第239話 カイラの選択

「お前……どうして……」


 カイラは状況が飲み込めず、呆然自失となる。振り返った悠真の顔は、大部分が"黒いアザ"に覆われていた。


「こいつは俺がる。下がっててくれ」


 そう言った悠真は体に力を込め、歯を食いしばる。黒いアザは全身に広がり、服が体内に飲み込まれていく。

 体格は二回りほど大きくなり、全身が鎧に覆われていった。

 額から"剣"のような角が伸び、牙の生えた口からは蒸気を吐き出す。まごうことなき怪物の姿。

 カイラはたじろぎ、思わず後ずさった。

 セルケトはけたたましい鳴き声を上げ、左のハサミを悠真に叩きつける。だが悠真は微動だにしない。


「図体がデカイのに、その程度か?」


 悠真はわずらわしそうにハサミを払いのけ、一歩前に出た。

 左の拳を握り込み、疾風迅雷しっぷうじんらいの速さでサソリの頭に叩き込む。いとも簡単に外殻が割れ、サソリの頭部が潰れる。


「ギィィィィィィィ!!」


 化物の絶叫が辺りに響く。


「そんなに硬くないな」


 悠真は右手に持ったピッケルに視線を移す。『液体金属』を流し込み、ピッケルの形を『斧』へと変えていく。

 風の魔力を込めると、緑色の光が血脈のように斧に走った。

 サソリは怒り狂ったようにハサミを持ち上げ、悠真の頭に振り下ろす。悠真は軽く斧を回した。

 わずかに風が揺らめき、後ろからドスンッと音が鳴る。

 カイラが思わず振り返ると、そこにはセルケトの巨大なハサミが落ちていた。


「え?」


 唖然として、もう一度セルケトを見ると「ギギギギ」と唸りながら後ろに下がっていく。

 サソリの腕は切断されていた。


「あれを……あいつがやったのか?」


 信じられない光景にカイラは言葉を失う。悠真は斧をかかげ、地面を蹴ってセルケトの懐に飛び込んだ。


 ◇◇◇


 体が軽い。これが風魔法の効果か? 

 風が足に纏わりつき、踏み出す度に爆風が起こる。巨大なサソリでは、とても追いつくことのできない速度。

 悠真は斧を横に薙ぐ。耳をつんざく音が鳴り、サソリの三本の脚が切断される。

 体勢を崩したサソリだったが、それでも尻尾の先を悠真に向け、頭上から振り下ろしてきた。

 悠真は左手の甲から"剣"を伸ばし、サソリの尻尾に突き立てる。

 剣は深々と尻尾に刺さり、その動きを完全に止めた。悠真は左手の剣に"火"の魔力を流す。尻尾は赤く発光していく。


ぜろ」


 轟音と共に尻尾は爆散し、根元近くまで溶け落ちた。

 サソリはなにが起きたのか分からず、本能的に逃げようとする。悠真は斧を高々とかかげた。

 逃がす気など毛頭ない。"風の魔力"を込めた斧を振り下ろす。

 一陣の風が吹く。見ればサソリはバラバラに切断され、体は宙を舞っていた。

 再生することなく、そのまま砂になって消えていく。悠真は自分が持つ斧をまじまじと見つめた。

 やはりしっくりくる。これが相性のいい『風魔法』の威力か。

 悠真は周囲を見渡す。カイラを始め、インドの探索者シーカーたちも困惑しているようだ。少し離れた場所にいるアニクたちも異変に気づいている。

 しかし、今は説明している暇はない。

 悠真は近くにいる魔物を視界に捉える。ソル・マンティスや樹の魔物、その他にも数十体の魔物が辺りを取り囲んでいた。

 変身した時間を無駄にしたくないため早く決着をつけたい。そう考えた悠真は斧を構え、地面を蹴った。

 斧を横に薙ぎ払えば、樹の魔物は根元から切断され、一刀で砂に還る。斧を振り下ろして地面に叩きつければ、目の前にいた魔物は一瞬で消し飛ぶ。

 あれほど速いと感じたソル・マンティスの動きも、風魔法と血塗られたブラッディー・鉱石オアの効果で、悠真の方が遥かに速くなっていた。

 ソル・マンティスに近づき斧を振るう。

 一撃で【深層の魔物】は微塵みじんとなった。ここまでわずかに数秒。

 悠真が視界に映る魔物を全滅させるのに、時間は一分とかからなかった。


「ふう……」


 悠真は斧を下ろし、一息つく。

 『金属化』は五分経たないと解除できないため、そのままの姿でルイや明人の元へ歩いていくと、二人もすでにソル・マンティスを倒していた。


「おい! 変身するの早いって言うたやろ!」


 明人が眉間にしわを寄せ怒鳴ってくる。


『悪い、我慢できなかった』

「なんや、その姿で普通に話すと、めっちゃ違和感あるな」


 明人は戸惑った表情になる。

 この見た目になると声はやや低くなるものの、地声は変わらないため、確かに変な感じはする。自分ではあまり意識してないけど。

 しばらくすると『金属化』が解け、ピッケルは通常の状態に戻り、悠真も元の姿に戻った。

 魔物はいなくなったが、周囲にいる探索者シーカーたちは誰も近づいてこない。

 アニクや孔雀王マカマユリのメンバーでさえ、沈黙したまま距離を取っている。そんな中、最初に動いたのはカイラだった。

 取り巻きの探索者シーカーを何人か引き連れ、こちらにやってくる。

 ルイと明人は真剣な顔になり、悠真はゴクリと喉を鳴らす。

 なにを言われるだろう。やはり敵視され、揉めるだろうか? あるいは話を聞いて受け入れてくれるだろうか?

 カイラが近づいてくるのを見ていた悠真は、気が気ではなかった。

 少し距離を置いて止まったカイラは、まっすぐに悠真を見つめる。大剣をゆっくりと上げ、切っ先を向けてきた。


「貴様……我々をだましていたのか! なんの目的でここまで来た!!」


 鋭い眼光が悠真を射抜く。

 ああ、やっぱりこうなったか、と悠真は眉を寄せる。そんな悠真の横を歩き、明人が前に出た。


「誰も騙してへんわ! 悠真が自分の力を発揮しただけやろ。助けられたのに、礼の一つも言えんのか?」


 カイラと明人が睨み合う。カイラはフンッと息を吐き、後ろにいた探索者シーカーたちに「囲め」と指示を出した。

 インドの探索者シーカーたちは慎重に足を運び、悠真たちを取り囲んでいく。


「なんや、やるんか? ええで、相手になったる!」


 明人は槍を構え、辺りを見回す。ルイが「落ち着こうよ」とたしなめるが、明人に引く気はない。


「向こうがやるっちゅうとるんや! やめる理由がどこにあんねん!?」


 明人の体から黒い稲妻がほとばしり、髪の毛が逆立つ。正対するカイラも"風"を纏う大剣をかかげた。


「"雷"で"風"に勝てると思ってるのか?」

「やってみな分からへんで!」


 一触即発。二人の周囲に魔力が噴き上がり、いつ衝突してもおかしくない。周りにいる誰もが息を飲んだ。


「ちょっと待って下さい、カイラさん! 話を聞いてもらえば誤解は解けると思いますから……」


 ルイが前に出て、必死に止めようとするが――


「聞く必要はない! 黒い化物が敵であることは疑いようがない」

「どうしてそんなことが言えるんですか!?」


 かたくななカイラに、ルイが叫ぶ。


「どうして? 理由は簡単だ……私は


 カイラはキッと悠真を睨みつけ、口を開く。


「貴様……【黒鎧】だな」

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