第177話 竜の進路
翌日、日本中に信じられない情報が流れる。
それは小さな出版社が出したWEBの記事がきっかけだった。
『黒鎧は人間! それも若い男だった』というもの。
真偽の定かでない記事に、うさんくさいと思う者は多かったが、その男の中学・高校時代の写真が、黒い目線を入れたうえで公開されたため、信憑性が高いのでは? と様々な憶測が飛ぶ。
この話題はネットを中心にあっと言う間に広がり、他のマスコミも後追いながら飛びついた。
噂が噂を呼び、色々な反応が出てくる。
ありえないと言う者、人間なら人道的に扱うべきと言う者、完全なデマじゃないのかと疑う者。真偽を確かめようとしたマスコミが向かったのは――
「すいませーん! 一言だけでいいんで、お話聞かせてくれませんか?」
「息子さんが怪物だったという記事が出てますが、本当なんでしょうか!?」
「世間を騒がせたことに謝罪はないんですか!」
悠真の家に詰めかけたマスコミが、玄関先で大声を張り上げる。家には悠真の母親しかおらず、突然の出来事に恐怖で身をすくめていた。
「う~わん、わん!」
裏庭から連れてきたマメゾウが、玄関先に向かって吠え続ける。
「よしよしマメゾウ……きっとなにかの間違いだよね。世間の人は誤解してるんだよ。もうすぐ悠真も帰ってくるから……」
マメゾウを優しく撫でながら、母親は肩を落とす。
ここ数日、立て続けに信じられないことが起こる。悠真が帰って来なくなったと思えば、警察が押し掛けてきたり。突然変な記事が出て悠真が悪者にされたり。
なにがなんだか分からなかった。
幸い、悠真の会社の人とは連絡が取れたが、やはり行方は分からないという。
「はあ~我が家はどうなっちゃうんだろうね」
母親がマメゾウに声をかけると、マメゾウは慰めるようにペロペロと指先をなめてくる。
マメゾウに癒され、母親は顔を上げた。
「そうだわ、お父さんに電話しないと」
玄関先に大勢のマスコミがいる。知らずに帰ってくれば取り囲まれて大変なことになる。母親はそう思い、立ち上がって棚の上にあるスマホを取りに行く。
次の瞬間、衝撃音と共に窓が割れる。
「きゃあああ!?」
なにが起きたのか分からず母親は
床を見れば大きな石が転がっている。誰かが石を投げてきたのだ。悠真の母は言いようのない恐怖で、その場から動けなくなった。
◇◇◇
「ちょっと、開けてもらえますか? D-マイナーさん。話が聞きたいんですよ!」
「企業として説明する責任があるんじゃないですか!?」
会社の入口でドンドンとドアを叩くマスコミに、オフィスにいた田中と舞香は顔を曇らせる。
「もう、なんなのよ! どうして悠真くんやこの会社のことが分かったの? 政府は公表してないはずなのに」
憤慨する舞香の隣でネットニュースをチェックしていた田中が口を開く。
「たぶん、これじゃないかな」
田中が見ていたノートパソコンの画面を示す。舞香が覗き込むと、そこには色々な書き込みがされていた。
「これは……」
「あることないこと書き込むコミュニケーションサイトだよ。このサイトの利用者が記事や他の情報から、悠真くんを特定したんだと思う」
「特定って」
舞香の眉間にしわが寄る。
「悠真くんが特定できれば、芋づる式に実家や会社のことも分かるだろうからね」
田中はハア~と大きな溜息をつく。退院してすぐに起きた騒ぎのため、休む間もなくどうしたものかと頭を抱える。
「もーう、腹立つ! 悠真くんが一体なにしたって言うのよ。茨城では他の探索者を助けただけでしょ!? 感謝してもらってもいいはずなのに……」
いきり立つ舞香に、田中は「まあまあ」となんとか
「でも会社の出入口が塞がれちゃったから出るのが大変だよね。僕らはまだいいけど、悠真くんの実家は大丈夫かな? 家も特定されてるだろうから心配だよ」
「そうだよね……ちょっと電話してみる」
舞香は自分のデスクに戻り、スマホを手に取って電話をかける。その様子を見ていた田中は、ドアの外に意識を向けた。
今も大声を張り上げるマスコミに、今後どうなってしまうんだろう? と不安を募らせた。
◇◇◇
首相官邸、四階大会議室。
緊急の対策本部が設置され、各省庁の大臣や専門家、エルシードやファメールの関係者などが集まっていた。
大型の会議テーブルが置かれており、そのテーブルにそれぞれが着席していく。
上座には対策本部の責任者として、総理の岩城が座った。
会議室に緊張感が広がる中、官僚の一人が声を上げる。
「最新の情報が入りました!」
全員の視線が声の方に集まる。情報収集を担当していた官僚がパソコンを操作し、会議室に備え付けられた大型スクリーンに海外のサイトを映し出した。
中国のニュースサイトだ。翻訳した記事を、その場にいた全員が目を通す。
「これは……」
岩城は言葉を無くした。中国の被害はさらに広がり、軍も甚大な被害が出ているという。そしてなにより問題なのは――
「竜たちの飛行進路を出します!」
官僚が画面をクリックして地図を表示した。
それは中国政府が作成した経路図で、竜たちがどこを通り、これからどこに行くのかも予想進路という形で出している。
「本当に……この進路を通るのか!?」
岩城は苦々しい顔でスクリーンを見る。南に向かっていた【赤の王】は東に舵を切り、
このままでは間違いなく日本に上陸する。
中国ではすでに甚大な被害が出ている。日本も同じような被害が出たら……。
血の気が引いた岩城が青い顔をしていると、斜向かいに座っていた防衛大臣の高倉が立ち上がる。
「総理! こうなれば対策を立てなければなりません。自衛隊と
「あ、ああ……」
岩城は気の無い返事を返す。あんな化物どもが来れば対策もクソもない。力のない人間は蹂躙され、殺されるしかないだろう。
絶望的な気分になる岩城。そんな中、一人の研究者が手を上げる。
「総理、よろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
力なく答えると、
「総理、私は防衛プランの作成に携わった
「決まっていない事柄? なんだね」
岩城は戸惑った表情を見せる。
「"黒鎧"こと、三鷹悠真の処遇です。エルシードやファメールから戦略に組み込みたいとの要望がきておりますが」
岩城は、かすかに顔を歪めた。
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