雑誌片手にホテルを出る。

 静かなオフィス街を抜け、商店街へと入る。東京と比べれば人通りは少ないが、この方が落ち着いてていいと悠真は思った。

 右手には白いドームの屋根が見える。

 午後から行く予定の『緑のダンジョン』だ。


「虫系の魔物が居るんだよな。金属化はできないから‶水魔法″だけで倒さないと」


 一抹の不安を覚えつつ、スマホで道順を確認しながら歩き続ける。十分ほどで目的の店に到着した。

 『麵屋はなだい』――この辺りではおいしいと有名な店らしい。

 グルメサイトでも、星4.4だったからな。ちょっと期待してしまう。悠真が店の扉に手をかけようとした時、隣から声が聞こえてきた。


「オーウ! ココガ『ハナダイラーメン』デスカ」


 振り向くと、そこには背の高い外人の男性が立っていた。金髪で痩せた体形、店の暖簾のれんを眺めニコニコと微笑んでいる。


「アナタモ、ココノラーメンヲ食ベニキタンデスカ?」

「え、ええ、まあ」

「ワタシモ、『ハナダイ』サンノラーメンガ食ベタクテ、楽シミニシテキマシタ」


 片言の日本語で話しかけてくる。ヒョロヒョロな印象を受けるが、背が異様に高いせいで、かなり威圧感を受ける。

 悠真は「そうですか」と言いつつ店に入った。

 店内にはそこそこ人はいるものの、満席という訳ではない。悠真はカウンターに腰かけるが、なぜかヒョロヒョロの外人も隣に座る。

 他にも席空いてるだろ! と思うが、ニコニコ笑う外人さんにそんなことを言えるはずがない。


「ココニハ、ヨク来ルンデスカ?」

「え? いや、俺も今日初めて来たんですよ。新潟に来るのも初めてで……」

「オーウ、ソウデスカ。ココニハ観光カ、ナニカデ?」

「え? ええ、まあ観光といえば観光かな」


 実際はゴリゴリの仕事だが。


「ワタシハ、仕事デ日本ニ来タンデスヨ。日本ハ二度目デスゥ」

「へぇ~そうなんですか」


 悠真は興味無さ気に応え、店員に『はなだいラーメン』を注文する。それを見た外人さんも「ワタシモソレデ」と同じラーメンを注文した。

 五分ほどで出てきたラーメンを、二人でズルズルとすする。

 外人はラーメンをすするのが苦手だと聞いたことがあるが、この人は日本人と変わらない食べ方をしている。

 ヌードル系がよほど好きなのかな? 

 塩味のラーメンはあっさりしてコクがあり、とても美味しかった。食べにきて正解だったと満足し、悠真は席を立つ。隣を見れば外人さんはラーメンに加え、ギョーザとチャーハンも平らげていた。

 痩せてはいるが、身長は優に190は超えている。やっぱり食べる量は半端じゃないみたいだ。なんの気なしに左手を見ると、四本の指に指輪をしていた。

 赤い宝石が付いたオシャレなデザイン。ロックミュージシャンみたいで、ちょっとカッコいい。

 外人さんも食事を終え、水を一杯飲んでから席を立つ。

 二人ともお代を払って店を出た。


「イヤ~オイシカッタデスネ。来テ良カッタデス」

「そうですね」


 外人さんは両腕を大きく広げ、伸びをする。


「天気モイイデスシ、気持チガイイデス」

「日本に来るの二回目なんですよね? その割にはずいぶん日本語が上手ですね」

「オオ、アリガトゴザイマス。日本ハ大好キナ国ナンデス。子供ノ頃カラ‶アニメ″ナンカヲ見テマシタカラ」

「ああ、なるほど」


 アニオタの外人さんかと悠真は妙に納得する。背こそ高いが、あまり健康そうな感じはしない。見た目は完全にインドア派だ。


「デハ、私ハ仕事ガアリマスノデ、コレデ失礼シマス」

「ええ、がんばって下さい」


 外人さんは手を振り去っていった。仕事ってなにやってる人なんだろう。

 システムエンジニアとかかな。ただ、どこかで見たような気もする。気のせいか? 悠真がそんなことを考えていると、通りの向こうから神崎がドタドタと走ってきた。

 爪楊枝を咥えているので、焼肉を食べてきたんだな。と想像できたが、なぜか血相を変えている。

 なんだろうと思っていると――


「おい! 悠真、今のヤツとなに話してたんだ!?」

「え? あの外人さんとですか? いや、別になにも話してませんけど」

「なにも話してないだあ?」

「どうしたんですか? そんなに興奮して」


 訝し気に聞く悠真に、神崎は片手で頭を抱える。


「お前……あいつが誰か分かってないのか?」

「え? あの人のこと知ってるんですか?」

「バカ野郎! あいつはアルベルト・ミューラー!」


 ヒョロヒョロの男性の背中は、もう見えない。


「世界最強の探索者シーカー、‶炎帝アルベルト″だ!!」

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