第209話 光の障壁

 上空から再び光の輪っかが落ちてくる。

 探索者シーカーたちは逃げ惑うが、輪っかは地面を跳ね、高速で転がり周囲にいる人をき殺していった。

 輪っかをかわしたラフマッドやザマラ、その他の探索者シーカーたちは次々に魔法を放つ。

 炎に雷、水と風魔法。あらゆる魔法が光の輪に襲いかかるが、光に阻まれ本体に当たらない。


「なんだ、あれは!?」


 ザマラが顔を歪めて叫んだ。剣を構えながらラフマッドが口を開く。


「恐らく"光の障壁"だ! 魔法障壁の中でもっとも強いと言われてる」

「光の障壁だと……そんなもの、どうやって破るんだ!?」


 ザマラに問われ、ラフマッドは首を振る。


「光の障壁は全ての魔法の威力を弱め、物理攻撃も弾くと言われてる……あれを突破するのは容易じゃない!」


 その話を聞いてザマラを始め、仲間の探索者シーカーも絶望的な表情をする。

 どうすればいい? そんなことを考えてる間にも、光の輪っかは地面を転がり、方向転換してこちらに向かってきた。

 全員が武器に魔力を流し、迎え撃とうとするが、止まるとは思えない。

 誰もが絶望的な気持ちになった時、黒い稲妻が光の輪に襲いかかる。


「おいおい、調子乗んなや! ワイらが相手やで」


 明人が走ってくる。光の輪は方向を変え、高速回転して地面を走る。


「ルイ!」

「ああ、分かってる」


 二人は並んで走り、光の輪に突っ込む。炎の斬撃と黒い稲妻が輪っかの正面で交差する。

 大爆発が起き、黒い稲妻がほとばしった。

 広がった煙の中からルイと明人が飛び出してくる。煙が晴れ、光の輪が見えてくると、まったくの無傷で回転していた。


「あれは、めんどい敵やで」

「二人の攻撃で止められないなんて……」


 明人とルイは顔をしかめる。この攻撃ならエンシェント・ドラゴンでも一撃で倒せたはず。それを耐えきったことに二人は驚愕した。


「こいつ……【黄金竜】並みに強いんか?」


 明人の言葉に、ルイは「いや」と答える。


「そこまで強いようには見えない。あくまで防御力が高いんだよ」

「ちゅうことは……」


 明人が猛然と走る車輪を睨み、ルイが頷く。


「ああ、あの"光の障壁"を壊せば……倒すのは難しくないはずだ!」


 高速で向かってくる輪っかを避ける。車輪が走る先には悠真がいた。

 ハンマーはマグマのように赤く発光し、全身から蒸気を噴き上げながら車輪を待ち構える。

 悠真がハンマーを振り上げ、眼前にきた車輪に叩きつけた。

 目も眩む光が広がり、大爆発する。ルイと明人は後ろに飛び退き、インドネシアの探索者シーカーたちは吹き飛ばされそうになった。

 噴き上がる炎から出て来たのは悠真だ。輪っかはまだ火の中にいたが、悠真は眉間にしわを寄せる。

 火の海を掻き分けるように、車輪がゆっくりと転がってきた。

 その体表に傷はない。光り輝くタイヤと、表面に無数にある瞳。悠真は小さく舌打ちする。


「魔法が効かないのか? くそ……『金属鎧』の姿なら、もっとパワーとスピードが出るのに」


 愚痴る悠真だったが、ラフマッドやザマラが見ている手前、より凶悪な姿になることはできない。

 あの姿のせいでどれだけ酷い目にあったか。

 悠真は思い出しただけで背中が寒くなる。


血塗られたブラッディー・鉱石オア!」


 体に何本もの赤い筋が入る。スピードをMAXまで上げ、爆発魔法を連続で叩き込むしかない。

 悠真が再びハンマーを構えた時、光の車輪は別の探索者シーカーへと向かっていた。


 ◇◇◇


 光の車輪が走ってくる。地面をガリガリと削り、立ち尽くす探索者シーカーを跳ね飛ばして向かってきた。

 ザマラは握りしめた剣の切っ先を車輪に向ける。

 逃げる訳にはいかない。ここで倒さなければ。そう思ったザマラだが、手は小刻みに震えている。

 初めてみる上級天使に、体が拒否反応を示しているのだ。


「くそっ! こんなヤツに……こんな化物に!!」


 ザマラが住んでいた村はダンジョンから出てきた魔物に蹂躙され、親も兄妹も全て殺されてしまった。

 魔物は憎むべき相手、その魔物に背中を見せて逃げるなど――

 ザマラは【聖剣クリス】にありったけの魔力を込める。高速で走る車輪を避け、雷を纏う斬撃を叩き込んだ。

 瞬間――ザマラの視界に、粉々に砕けた剣が見えた。

 自分の武器が砕け散ったのだ。あまりのことにザマラは立ち尽くす。そのスキに方向を変えた光の車輪が突っ込んできた。

 反応が遅れたザマラは動くことができない。

 ラフマッドや他の探索者シーカーたちも車輪に斬りかかるが、全員弾かれ、吹っ飛ばされてしまう。

 高速回転する光の車輪は目前に迫る。

 もう、なにもできることはない。武器もなく、逃げる気力もない。ザマラは自分の死を覚悟した。

 その時、すさまじい衝撃音が響き渡る。

 なにが起きたのか分からなかったが、ザマラが腕で顔を覆い、後ろに下がった時、全容が見えてきた。

 黒い日本の探索者シーカーが、車輪の側面からハンマーを叩き込んだのだ。

 車輪はグラリと斜めに傾き、バランスを崩して走れなくなっていた。わずかな隙を見逃さず、男は攻撃を叩き込む。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 何度も振り下ろされる鉄槌。とても人間とは思えない速さで打ち続ける。

 四方八方からの打撃に、光の車輪は身動きが取れず、ジリジリと押し込まれていった。

 ザマラはゴクリと喉を鳴らす。

 車輪の周りにある"光の障壁"が軋み始めた。絶対防御とも思えるオーラはぐにゃりと歪んでいく。


「まさか……破るのか?」


 ザマラが凄まじい攻撃に気圧され数歩下がると、強烈な一撃が炸裂した。

 ガラスを割るような衝撃音。車輪を覆っていた光のオーラは、完全に消え去ってしまった。

 ザマラは口を開け、ただ見つめるしかない。

 魔法も物理攻撃も通用しない"光の障壁"が、完全に破壊されてしまった。

 男はハンマーを振り上げ、「うおおおおおおおお!」と叫んで振り下ろす。車輪の側面に鉄槌が食い込む。

 無数にある目が潰れ、光でできたエーテル体がえぐり取られる。

 ハンマーがカッと瞬くと、爆発してさらに車輪を破壊した。男は攻撃の手を緩めるつもりはなく、高速で何度も打ち込んだ。

 打撃が当たるたび爆発が起こり、光の車輪は崩れていった。

 超音波のような悲鳴が耳をつんざく。ザマラは耳を押さえ、もう数歩下がった。


「終わりだ!!」


 男は飛び上がり、渾身の一撃を叩き込む。

 車輪の体を突き抜け、地面ごと破壊した。大爆発が巻き起こり、全ての光が吹き飛んでいく。辺りには、舞い散る砂だけが残った。

 着地した男の体から赤い光が消え、黒い姿に戻る。

 何事もなかったかのようにハンマーを肩に乗せ、日本から来た探索者シーカーの仲間と話をしていた。

 ザマラは信じられず、呼吸が浅くなる。


「大天使を倒した……誰も倒したことのない大天使を……」

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