第79話 成長と銀の魔鉱石

「悠真!」

「大丈夫です! 行けます」


 岩のゴーレムが振るう腕をかわし、懐に潜り込む。‶金属鎧″の状態になっていた悠真は、ゴーレムの顔面に拳を叩き込んだ。

 拳にあるスパイク状の突起によって、岩の表面が砕け散る。二メートル以上はあろうゴーレムの巨体がわずかに揺れた。

 だが倒れることを拒み、その凶悪な握力を持つ手で悠真に掴みかかろうとする。

 悠真は屈んで手をかわし、全身に力を込めた。

 背中や頭などから長く鋭いトゲが何百本も伸び、ゴーレムの体を貫く。声を出せない無機質な魔物が、一瞬うめいたように見えた。

 悠真はトゲを引っ込め、体を元に戻す。なおも向かって来ようとするゴーレムに、全力で体当たりした。

 岩のゴーレムはグラリと揺れ、そのまま地面に倒れ込む。

 ドスンッと重い音が鳴り、土煙が舞う。ゴーレムが起き上がろうとした時、馬乗りになった悠真の右手からシャキンッと剣が伸びる。

 藻掻くゴーレムの喉元に剣を突き立て、全体重をかけてより深くへ押し込んだ。

 悠真を押しのけようとした腕が、ピタリと止まる。動かなくなったゴーレムの体は徐々に崩れ始め、サラサラと砂になって消えていった。


「やったな、悠真」


 社長が駆け寄ってくる。今いるのは三十六階層。以前は爆弾などを使ってやっと来ることができた場所だ。

 だが、今回は爆弾も‶超パワー″も使わず来ることができたうえ、難敵だった岩のゴーレムまで倒すことができた。

 社長も思いのほか喜んでくれている。


「悠真、魔鉱石が落ちてるぞ!」

「前にも手に入れた『銀』の魔鉱石ですね。身体能力が大幅に向上するって言う」

「やったじゃねーか。一旦持ち帰ってアイシャに見せよーぜ。あいつ絶対確認したがるだろーしな」

「そうですね。『銀』を落とす灰褐色のゴーレムって、なかなかいませんし、この前は社長が無理矢理もぎ取ってましたから」


 二人は今日の探索を終わりにしてダンジョンを出ることにした。

 もちろん、ランニングをしながらではあるが。


 ◇◇◇


「おおおお! 銀の魔鉱石か、またあのゴーレムを倒したんだね」


 ホテルに戻って魔鉱石を見せると、アイシャは大喜びでそれを手に取り、目を輝かせて笑みを漏らす。


「さっそく、どれくらい身体能力が上がるのか計測してみよう」


 アイシャはそそくさと部屋を出て、必要な計器を取りにいった。その機敏な動きに社長と悠真は笑ってしまう。


「ほんと、あいつは『黒のダンジョン』の事となると子供みたいに、はしゃぐからな。なにがそんなに楽しいんだか……」

「そうですね」


 そんな話をしていると、ものの十分ほどでアイシャは戻り、部屋の中に機器や装置を並べていく。


「測るのは三つ。筋力、敏捷性、持久力だ。部屋の中だから簡易的な検査しかできないが、データが取れないよりは遥かにましだ」


 並んでいるのは握力計、背筋力計、ノートパソコンに大型のランニングマシンが運び込まれていた。


「まずは筋力から測る。悠真くん、やってみてくれ」

「分かりました」


 生身の状態で握力計を握り、力を込める。


「ふんふん、48.5か……。じゃあ次は背筋力の測定だ」

「はい」


 言われる通り背筋力計を使い測定をする。アイシャは大学ノートに数値を書き込んでいく。その後はノートパソコンを起動し、反射速度を測ることになった。


「円の色が変わったらクリックしてくれ」


 まるでゲームのような検査で悠真は顔をしかめた。


「こんなので敏捷性が分かるんですか?」

「‶速さ″とは目から脳、脳から指先に伝わる電気信号の速さだ。この電気信号の動きを見ればある程度の反応速度、すなわち敏捷性を測ることができる」

「はあ……」

「もっとも、ここにある機器で正確に測れるとは言い難いがね」


 反応速度を測る検査は五分ほどで終わり、アイシャは測定結果をノートに書き込んでいった。


「最後は持久力だ。この装置をつけてくれ」

「なんですか? この機械」


 そこにあったのはランニングマシンとラックに入った測定機器。そしてチューブに繋がった酸素マスクだった。


「呼気ガス分析法ってやつだ。人間は酸素を利用することで運動エネルギーを作り出している。体内に十分な酸素を取り入れて利用するのが全身持久力。すなわち運動継続時間の長さだ。それを測る装置だよ」


 かなり大掛かりな機械で大変そうだが文句を言う訳にもいかず、悠真は装置を体に取りつけ計測をスタートさせた。

 酸素マスクを装着してランニングマシンの上で走る。

 なかなかにキツかったが全力で走り続けた。徐々に負荷がかかり、ある程度の運動強度に達すると最大酸素摂取量が測定できる。


「はい、OK! もういいよ」


 アイシャの許可が出て悠真は酸素マスクを取る。ハァ、ハァと息が上がり、疲れてランニングマシンのハンドルバーにもたれ掛かる。


「一時間休憩にしよう。悠真くん、その間に‶銀″の魔鉱石を食べておいてね」

「は、はい、分かりました」


 悠真は言われた通り、銀の魔鉱石を飲み込み、部屋のベッドで休むことにした。

 ベッドで横になる悠真を見ながら、窓際で煙草をふかしていた社長が口を開く。


「その銀の魔鉱石、前のヤツと同じぐらいの大きさだよな。効果も同じぐらいってことか?」


 ラックに入った計測機器をいじりながら上機嫌で数値を記録していたアイシャは、軽く頷いて答える。


「まあ、そうだな。基本的に同じ鉱物で同じ重さなら、得られる効果も同じはずだ。そう、同じはずなんだよ、基本的にはね。フフフフ……」


 不気味に笑うアイシャを訝しみつつ、社長は窓の外に煙草の煙を吐き出していた。

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