第214話 ケタパン港へ

 翌日、午後に海路でインドに向かうため、バニュワンギのケタパン港に行くことになった。

 悠真たち三人は、ホテルの前に迎えに来たリムジンに乗り込む。

 その時、別の車がホテルの敷地に入ってくる。慌ただしくドアを開け、こちらに走ってきたのはヘンドリだった。

 顔に大汗を掻いている。

 悠真はドアを開けて外に出た。明人やルイも車外に出る。


「す、すいません! 遅くなりました」


 駆けつけたヘンドリは膝に手をつき、ハァハァと息を切らす。


「ほんまに遅いで! こっちは急いどんるんや、もうちょっとで手ぶらで行くとこやったわ!」


 頭に血が上っている明人に対し、ヘンドリは「すいません」と言って、持ってきた黒い小さなケースを出す。

 悠真が受け取ってケースを開くと、中には赤い宝石がいくつか入っていた。


「時間が無かったので、インドネシア政府から取り寄せることはできませんでした。これは、ジャワ州の州政府が保管していた物です。これぐらいしかできないのが心苦しいですが……」


 申し訳なさそうにするヘンドリに、悠真は首を横に振る。


「いえ、充分です。ヘンドリさんには良くしてもらいましたから、今までありがとうございました」

「そう言っていただけると助かります」

「そうだ。ヘンドリさん、聞きたかったことがあるんですけど」

「なんでしょう?」


 ヘンドリは不思議そうな顔で悠真を見る。


「ザマラさんが『黒の王』がどうとか言ってたんですが、なにか知ってますか?」

「ああ、そのことですか……」


 なにか思い当たることがあるようだ。ヘンドリは一つ頷いてから口を開く。


「イスラエルにある白のダンジョンは知っていますよね。【オルフェウス】と呼ばれているダンジョンです」

「ええ、知ってます」

「そのオルフェウスから採掘された遺跡がいくつかあって、色々な情報が書かれているらしいんです。でも、国際ダンジョン研究機構(IDR)は、内容を外部に公開していません。本来は我々も知るはずがないんですが……」

「情報が漏れてるんですか?」


 ヘンドリが「ええ」と苦笑いする。


「ほんの少しですけどね。その一つが『黒の王』に関する情報です。なんでも体が黒い金属でできていて、色々な形に変化するとか……三鷹さんの特殊な魔法を見て、ザマラはそのことを思い出したんでしょう。勘違いとはいえ、本当に申し訳ない」

「ああ、いえ……」


 実際は勘違いではなく、本当に【黒の王】の力だが、そんなことを言えば余計不信感を抱かせてしまう。悠真はそう思い、黙ることにした。


「なんにせよ、ここに入ってくる情報は極わずかです。インドに行けばもっと有用な情報が得られるかもしれませんよ」

「そうですか、色々教えてもらってありがとうございます」


 悠真は右手を差し出し、ヘンドリと握手を交わす。


「インドはここよりも遥かに酷いそうです。どうかお気をつけて」

「はい、お世話になりました」


 悠真は感謝を伝え、車に乗り込む。明人はまだ納得してない様子だったが、黙って車に乗りドアを閉めた。

 リムジンは見送るヘンドリを残し、一路ケタパン港へと向かった。


 ◇◇◇


「ほんで、その魔宝石、どれくらいあるんや?」


 後部座席に三人並んで座っていたが、一番右端に座る明人が聞いてくる。左端に座っていた悠真は、ポケットから小袋を取り出す。

 もらった袋の中には数個の魔宝石が入っていた。


「赤の魔宝石がこれくらい」


 悠真は袋をルイと明人に見せる。明人は袋を受け取り、自分の手の上に魔宝石を乗せて「ひい、ふう、みい」と数え始めた。


「全部で九つやな。ガーネットとレッドスピネル、ルビーもあるみたいやけど……マナ指数にしたら大したことないんちゃうか?」


 明人の言葉に、ルイは考え込む。


「う~ん、どうだろう……全部合わせれば、2800から2900ぐらいはあるんじゃないかな」

「そうなんだ」


 悠真は宝石を返してもらう。


「まあ、無いよりはいいよ。これから行くインドでは役に立つだろうし」


 手の上に乗せた魔宝石を、全部パクリと飲み込んだ。リムジン内に用意されていたペットボトルを手に取り、フタを開けてグビグビと水を飲んだ。

 ふぅ~と息を吐くと、明人が呆れた顔で見てくる。


「お前、毎回当たり前みたいに"魔宝石"を飲み込んどるけど、どんだけマナがあんねん? 普通は精密なマナ測定してから魔宝石を体に取り込むんや。そんないい加減な取り込み方、見たことないで」

「え? そうなの」


 悠真は初めて【魔鉱石】を取り込んだ時のことを思い出す。確かに、あの時は散々調べてから体に取り込もうとした。

 それが普通なのだろう。いつの頃からか、魔鉱石や魔宝石を摂取するのに気を使わなくなった。充分マナがあることが分かっていたからだ。


「うん、まあ、四十万から五十万のマナはあるらしいから問題ないよ」

「アホか! そんなマナのヤツおる訳ないやろ」


 本当のことを言ったんだが、明人はまったく信じてない様子だ。【赤の王】の魔宝石を飲んだんだから、信じてくれてもいいような気もするが……。


「にしても、お前【回復の魔力】が5000以上あるんやろ? だとしたら世界最高の救世主メサイアってことやないか。大抵の病気やケガは治せるんとちゃうか?」

「どうだろう、自分の傷は治せたけど……あんまり実感が無いな」

「平和な世界なら引く手あまたやけどな~、年収数十億も夢やないで」

「マジか!? だとしたら、医者みたいな生き方もあるのか……」


 一瞬、楓と一緒に小さな診療所で暮らす映像が脳裏に浮かんだ。いかん、いかんと頭を振るが、楓を救うことができればそんな未来があるかもしれない。


「なに、ニヤニヤしとんねん。気持ち悪い」

「あ、いや……別に」


 顔が緩んでいたのか明人に突っ込まれる。


「でも、回復魔法で治療したら医師法とかに引っかからないのかな? 大手の会社はどうしてるんだ?」

「知らんがな、そんな細かいこと! 難しいことはルイに聞け、ルイに!」


 ルイに目を向けると、ふと口角を上げ「それは……」と治療に関する法律のことを教えてくれる。

 そんな会話をする中、車は一路ケタパン港へと向かって速度を速めた。

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