第238話 限界

 巨大なサソリは動きを止めず、ダンジョン内を縦横無尽に躍動する。

 ハサミで薙ぎ払えば人間は簡単につぶれ、鋭利な脚を振り下ろせば肉を引き裂く。猛毒のある尻尾の針で貫けば、探索者シーカーは絶叫して死んでいった。


「くそっ!!」


 カイラは大剣を構え、巨大なサソリ"セルケト"の前に立ちはだかろうとした。

 だがセルケトは思いのほか速く、なかなか捉えることができない。カイラが手をこまねいている間に、どんどん仲間の探索者シーカーが死んでいく。


「私と戦え! 化物が!!」


 血走った目でカイラが叫ぶ。それでもセルケトはカイラを避け、インドの探索者シーカーたちを先に攻撃していった。

 まるで強い相手が分かっているかのような行動に、カイラは焦りを募らせる。


「それなら……」


 カイラは左手のブレスレットに視線を移す。魔力を込めると二つの魔宝石が砕け散った。

 莫大な"風の魔力"が吹き荒れ、カイラを包み込む。

 地面を蹴ると土煙が舞い上がり、凄まじい速度でセルケトに向かっていく。

 カイラの大剣とサソリのハサミが交差した刹那、衝撃が辺りに広がり、突風が巻き起こった。

 セルケトは動きを止め、カイラは後ろに飛ばされそうになるのを必死に堪えた。

 大剣を構え、ギリッと歯を噛みしめる。


「うおおおおおおおお!!」


 再び足元に爆風を起こし、高速で移動した。何度も斬撃を繰り返していたが、セルケトにダメージを与えられない。

 真空魔法を使っても、風の障壁が突破できないのだ。

 カイラが必死で戦うのを見て、仲間の探索者シーカーたちも駆けつける。だが――


「バカ! 来るんじゃない!!」


 カイラの叫びも虚しく、セルケトは体の向きを変え、尻尾を使って探索者シーカーたちを薙ぎ払った。

 一人は即死し、二人は重傷を負う。

 セルケトは止めを刺そうと、尻尾の針を倒れている探索者シーカーに向けた。


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


 カイラが間に割って入り、セルケトの毒針攻撃を剣で受ける。なんとか凌いだが、わずかな隙を作ってしまう。

 容赦なく叩きつけられたハサミによって、階層の壁際まで吹っ飛ばされる。

 

「かはっ」


 血を吐き、ゴロンと転がったカイラは、上にある薄暗い天井を仰ぎ見た。

 ここが私の死に場所か……。そう考えると悪い気はしなかった。やるだけのことはやって、それで死ぬなら文句はない。

 だが本当にやり切ったと言えるのか?

 カイラは自問自答を繰り返しながら、ゆっくりとその足で大地を踏みしめ、顔を上げてセルケトを睨む。

 ――こいつは私が倒す! なんとしても。

 立ち上がったカイラはふらつく足に力を込めた。剣を正眼に構え、じっくりと相手の動きを見る。

 セルケトはそんなカイラに向かい、猛スピードで襲いかかってきた。


 ◇◇◇


「く、そっ!」


 明人がゲイ・ボルグを振り抜いて後ろに下がる。目の前には深層の魔物、ソル・マンティスが鋭利なカマを構えて立っていた。

 明人は自分の攻撃がなかなか当たらないことに苛立ちを覚える。

 そしてルイもまたソル・マンティスと相対していた。

 当たれば一撃で致命傷を与えるルイの炎の剣。だがソル・マンティスにかわされ、こちらも苦戦している。

 さらに悠真の前にもソル・マンティスが立ちはだかった。

 この階層には複数のソル・マンティスがいて、アニク率いる孔雀王マカマユリや、インドの探索者シーカーたちも同じように襲われている。

 全員、苦戦しているようだ。

 悠真が戸惑っていると、対面するソル・マンティスが一足飛びで向かってくる。

 恐ろしい速さ。魔物はカマを振り、強力な"風魔法"を放ってきた。悠真は風の障壁を張って相殺しようとするが、攻撃の威力が強すぎて弾き飛ばされる。

 なんとか踏ん張って耐えたものの、目の前にすでにソル・マンティスが来ていた。


「くっ!」


 風の魔力を纏わせたピッケルで迎え撃とうとするが、相手の攻撃を防ぎ切れず後ろに吹っ飛ぶ。

 ソル・マンティスも警戒して後方に下がった。

 悠真は顔を歪めながら立ち上がる。肩口を斬られ、血が流れ出している。


「痛って~な、くそっ!」


 肩口に手をかざし、回復魔法を使う。温かい光が広がり、傷がみるみる治っていく。ソル・マンティスは腰を落とし、カマを再び構える。

 ――明人とルイならともかく、俺ではこいつに勝てない。どうすれば……。

 その時、悠真の目に少し離れた場所で戦うカイラの姿が見えた。巨大なサソリと戦っており、かなり追い込まれているようだ。

 インドの探索者シーカーたちも助けに行こうとしているが、サソリに捕まり殺されている。

 悠真は対面にいるソル・マンティスを警戒しつつ、明人やルイに向かって大声で叫ぶ。


「マズいぞ! カイラたちが負けそうになってる、助けに行かないと!」


 明人が槍を振るいながら視線を向ける。


「ワイが行く! ちょっと待っとけ!!」


 体からさらに激しい雷を放ち、ソル・マンティスに猛攻を仕掛ける明人。だが相手を捉えきれず、やはり倒し切れない。

 ルイも同じように手をこまねいていた。

 このままではカイラを始め、インドの探索者シーカーたちが殺されてしまう。そうなれば最下層に行くのも難しくなるかもしれない。


「俺が『金属化』して助けに行く! 明人とルイはアニクさんを助けてくれ」


 走り出す悠真に、明人が手を伸ばす。


「待て! まだ早い!!」


 明人の忠告も悠真の耳には届かない。フンと体に力を込め、体を黒い金属へと変えていく。

 ソル・マンティスが地面を蹴って向かってきた。

 まだ体は完全に『金属化』していないが、大部分は金属に変わったようだ。悠真は血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動した。

 体は軽くなり、足は高速で回り出す。恐ろしい速さでカマを振るうソル・マンティスだったが、悠真には遅く感じた。

 風の魔力を込めたピッケルを振り抜く。

 悠真とソル・マンティスが交差した瞬間、ソル・マンティスの体はバラバラに分断され、再生することなく砂へと還る。

 悠真は止まることなく、そのままダンジョンを駆け抜けた。


 ◇◇◇


 ハサミが、轟音と共に迫って来る。

 なんとかかわすが、今度は上から尻尾が振り下ろされた。ギリギリで避けると、地面に突き刺さった針から緑色の毒液が流れ、地面が溶けていく。

 後ろに下がったカイラは肩で息をしながら、剣を構えサソリを睨む。

 ――強い! これが最下層近くにいる【深層の魔物】。相性も悪いうえ、攻撃が通っても再生されてしまう。

 カイラは逃げることも考えたが、チラリと後ろを見る。

 そこには別の魔物と戦う探索者シーカーたちの姿が見えた。自分が引けば、この魔物は他の探索者シーカーたちを殺そうとするだろう。

 それだけは避けなければならない。

 この攻略組を率いるのは自分なのだ。そう思ったカイラは、大剣【カンダ】を握る手に力を込めた。

 不気味なオーラを放つセルケトが真正面から向かってくる。

 ここでかわせば、仲間たちの元に突っ込んでしまう。止めるしかない。

 残り少なくなったブレスレットの魔宝石を割る。爆発的な風が周囲に巻き起こり、風の魔力がカイラの持つ剣に集まった。

 セルケトが振るった右のハサミを剣で弾き、さらに振るってきた左のハサミを剣で払いのけた。

 だが体勢をわずかに崩し、上から振り下ろされる尻尾に対応できない。


「くっ!」


 猛毒の針が頭上に迫る。カイラは目を閉じ、死を覚悟した。

 しかし、待っていてもなにも起こらない。頭に衝撃はなく、代わりに甲高い金属音が聞こえてきた。金属と金属がぶつかるような音。

 カイラはゆっくりと瞼を開く。

 目の前には背中があった。誰かがカイラの前に立ち、左手一本でセルケトの尻尾を止めている。

 素手で猛毒の針を止めているのだ。カイラは驚き、目を見開く。

 そこには落ちこぼれの探索者シーカー……三鷹悠真がいた。

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