第208話 白のダンジョン最下層

 天井近くで飛んでいた二体の主天使ドミニオン

 右手に光の短剣を携え、左右から挟み撃ちするように滑空してきた。

 悠真は慌てることなく、ハンマーを持ち上げ、火の魔力を流す。主天使ドミニオンの攻撃が当たる刹那、悠真の姿が消えた。

 天使はキョロキョロと辺りを見回し、ルイや明人ですら悠真の姿を見失った。


「どこや? どこ行った!?」


 明人がふと見上げると、上空にハンマーを振り上げた悠真がいた。

 主天使ドミニオンの背後を取り、相手が気づく前に鉄槌を打ち込む。背中に食い込んだハンマーは烈火の如く爆発した。

 天使は一撃で灰となる。広がった煙を突き抜け、悠真は地面に着地した。

 残った主天使ドミニオンは超音波のような雄叫びを上げ、空中に光輝く大剣をいくつも作り出す。

 全ての切っ先が悠真に向き、高速度で飛んできた。

 ハンマーを使い、向かってくる大剣を全て叩き落す。主天使ドミニオンは悠真を警戒し、上空から下りてこようとしない。

 それを見た悠真はハンマーを覆った『液体金属』を解除する。

 メタリックグレーの液体はぶわりと離れ、ピッケルは元の形へと戻った。

 すぐにヘッドを回転させ、突起部分を上にして柄を伸ばす。再び『液体金属』を流し込むと、それは長い"槍"となった。

 悠真は投擲するように槍を持ち、切っ先を天使に向ける。

 火の魔力を込めると穂先など全体が赤く発光した。悠真は渾身の力をこめ、槍を投げ放つ。


「いっけええええええええ!!」


 火の粉を散らしながら飛んでいった【炎の槍】は、主天使ドミニオンに直撃した。

 胸を深々と貫き、相手の動きを止める。槍の"石突"から『液体金属』のチェーンが悠真の右手へとつながっていた。

 悠真はチェーンに火の魔力を込める。


ぜろ」


 天使の体はボコリと膨らみ、真赤に輝いて大爆発した。

 後には舞い散る火の粉と、灰色の煙だけが残る。広がっていく煙を見ながら、明人は眉間にしわを寄せた。


「あれで全力ちゃうんか……えげつないな」


 悠真はチェーンを引き、槍を手元に戻した。体に流れる"火の魔力"を解き、ルイや明人の元へと歩いていく。


「悠真、お疲れ。もう"火魔法"は慣れたんじゃない?」


 明人と一緒にいたルイが尋ねてくるが、悠真は首を横に振る。


「いや、取りあえず体やハンマーに魔力を流してるだけだから……加減なんかはほとんどできないな」

「そうなんだ」

「まあ、ええやないか。敵がバンバン死んでいくんやから充分やで」


 明人はいつも通り呆気らかんと言う。二人に取っては想定内の戦い方のようだったが、他の探索者シーカーたちは違っていた。

 階層の入口付近に留まり、呆然と悠真を見つめている。


「お、おい、あんた大丈夫か? ケガはないか?」


 ラフマッドが心配してやってくる。悠真が「問題ないです」と答えると、信じられないといった表情で立ち尽くした。


「どうかしましたか?」


 悠真が聞くと、ラフマッドは「あ、ああ」と気の抜けた声を返す。


「いや、主天使ドミニオンを単独で倒した人間なんて聞いたことがなかったんでな。ちょっと驚いちまった」


 ラフマッドはハハハと苦笑したように笑う。悠真は「そうなんだ」と思うものの、深くは考えなかった。


「今日中にダンジョンを攻略しましょう、ラフマッドさん。俺も全力を尽くして頑張りますから」

「あ、ああ、そうだな」


 一行はさらに深くダンジョンに潜り、様々な敵と遭遇する。

 三十階層では立派な角を持つ、白い雄牛が突進してきた。二トントラックほどの大きさがあり、地面が揺れるが、悠真はまっすぐに向かっていく。

 ハンマーを横に薙ぎ、牛の側頭に打ち込んだ。

 大爆発が巻き起こり、魔物の体が消し飛ぶ。上半身を失った残りの半身は、ボロボロと崩れ砂に帰った。

 ルイや明人も負けていない。

 下級、中級の天使が出てこようと、炎の斬撃、黒い雷の槍撃によってことごとくを撃破した。

 "深層の魔物"に匹敵する再生能力を持つ【白のダンジョン】の魔物がまるで相手にならない。

 ラフマッドを始めインドネシアの探索者シーカーたちも戦おうとしたものの、出番がなく、ただ三人の戦いを眺めるしかなかった。

 そしてダンジョンに入って十六時間が経った頃、とうとう足を踏み入れる。


「ここが最下層か……」


 その階に通路はなく、入ってすぐドーム状の部屋があった。

 今までと同じく、コンクリートで作られたような建物。壁や天井には汚れ一つ無く、床も不自然なまでに綺麗だった。

 広くガランとした空間。全員が辺りを見回す。


「おかしいな。ここには最下層の魔物がいるはずなのに……」


 悠真の言葉にルイも同意する。


「下階に行く出入口は無いみたいだからね。ここが最下層なのは間違いない。気を抜かない方がいいよ」

「まあ、なにが出てきても、ワイが一撃で倒したるけどな」


 ゲイ・ボルグを肩に乗せながら、明人がいつも通り気楽に言う。

 インドネシアの探索者シーカーたちは誰も最下層に来たことがないらしく、魔物がいないことに戸惑い、ざわついていた。


「必ずなにかいるはずだ」


 悠真は気を抜かず、周囲を警戒する。

 しばらくすると、天井付近から不思議な圧力を感じた。見上げれば、そこには小さな光の粒が舞っている。


「あれって……」


 それは上階でも見た光景。主天使ドミニオンが出現した時と似ていたが、集まってくる光りの量は遥かに多い。

 光は一つに集まり、やがて巨大な形を成す。眩しい輝きに目を細めながら、ラフマッドが声を上げる。


「あれは……まさか――」


 悠真が「知ってるんですか!?」と聞くと、ラフマッドは顔を強張った面持ちで口を開く。


「海外の報告書でしか見たことがないが、あの魔物は……」


 輝きは徐々に収まり、その全体像が見えてきた。それは巨大な輪っかだ。光でできたタイヤのようでもあり、表面には無数の"目"並んでいた。

 クルクルと回転しながらこちらを見ている。


「間違いない! 上級天使の座天使ソロネだ!!」


 悠真は驚いて目を見開く。あれが天使? 姿かたちはとても天使に見えない。

 タイヤが揺れると、恐ろしい速度で落下してきた。そこにいたのはインドネシアの探索者シーカーたち。

 逃げる間もなくすり潰され、一瞬で十人以上が殺された。


「マズいで! あいつらの実力じゃ、相手にならん!」


 明人が黒い雷撃を放つが、座天使ソロネはすぐに飛び上がり、天井まで逃げていく。

 悠真はハンマーを槍の形に変化させ、投擲するように構えた。飛び回る主天使ドミニオンを倒した攻撃だ。

 投げ放った"炎の槍"は、まっすぐ座天使ソロネに向かっていく。

 直撃したと思った瞬間、見えないにぶつかり弾き返された。悠真は槍と繋いだチェーンを引き、武器を手元に戻す。

 キッと上空を睨み、天使を仰ぎ見た。


「一筋縄じゃいかないか」

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