第328話 最強との再会

 どこまでも続く高速道路を、黒のワゴン車が走り抜ける。

 外を見れば、山間やまあいののどかな風景が広がっていた。

 乗っていたのは悠真、ルイ、明人の三人。そして運転手としてジャックがハンドルを握っている。

 行き先は"プロメテウス"が現在拠点にしているインディアナ州だ。

 車で行くと十時間くらいかかるらしく、明人は「しばらく寝るわ」と後部座席で横になってしまった。

 助手席に乗っていた悠真は、ハンドルを握るジャックに話しかける。

 

「そういえば、ニューヨークに【黄の王】が来た理由を聞いてませんでした。なんで縄張りから外れた場所まで襲いかかってきたんですか?」

「ああ、その話か」


 ジャックは前を見ながらフフと笑う。


「ニューヨーク……まあ、東海岸には『黄色のダンジョン』がいくつかあるんだ。黄の王はなぜか『黄のダンジョン』の近くに現れる傾向がある」

「自分の仲間を集めてるんですか?」

「いや、黄の王は一匹狼なんだ。仲間を作ったりはしない」

「じゃあ、どうして……?」


 悠真は不思議そうにジャックを見つめる。


「黄の王は

「えっ!? それってどういうことですか?」


 その話に悠真が驚いていると、後ろの席に座っていたルイも「本当ですか?」と言って身を乗り出す。仲間である魔物を殺すなんて、とても信じられない話だ。


「本当だよ。だからニューヨーク周辺では、雷の魔物が少ないんだ。どうして黄の王が同族を襲うのかは分かってないが……それを調べるのも討伐隊の仕事って訳だ」

「そうなんですか」


 悠真は視線を正面に向ける。赤の王や緑の王は仲間を引き連れて襲ってきた。

 それに対し、青の王は単独で戦っている。王によって戦い方が違うのは分かるが、それにしても【黄の王】は異質だ。

 魔物を殺しまくる魔物なんて、聞いたことがない。

 悠真はなんともいえない気持ちになる。

 車は高速道路を走り抜け、一路、目的地であるインディアナポリスに向かった。


 ◇◇◇


 インディアナポリス美術館――

 巨大なマンモスの骨格標本がある展示室。そこに、ベンチに腰掛ける背の高い男がいた。なにをする訳でもなく、ただ物言わぬマンモスを眺めている。

 そんな男の後ろから、褐色の肌の女性が近づいてきた。


「アルベルト、ニューヨークの拠点から連絡が来ました」

「また鳩さんかい?」


 アルベルトは両手をパタパタと振って、鳩のマネをする。ミアは「はぁ~」と溜息をつき、話を続けた。


「なんでもニューヨークの拠点に日本の探索者シーカーが来たそうです」

「日本の探索者シーカー? 日本から来たのかい? それはすごいね」


 アルベルトは目を輝かせ、渋面のミアを見る。


「興味がありますか?」

「ああ、もちろん。そんな面白い探索者シーカーなら、ぜひ会ってみたいよ」

「それは良かった。今こちらに向かっているそうです。もうすぐ到着するでしょう」

「え? そうなの」


 アルベルトはベンチから立ち上がり、笑いながら頭を掻く。


「だったら歓迎しないとね。黄色の王様に動きがなくて退屈だったから、丁度いいや」


 アルベルトは部屋の出口へ向かい、扉を開く。外にいたのは数人の男女。全員が同じ制服を着ており、ただならぬオーラを放つ。

 彼らこそ世界最強の探索者集団クラン、"プロメテウス"のメンバーたち。

 アルベルトはそのメンバーを引き連れ、美術館の入り口へと向かった。


 ◇◇◇


 悠真たちを乗せた車は高速道路を降り、ビルが建ち並ぶ商業地に入っていく。

 ここでは人の姿をちらほら見かけた。どうやらニューヨークのような無人地帯ではないようだ。


「あの人たちって、この街の住人なんですか」


 悠真に問われたジャックは、ハンドルを回しながら「いや」と答える。


「あれは住人じゃない。ここに集まってる討伐隊と、その関係者だ」

「関係者?」

「直接戦ったりする探索者シーカーじゃないが、研究や情報収集、分析なんかを担当する学者や政府の人間だよ」

「なるほど……それにしても、こんなにいるんですね」


 悠真は窓の外を見ながら感心する。恐らく、何千人とここに集まっているのだろう。車は大きな建物の前で止まる。

 全員が車外に降りて建物を見上げた。


「この美術館にアルベルトがいるはずなんだが……」


 ジャックは辺りを見回してから、美術館の入り口に向かう。悠真たちもそのあとについていった。

 いよいよアルベルトに会える。悠真は少し緊張していたが、それは隣を歩くルイも同じようだった。唯一、明人だけはなにも考えていないようだが。

 先導するジャックが扉に近づく前に、自動ドアが開いた。

 中から出てきたのは背の高い男性。その後ろから褐色の女性と、七人ほどの男女が姿を現す。

 悠真に取っては久しぶりの再会だった。


「炎帝……アルベルト……」


 こちらに顔を向けたアルベルトはフフと微笑み、悠真を見る。


「やっぱり君だったか、日本から来た探索者シーカーと聞いてね。すぐに君の顔が浮かんだよ」


 朗らかな笑顔。だが周囲にいる人間は違った。


「なっ!? お前は――【黒鎧】!!」


 褐色の女性が目を見開き、悠真を睨む。悠真も女性のことを思い出した。

 アルベルトの右腕にして"プロメテウス"の副リーダー。第二階層である氷魔法を使いこなすミア・イネス!

 悠真はミアの魔法を受けたことがあったため、思わず身を強張らせる。


「この男は敵だ! 全員、囲め!!」


 ミアの指示でプロメテウスのメンバーが戦闘態勢に入る。あっと言う間に展開して悠真たちを囲んだ。

 全員が武器を構え、今にも襲ってきそうだ。


「おいおい、なんやいきなり! こっちは援軍に来たったんやで、歓迎するんが常識やろ!!」

「そうです! 僕たちは敵じゃありません。話し合いましょう!」


 明人とルイがなんとか止めようとするが、ミアは聞く耳を持たない。腰から短剣を抜き、正面に構える。

 ミアの周囲に冷気が漂い、気温が一気に下がる。

 慌てふためいたのはジャックも同じだった。


「ま、待って下さい! 彼らは【黄の王】を倒すために来たと言っています。我々を助けてくれたし、敵なんかじゃありません。それにめちゃくちゃ強いんですよ。戦うべきじゃない!」

「……ふぅ~ん、そんなに強いのかい?」


 アルベルトが興味を引かれたようにジャックに尋ねる。


「ええ、そりゃあもう」


 アルベルトはニヤリと笑い、ミアの肩を叩く。


「まあまあ、ミア。彼らにもなにか事情があるのかもしれない。いきなり剣を向けるのはさすがに乱暴だよ」

「し、しかしアルベルト! あの【黒鎧】の恐ろしさは、あなたが一番分かっているはずです。ヤツが暴れ出したら簡単には止められないんですよ!!」


 アルベルトはミアの前に出て、悠真の近くまで歩み寄る。


「ア、アルベルト!」


 ミアが心配して声をかけるが、アルベルトは気にせず、落ち着いたまま悠真を見下ろしていた。


「君は本当に僕たちの味方なのかい?」

「……そのつもりですけど」


 悠真とアルベルトの間に、ピリピリとした緊張感が漂う。


「そうか、私は君のことを信じようと思う。でも、ここにいるみんなは君が暴れ出さないか心配なようだ。その不安を払拭しない限り、共闘は難しいと思うよ」


 悠真は目をすがめ、アルベルトをめる。


「つまり、どうしろって言うんですか?」

「簡単さ! 君が怪物的な力を使っても、暴走することがないと示せばいいんだよ。すごく分かりやすいだろ?」


 アルベルトの表情が、まるで子供のように明るくなった。

 後ろにいたミアは肩をすくめ、やれやれといった感じで頭を振る。それを見た悠真は嫌な予感がした。


「それって、まさか――」


 アルベルトは嬉々として目を見開く。


「そう! 僕と戦ってみればいいってことだよ」

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