第211話 白い魔宝石

「これで【白の魔宝石】ゲットやな。マナ指数3800やったか、いつもらえるか聞いとるかルイ?」


 明人に聞かれ、ルイはアゴに手を当てる。


「ヘンドリさんの話では、政府が持ってた魔宝石を東ジャワ州に持ってきたって言ってたよ。すぐにもらえるんじゃないかな」


 机に突っ伏していた悠真は「そうなのか?」と言って顔を上げる。

 早くもらえるならそれに越したことはない。目的地はここじゃなく、あくまでインドなんだから。

 悠真がそんなことを考えていると、テントの入口に誰か立っていることに気づく。


「あれ……あなたは」


 悠真が椅子から立ち上がる。ルイと明人も入口に視線を向けた。

 立っていたのはザマラだった。まだ帯剣したまま、汚れたバトルスーツを身に付けている。

 怪我をしてるはずだが、病院にもいかず、どうしたんだろう?


「少しいいか? 君に話があってな」


 ザマラの耳にも翻訳用のイヤホンがあった。会話をするのに支障はないだろう。


「ええ、いいですよ。なんでしょうか?」


 悠真はザマラの前まで歩き、少し緊張して正対した。

 なにかの苦情だろうか? けっこう嫌われてたみたいだし。悪いイメージしか湧いてこない悠真だったが――


「お礼を言いたくてな。君には助けられた、ありがとう」

「あ、いえ、いいんです。別に……」


 思わずしどろもどろになる。お礼を言われるとは思ってなかった。

 ザマラの顔を改めて見ると、やはりかなりの美人だ。綺麗な長い黒髪に、健康的な褐色の肌。

 なにより民族衣装のような露出の高いバトルスーツは、やはり気になる。


「黒い体……鉄のように硬いと聞いたが、あれは君の魔法なんだろ? 常に体を硬くできるのか?」

「いや、『金属化』って魔法を使わないといけないんで……普段は普通の体です」

「そうなんだ……ところで、これからインドに行くと聞いたが、本当なのか? あそこは相当酷いと聞くぞ」

「あ、ええ、でも行かないと。どうしても行かなきゃいけない理由があるんです」

「そうか」


 ザマラは右手を差し出してきた。悠真は慌てて右手をズボンで拭き、ザマラと握手を交わす。

 手から温かい感触が伝わり、思わず緊張してしまう。


「気をつけてな」

「はい、ありがとうございます」


 笑顔を向けてきたザマラに対し、悠真は気持ちよくお礼を言う。その時、体が押される感覚があった。

 なんだろうと思い下を見ると、自分の腹に剣が刺さっている。

 刃が波打つ特徴的な剣。ラフマッドも持っていた"魔法付与武装"。悠真は目を見開いた。


「な……んで?」


 左手で剣を持ち、躊躇なく突き刺しているザマラを見る。まるで汚物でも見下すような冷酷な目。

 ザマラは剣をひねって悠真の内臓を潰し、さらに"雷の魔力"を流し込んできた。


「がああああああああああ!!」


 あまりの激痛に膝が折れる。


「悠真!!」 


 ルイが異変に気づき、刀を手に取る。明人も「なんや!?」と食べていたパンを手から落とした。

 刺さっていた【聖剣クリス】が引き抜かれる。腹から大量の血が流れ、悠真は口からも吐血した。

 ザマラがとどめを刺そうと剣を振り上げた瞬間、走ってきたルイが刀を抜く。

 まだ距離があったが、抜刀の摩擦で火の粉が飛び散った。


「――蛍火ほたるび――!」


 悠真とザマラの間に入った火の粉が、次々に爆発する。


「きゃあっ!?」


 小さな爆発にザマラは思わず仰け反る。そのスキにルイは悠真の肩を掴み、剣の切っ先をザマラに向ける。


「なんのつもりだ!? これは政府の意向なのか?」


 剣を構えたザマラは、フッと口元を緩める。


「政府など関係ない。これは私がやらねばならないことだ」


 その言葉に【ゲイ・ボルグ】を手に取った明人が声を荒げる。


「なに、ぬかしとんねん! こんなふざけたマネして、ただで帰れると思うなや!」


 明人も槍の切っ先をザマラに向ける。出口に後ずさりながら、ザマラは血を吐いて突っ伏す悠真を見る。


「お前たちは化物を連れて来た……『白の魔物』より恐ろしい『黒の魔物』を!」


 ザマラが剣を横に振ると、テントの幕が切り裂かれ、四方から人間が飛び込んで来た。全員がバトルスーツを着こみ、剣を構えている。


「なんや、こいつら!? インドネシアの探索者シーカーか?」

「彼女の仲間だ。確か『マハカーラー』のメンバー」


 ルイはギリッと唇を噛む。今は戦っている場合じゃない。早く悠真を病院に連れて行かないと。

 腹からはかなりの血が流れていた。悠真はうずくまりながら回復魔法を使おうとしているものの、うまくいっていない。

 傷が深すぎる。そもそも

 魔法を使うには高い集中力がいる。こんな大怪我をしていては、とても集中できないだろう。


「明人! 悠真を外に連れ出す。援護してくれ」

「お、おう。分かったで!」


 ルイが悠真に肩を貸し、立ち上がって前を見る。ザマラと五人の探索者シーカーが立ちはだかるが、ルイは右手に持った刀を振りかぶり、勢いよく斬り下ろす。

 刀身からパチパチと弾け出た火の粉が、ザマラたちの前で爆散する。


「うわっ!」「なんだ!?」


 相手がひるんだスキに、ルイは悠真と共にテントの外へ出る。明人も全力で走り、敵の攻撃をさばきながら後に続いた。


「外に行ったぞ! 絶対に逃がすな」


 その言葉を聞いて、明人が立ち止まる。


「ああ? 逃がすなぁ? おどれら、誰に向かってゆうとんねん」


 明人の持つ【ゲイ・ボルグ】の矛先から、黒い稲妻がほとばしる。


「誰が逃げるか! ボケが!!」


 黒い稲光が辺りを走り、インドネシアの探索者シーカーたちに直撃してゆく。雷に打たれたものは体が硬直し、その場に倒れていった。

 あまりに激しい攻撃に、誰も近寄れない。


「明人、殺しちゃダメだ!」


 ルイの叫びに明人は舌打ちする。


「うっさいわ! ちゃんと手加減はしとるっちゅーんじゃ!」


 爆発音や稲光に、ラフマッドやヘンドリが慌てて駆けつける。


「どうした!? なにがあった?」


 声をかけてきたたラフマッドに対し、明人は吐き捨てるように声を出す。


「あんたのお仲間が悠真を殺そうとしたんや! どうゆうつもりや? ワイらとりあう気か!?」


 ラフマッドはテントの入口に目を向ける。

 そこにはザマラと『マハカーラー』の探索者シーカーたちがいた。それぞれが武器を構え、血走った目をしている。


「なんのつもりだ、ザマラ! 我々を助けてくれた人たちを襲うなど……気でも触れたか!?」


 ザマラはキッ、とラフマッドを睨む。


「お前こそ見ていなかったのか? あの男が使った"黒い魔法"……あれは石板に書かれていた【黒の王・グレスアムル】の力だ!!」


 ラフマッドは歯を噛みしめ、ザマラと睨み合う。

 そんな中、意識を失いそうになっていた悠真は片目を開け、今にも飛び掛かってきそうなザマラを見る。


「グレス……アムル……?」

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