第213話 賠償

「あかん! ほとんど意識を失っとる」


 明人が必死に悠真を揺さぶるが、反応がない。口を開けて中を確認すると、魔宝石は飲み込んでいるようだった。


「おい! これ大丈夫なんか!? 魔宝石飲み込んでも、腹がズタズタにされとるから取り込めんのとちゃうか?」


 明人と同じく、悠真の顔を覗き込んでいたルイが首を振る。


「いや、剣で刺されたのは小腸や十二指腸の辺りだ。魔宝石は胃で分解されるから、取り込むのに問題はないと思う。あとは意識さえ取り戻せば……」


 二人で悠真を見る。この傷を瞬時に治すには、悠真自身が"回復魔法"を使うしかない。ヘンドリやラフマッドも心配そうに見守る中、明人が動く。


「しゃーない!」


 明人が仰向けになっている悠真に馬乗りになり、胸ぐらを掴む。

 ルイが驚き、「どうするの?」と声をかけるが、明人は「黙って見とけ!」と怒鳴り、拳を振り上げる。


「多少、強引でも起こすしかない!!」


 明人の右拳にバチバチと稲妻が宿る。そのまま拳を振り下ろし、悠真の顔をぶん殴った。

 悠真の首がグルンッと跳ねる。だが意識は戻らず、ぐったりしたままだ。


「ダメか! ほんなら、もう一発!!」


 今度は裏拳で悠真の右頬を殴りつけた。また頭が跳ね、口から血が出てくるが、やはり意識は戻らない。


「あ、明人! 悠真が死んじゃうよ!」


 ルイが慌てて止めようとするが、明人は「うっさい! 時間がないねん」と言ってさらに拳を振るう。

 五、六発殴った所で、悠真が「う、うぅ……」と意識を取り戻した。


「おお! 気いついたか、しっかりせい悠真!」

「あ、ああ、俺……どうしたんだ?」


 悠真は痛みで顔を歪め、周囲を見る。意識を取り戻したばかりで、混乱しているようだ。


「とにかく"回復魔法"を使って、早く自分の腹の傷を治せ! このままやったら死んでまうぞ!」


 悠真は自分の血まみれの腹を見て、ようやく状況を把握した。


「……わ、分かった」


 自分の腹部に両手を当て、意識を集中する。痛みが酷いため、雑念が入り、魔法がうまくコントロールできない。

 それでも悠真は集中しようと、深呼吸して心を落ち着ける。

 手から少しづつ光が漏れ出し、やがて強い輝きとなって辺りに溢れ出す。


「うわ、なんだこれ!?」


 悠真は自分の使った回復魔法に驚いてしまう。こんなに強力な魔法は使えなかったはずだ。

 腹部の傷口が閉じ始め、痛みが引いていく。

 あれほど酷かった大ケガが、ものの数分で治ってしまった。


「すげえ、いつの間にこんな魔法が……」


 悠真は信じられないといった表情で、自分の両手を眺める。ルイと明人も瞬く間に治った傷に驚きを隠せない。


「やったやんけ、悠真! もうダメかと思ったで」

「本当に良かった。もう痛くない?」


 二人に問われ、悠真は「大丈夫、大丈夫」と言って立ち上がる。


「ああ、腹の傷はもう無くなったよ。傷跡すらない」


 悠真は服をめくり、腹を見る。ルイと明人も覗き込み、まったく傷がないことに「おお~」と感心していた。


「腹は治ったんだけど、顔がすごく痛いんだ……なんでだろう?」


 悠真が首を捻ると、明人が「いや、ええやないか! 気にすんな」とバンバンと肩を叩いてくる。

 よく分からなかったが「まあ、そうだな」と疑問を持ちながらも納得する。三人はヘンドリが用意した車に乗り込み、そのまま宿泊しているホテルへと戻った。


 ◇◇◇


「それで、ザマラさんはどうなったんですか?」


 悠真が対面にいるヘンドリに尋ねた。夕方近くになった頃、状況を説明するためヘンドリがホテルの部屋にやってきたのだ。

 木製の椅子に座ってもらい、悠真ももう一つの椅子に座る。

 椅子は二脚しかなかったので、ルイと明人はベッドに腰を下ろし、悠真とヘンドリの会話を聞いていた。

 明人に至っては腕を組み、かなり不機嫌そうだ。


「ザマラと『マハカーラ』は、現地の警察に逮捕されました。今回の件はテロ行為に等しいので、厳罰に処されると思います」


 ヘンドリはひたいに浮かんだ汗を、忙しなくハンカチで拭っていた。そんなヘンドリを見て、明人はフンッと鼻を鳴らす。


「警察なんかに任せて大丈夫かいな? 相手は魔法が使える暴力集団やで!」


 世界でマナが溢れるようになってから、魔法が使える探索者シーカーの犯罪が社会問題になっていた。

 警察が持つ拳銃でも、探索者シーカーの張る魔法障壁は突破できない。

 今や魔物と同等の脅威になりつつある。


「それは心配いりません。多くの者は重傷を負っておりますし、護送にはラフマッドを始め、『クジャタ』のメンバーが付き添っています。また彼らを収容する施設にはマナを抑える装置がありますので、魔法は使えなくなります」

「まあ、それならええけど」


 少しだけ溜飲を下げた明人に安心し、ヘンドリは悠真に目を向ける。


「それで今回のことなんですが……行政府としては大変申し訳なく思っております。皆様にはもちろんですが、日本政府にも謝罪し、賠償したいと考えておりまして……どうか穏便に済ませて頂けないでしょうか?」


 悠真たち三人は顔を見合わせる。最初に口を切ったのは明人だった。


「賠償って……金を払うってことか?」

「はい、そのつもりです。政府とも相談することになりますが、充分な金額を提示させてもらいたいと――」

「いやいや、ちょっと待ちーや!」


 明人がヘンドリの会話をぶった切る。


「今の世界で金なんか大して役に立たんやろ! 賠償ちゅうんなら、【魔宝石】で寄越さんかい。政府なら多少はあるやろ!」

「ま、魔宝石ですか!? し、しかしインドネシアが保有する【白の魔宝石】はすでにお渡ししておりますので……」


 ヘンドリはあたふたして首を振る。だが明人は自分の主張を曲げなかった。


「アホ! 白ちゃうわ、それ以外の魔宝石……『火』や『雷』ぐらいあるやろ、ワイらはこれからインドに戦いに行くんや、金より魔宝石が必要や!」


 ルイは「確かにね」と頷き、悠真も「その方がいいかも」と同意する。

 ヘンドリは汗が止まらなくなったのか、ハンカチで忙しなく汗を拭っていた。


「わ、分かりました。なんとか政府にかけあってみます」

「急いでくれよ! ワイらは、すぐインドに出発するからな。それまでにありったけの魔宝石を持ってきてくれや」


 明人に発破をかけられ、ヘンドリは「善処します!!」と言って席を立ち、慌てて部屋を出ていった。


「ちょっと言い過ぎなんじゃないか?」と言った悠真に対し、明人は「ええねん、あれぐらい。こっちは迷惑かけられとんのやから」とケラケラ笑う。


「まあ……特に顔の痛みは酷かったしな。それぐらいはもらってもいいか」


 悠真は納得し、いまだジンジンと痛む頬をさすった。

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