第124話 救出

 ――あんまり派手にやり過ぎると不審に思われるからな。少し抑えないと。

 悠真は力をセーブしつつ戦闘に入る。目の前にいるサラマンダーの頭を踏み潰し、棍棒を振るって二匹を打ち払う。さらに飛びかかってきたサラマンダーを蹴り飛ばし、殴りつけ、棍棒で叩きつけた。

 わずか三秒で六匹の魔物が砂になって消えた。

 あまりの出来事に、大河原たちは絶句する。


「おーい! 大丈夫か?」


 後からやってきた神崎が大河原に近づこうとすると、横から二匹のサラマンダーが襲いかかってくる。


「――っの野郎!」


 水の魔力を込めた太い六角棍で一匹を叩き潰し、もう一匹の頭をかち割る。

 後ろで「うわあああ」と悲鳴を上げていた田中も、足元にきた魔物を水脈の短剣でなんとか倒していた。

 神崎は情けない顔で怯えている大河原に声をかける。

 

「おい、なにが危なくなったら助けてやるだ! お前が助けられてんじゃねえか」

「な、なんだと! 誰が助けてくれなんて言った!!」


 大河原は尻もちをついた状態で神崎を睨みつける。

 頭からはまだ煙が上がっていた。


「強がってんじゃねえ。お前の探索者集団クラン全員、虫の息じゃねーか!」


 大河原が振り返ると、バトルスーツを黒コゲにしたメンバーたちが疲れきった表情で座り込んでいた。


「おい! お前ら――」


 大河原が怒鳴ろうとした瞬間、一匹のサラマンダーが悠真の横を抜け、飛びかかってきた。


「ひいいいいいい!」


 情けない声を上げ、後ずさって逃げようとする大河原。神崎は「やれやれ」と言い、六角棍の柄でサラマンダーの頭を叩き潰す。


「ここは俺たちが抑えておくから、お前らはとっとと逃げろ!」

「な、なにを零細企業が偉そうに……」


 神崎を睨みつけるが、後ろにいたIBI社の探索者たちは「そうですか?」「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」と言って、そそくさと逃げ始める。

 大河原は「おい! お前ら!?」と怒鳴るものの、誰も戻って来ない。

 顔を真っ赤にして振り向けば、そこには一人で獅子奮迅の活躍をするD-マイナーの新人がいる。


「うちの新人はすげーだろ? お前の所にはいないみたいだがな」


 その言葉を聞いた大河原は「くっ!」と顔をしかめ、フラつく足で出口まで走っていった。

 神崎はフンッと鼻を鳴らし、悠真の加勢へと向かう。


「社長! あっちの方が大変そうです」


 悠真に言われて神崎が目を向けると、そこにはボロボロになって戦うサクラポートの探索者集団クランがいた。

 他の探索者がダンジョンから脱出できるまで、時間を稼ごうとしているようだ。

 だがサラマンダーの群れに四方を囲まれ、動けなくなっている。リーダーの水無月は左腕を負傷していたが、それでも右手一本で剣を振るい戦っていた。


「悠真、行くぞ!」

「はい!」


 サラマンダーの群れに突っ込んでいく二人を見て、田中は「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」と、汗だくになりながら追いかけていった。


 ◇◇◇


「こっちは私がやる! あなた達は出口までの道を開いて!!」


 襲ってくるサラマンダーを【瀑水ばくすいの剣】で斬り払いながら、なんとか活路を見い出そうとする水無月。

 だが現状は絶望的。辺りを魔物に囲まれ、さらに新たな魔物が押し寄せてくる。

 ――このままじゃ……。

 せめて探索者集団クランのメンバーだけでも逃がそうとする水無月だったが、それも極めて難しい。そう思っていた時――


「おい! 大丈夫か?」


 数匹の魔物を蹴散らして、大柄の男が近づいてくる。

 ――まだ避難してない探索者シーカーがいたの!?

 男は水の魔力を帯びた太い棍棒でサラマンダーを叩き潰す。剛腕から繰り出される攻撃、そして見たことのない魔法付与武装。

 ――恐らく特注品。だとしたらベテラン……かなり手練れの探索者シーカーに見えるけど。

 しかし水無月がそれ以上に気になったのが、大柄の男と一緒に来たフードを被った男だ。いや、顔がまったく見えないため、男か女かは分からない。

 だが、水無月は体格や動きから男だと判断した。

 その動きは並の探索者シーカーのものではない。恐ろしい速さで移動し、棍棒で魔物たちを次々と打ち払っていく。

 持っているのは【水脈の棍棒】だが、青く輝いてはいない。

 つまり魔法は使っていないのだ。にもかかわらず、打ち据えた魔物は一撃で砂に変わり絶命している。

 ――まるで、エルシードの天王寺さんみたいな動き……。

 しかし、水無月はその考えを否定する。ここに集められた探索者シーカーは中小企業に所属する、Bランク以下の者たちばかり。

 そんな強い探索者シーカーがいる訳がない。


「ここは俺たちが引き受ける。お前らはさっさと避難しろ!」


 神崎の言葉に、水無月は首を横に振る。


「そんな無責任なことはできない! 私の会社はエルシードから一階層のことを任されている。あなたたちこそ早く避難して!」

「そんなこと言ってる場合か!!」


 神崎と水無月が言い争っている隙に、脇から這いよってきたサラマンダーを神崎が蹴り飛ばす。

 水無月は「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、身をすくめた。


「お前らがいるとかえって邪魔なんだよ! 俺たちがをやるからとっとと行きやがれ!!」


 神崎はそう言うと、悪戦苦闘しながらサラマンダーを倒している田中に目をやる。


「田中さん。俺と悠真が突破口を開くから、こいつらを上に連れてってくれ!」

「わ、分かりました!」


 田中は額に汗を浮かべたまま「さあ、行きましょう!」と、水無月の腕を引く。


「悠真、やるぞ!」

「分かりました!」


 二人は出入口までの道を塞いでいる魔物に攻撃を集中させる。

 サクラポート社の探索者シーカーもそれに続き、水魔法で魔物を威嚇しながら何とか出口に辿り着いた。


「田中さん、こいつらを頼んだ」

「え、ええ。社長たちはどうするんですか?」

「俺と悠真は、ここでサラマンダーを食い止める」

「ええ!?」

「このままだと、こいつらまで地上に出ちまう。俺たちが抑えてる間に、自衛隊の連中を呼んで来てくれ! サラマンダーなら銃弾も効くだろう」

「で、でも……」


 戸惑う田中に、神崎は笑って声をかける。


「大丈夫だよ、田中さん! 俺と悠真ならこんなヤツらに負けねえからよ。さっ! 行ってくれ!!」


 田中は心配しつつも、水無月たちと共に地上へと上っていった。


 ◇◇◇


「さて……と」


 神崎は地上につながる洞窟の前に立ち、辺りを見回す。

 乾いた平地と岩場が広がる『赤のダンジョン』の一階層。そこには数限りないサラマンダーの群れが押し寄せていた。


「こいつら、どっからこんなに出てきたんだ?」


 うんざりした様子の神崎は六角棍を構えつつ、悠真に向かって「行けそうか?」と尋ねる。


「たぶん……大丈夫だと思います」


 頼りなさそうに聞こえるが、神崎は確かな自信を悠真の言葉から感じていた。

 サラマンダーは頭や背中から炎を巻き上げ、群れをなして襲ってくる。悠真はしゃがみ込み、右手を地面につけた。

 液体金属が一気に流れ出し、辺り一面に薄い水溜まりのように広がる。サラマンダーがその上を通過した瞬間、悠真は力を込める。

 液体金属から剣山のように何百もの刃が突き出し、魔物の体を貫いていく。

 三十匹以上のサラマンダーが、一瞬で砂へと変わり消えていった。

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