第251話 第四階層の魔法

 数十頭の竜が一斉に炎のブレスを放つ。

 炎の波は大地を駆け、一気に広がっていく。地上にいた虫の魔物は逃げる間もなく火に巻かれ、砂へと還った。

 上空にいた羽虫たちは、大群をなして竜に向かっていく。

 ほとんどの虫は"炎の障壁"によって焼き尽くされたが、上位の魔物は障壁を突破し、竜の背や羽にしがみついた。

 さしものエンシェント・ドラゴンも、これにはバランスを崩し、きりもみ状に落下していく。

 激しく地面に激突すると、竜はわずわしそうに鎌首を持ち上げる。地上の虫たちは我先にと集まり、竜に襲いかかった。

 さらに樹の魔物【カルパヴリクシャ】が、根っこを空中に放ち、飛んでいる竜の足や尻尾に巻き付けていく。

 一本では燃やされてしまう根も、多くのカルパヴリクシャが協力して根の"束"を作り出し、竜を引きずり下ろそうとする。

 これには竜もあらがえず、何本もの根に引っ張られ、地上に叩きつけられた。

 他のドラゴンも例外ではない。数十頭が同じように地上に落とされ、大量の虫に襲われていた。

 だが、エンシェント・ドラゴンも黙ってはいない。

 けたたましい鳴き声を上げると、全身から激しい炎を噴き出し、周囲の虫を焼き尽くす。

 さらに口からは灼熱のブレスを放ち、カルパヴリクシャを始めとする魔物たちを業火に沈めていった。

 次々に放たれる赤い閃光。数百メートルを瞬時に駆け抜け、虫たちを滅殺していく。

 対する虫も物量で押してくる。殺されても殺されても向かってくるのをやめない虫は、ついにエンシェント・ドラゴン一頭をほうむることに成功する。

 しかし、そのために犠牲になった虫の数は、優に六万を超えていた。

 それでも虫たちは勢いを増し、地上にいる竜に襲いかかる。体を焼かれながらも竜に飛びつき、ダメージを与えていく。

 悲鳴を上げ、藻掻き苦しむエンシェント・ドラゴン。

 力尽き、倒れるかと思われた刹那、上空から火炎が降ってくる。

 周りにいた虫は焼き尽くされ、竜は自由になって頭を上げる。空を飛ぶ竜からの援護射撃。辺りは燃え上がるが、火に耐性があるドラゴンは平然としていた。

 竜は口の中に炎を溜め、正面に向かって一気に吐き出す。

 直線上にいたカルパヴリクシャやその他の魔物を、瞬時に焼き尽くした。

 その後も竜と虫の壮絶な攻防は続き、数十分後には一千万を超える虫が砂となって消えていく。

 そして竜たちも力尽き、ほとんどが死んでしまった。


 ◇◇◇ 


 悠真は翼をはためかせ、高速で飛行する。

 自分の方が速く飛べると思っていた悠真だが、【緑の王】は恐ろしい速さでついてきた。

 竜巻を巻き起こすと、その上に乗って一気に飛び上がる。吹き荒れる気流に合わせ疾風迅雷の速度で下降してきた。

 これが"風"を操るということか。

 炎のブレスを当てようとするが、軽々とかわされてしまう。

 圧縮した火球を放つも、"真空の障壁"によって軌道を変えられ、別方向の空へ飛んでいき爆発する。

 近くにいた羽虫たちは衝撃に巻き込まれ消し飛んだが、【緑の王】はまったくの無傷だ。

 緑の王も羽をはばたかせ、無数の"風の刃"を放ってくる。

 一撃、一撃が常識外の威力。"炎の障壁"を突破して体に届く。

 だが、"風"は竜の外殻に弾かれ、雲散して消えてしまった。今の体は【赤の王】であると同時に、金属の体でもある。

 恐らく【風魔法耐性】の能力も発動しているんだ。

 だとすれば、防御面では圧倒的に有利。相手の攻撃を食らっても、一撃を叩き込むことができれば――

 その時、悠真が撃ち込んだ火球が【緑の王】の正面を捉えた。


 ――よしっ!!


 直撃したと確信したが、溢れんばかりの炎と煙が晴れてくると、喜びは失望へと変わっていく。

 緑の王が無傷のまま浮かんでいたからだ。


 ――くそ……。


 やはり何重もの"真空の障壁"を張り、炎と爆発を封じ込んでる。本来は相性のいい風魔法に、完全に抑え込まれているなんて。

 悠真はギリッと歯を噛みしめる。

 このまま長期戦になればキマイラの変身時間が切れてしまう。何度も試した訳じゃないが、三十分ほどで元に戻るはずだ。もう時間がない。

 そんなことを考えていると、先に動いたのは【緑の王】だった。

 周囲にいくつもの"真空の球体"を出現させる。球体は圧縮され、細い氷柱つららのような形となった。それを見て悪寒が走る。

 氷柱つららは一斉に発射され、こちらに飛んでくる。

 それも真っ直ぐではない。変則的な軌道を描き、高速で襲いかかってきた。

 恐らくは風を自在に変化させる第三階層魔法、それと風の第二階層【真空】を組み合わせた複合技。

 悠真は"爆炎の障壁"を展開して対抗するが、氷柱つららは爆炎を突破し、竜のうろこに当たって弾けた。


 ――痛っ!!


 驚いて目を見開く。爆炎を突き抜けダメージを与えてきたのだ。

 慌てて羽ばたき、氷柱つららを回避しようとするが、まるで追尾弾のように軌道を変えて背中に直撃する。


 ――がっ!? くそ!


 今度は背中に激痛が走る。

 強い。とんでもなく強い。【赤の王】の力を使えば簡単に勝てると思っていたが、そんなに甘い相手じゃない。

 悠真は周囲に無数の火球を作り出し、触れた氷柱つららを爆破していく。

 しかし全部は防ぎ切れず、いくつかは体に当たってしまう。悠真は痛みで顔を歪めた。

 なぜかは分からないが、金属化してる間は回復魔法が使えない。

 ダメージを受け続ければ動けなくなってしまうだろう。【緑の王】は、また周りに氷柱を展開した。あれで仕留める気のようだ。


 ――なめやがって!


 ヤツにできるなら俺にもできるはず、そう考えた悠真は意識を集中し、体から炎を噴き出す。

 燃え盛る火は次第に形を変え、首の長い"龍"の姿となった。

 何十匹と現れた"火の龍"は、【緑の王】と氷柱に向かって一気に襲いかかる。龍の牙が氷柱を捉えた瞬間、激しい爆発が次々と巻き起こる。

 空は炎に包まれ、火の粉が地上に降り注ぐ。上空は黒煙に覆われてなにも見えなくなった。悠真は煙が晴れるのをじっと待つ。

 徐々に黒煙が消えていき、【緑の王】が姿を現す。

 やはり効かないか。と思ったが、一つだけ違う部分があった。

 緑の王の羽がわずかに燃えている。龍の一匹が"真空の障壁"を掻い潜ってダメージを与えたんだ。

 真空の障壁は破れないものの、この方法なら通用するかもしれない。

 そう思い、もう一度"炎の龍"を出そうとすると、周囲の空気が突然変わった。肌がピリピリと疼き、呼吸が苦しくなってくる。

 なんだ? 悠真は戸惑い、辺りを見回す。

 なにもないように見えたが、ハッとして上を向く。悠真は言葉を失くした。

 そこには見たこともないほど巨大ながあったからだ。


 ――いつの間に!?


 ゴロゴロと唸りながら渦巻き、分厚い雲が落ちてくるような感覚に襲われる。

 これは……マズい! 悠真がこの場から離れようとした刹那、上から途轍もない風が吹き下ろしてくる。

 まるで空が落ちてきたかのような圧力。大気の塊が全身を押し潰す。


 ――がっ! ああ……。


 もはや浮かんではいられない。浮力を失い、きりもみ状に落下した。地面に叩きつけられ、体がめり込む。

 あまりに猛烈な"風"に、息もまともにできない。必死に体や頭を起こそうとするが、風の圧力がそれを許さなかった。

 かろうじて見ることができたのは、遠くにいる羽虫たちが次々に地面に落ち、潰れていく様子だ。

 広範囲に影響を与える超大型の

 まさか……これが……【第四階層の風魔法】か!?

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