第191話 覇王対覇王

「おいおい、嘘やろ!? 赤の王を倒してもーたで!」


 ビルの上にいた明人は困惑する。突如現れた巨人が一瞬で【赤の王】を倒してしまったからだ。なにがなんだか分からない。

 ビルの周りを飛び回っていたエンシェント・ドラゴンも、戸惑ったように羽ばたいている。

 その場にいる探索者シーカーたちが唖然とする中、リーダーの逢坂が口を開く。


「あの巨人……"黒鎧"じゃないのか?」

「えっ!?」


 明人は改めて巨人を見る。黒い鎧を着た姿、頭から生えた角、人型の体形は確かに黒鎧と似ている。

 だが、そびえ立つ巨大な魔物は、もっと禍々まがまがしい見た目だ。

 なにより強さのレベルが違いすぎる。


「あれが……黒鎧の本当の力っちゅうことか!?」


 ◇◇◇


「おい、アイシャ! あれ、悠真だよな!?」


 電気店でテレビを食い入るように見ていた神崎が叫ぶ。


「ああ、キマイラを倒した時の悠真くんの姿だ。【赤の王】を倒すため、政府が送り込んだのか?」

「なんにせよ、あのクソ強ええ竜を一撃で倒しちまったぞ! すげえじゃねえか!」


 確かに凄まじい攻撃力だ。特に気になるのは紫色に輝いていること。青い筋が体に何本も走ってるように見える。


「悠真くんは水魔法が使えるのか?」

「ん? ああ、青の魔宝石を体に取り込んでるからな。多少は使えるだろう」


 アイシャは手で口を覆う。水魔法を纏った拳で殴ったからあれほどの威力が出たのだろう……だが多少の魔力ではない。政府から魔宝石をもらったのか?


「意図的に魔力を使ってるなら暴走状態ではないな」

「マジか! だとしたら暴れ回る心配はねーな」


 嬉しそうに話す神崎に、アイシャは小さな溜息をつく。


「やれやれ、お前は能天気でいいな。それよりも"水の魔力"が切れることの方が心配だ。あんな巨大な体に魔力を流せば、あっと言う間に枯渇するぞ」

「いや、でも、もう倒して……」

「バカを言うな!」


 アイシャは眉間にしわを寄せ、テレビの画面を睨む。


「【赤の王】がこの程度で死ぬはずがない。ヤツは特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの頂点であり、再生能力の高い"赤の魔物"だからな」


 ◇◇◇


 ハァハァと息を切らし、悠真は地に伏した敵を見る。


「やった……か」


 相手が攻撃する瞬間、カウンターで攻撃を叩き込んだ。うまく決まったため、首を吹っ飛ばすことができた。だが――

 ぶわり、と周りの空気が変わる。

 赤の王の体から炎が噴き出す。首の傷口から肉が盛り上がり、恐ろしい速さで再生していく。


「やっぱり、赤のオーガと同じか!」


 悠真は一歩後ろに下がり、両の拳を構えた。

 赤の王は頭を再生させ、口の中に炎を溜めて巨人に目を向ける。漏れ出す炎が凝縮し、球体へと変わっていった。

 【赤の王】最強の攻撃。"灼熱の火球"を巨人に向かい、一気に吐き出した。

 仰け反るほどの圧力。だが悠真は怯まず、拳に"水の魔力"を流す。

 目前まで迫った火球を左の裏拳で打ち払った。大気を引き裂くような衝撃音と共に、球体が弾き飛ばされる。

 火の玉は遥か上空まで昇り、カッと瞬く。

 天が光に覆われ、爆発による炎が空を紅蓮に染めた。

 悠真は右拳を握り込み、迷いなく駆け出す。赤の王も迎撃するため口に火の魔力を集めた。


「遅い」


 右の剛腕で顔面を打ち抜く。竜の首が跳ね、後ろに仰け反った。

 悠真は大股で踏み込み、左のフックを竜の脇腹に突き刺す。リバーブロー。

 スパイクのついた拳は深々と腹をえぐり、さらに捻り込んで内臓を潰す。

 けたたましい竜の咆哮。

 水の魔力を宿した攻撃に、【赤の王】は悶絶して首を戻す。

 顔を歪めた竜が巨人を睨む。灼熱の炎を口に集めようとした時、巨人の右拳によるショートアッパーが顎に炸裂した。

 骨が砕け、衝撃が脳を突き抜ける。

 悠真の得意なコンビネーション攻撃。

 竜は踏鞴たたらを踏んで後ろに下がった。

 黒の巨人は右腕を上げ、手の甲から長剣を伸ばす。水の魔力を帯びた武器。

 振り下ろされた剣は、竜の右腕と翼を切り落とした。血が噴き出し、赤の王は絶叫する。

 竜は体を回転させ、巨人に向かって尻尾を振るった。

 巨人は左のショルダーシールドで攻撃を受ける。尻尾がぶつかると激しい爆発が起き、地面がえぐれて粉塵が舞った。

 だが、水の魔力を宿した巨人のシールドが破壊されることはない。

 完全に爆発を防ぎ切り、投げ出された竜の尻尾を両手で掴む。力まかせに引くと、竜の体が宙に浮いた。

 ジャイアントスイングの要領でグルグルと回し、手を離せば百メートル以上は吹っ飛んでいく。

 竜は瓦礫に突っ込み、爆発したような衝撃音が広がる。

 倒れたまま呻き声を上げ、竜は悶え苦しむ。ドスン、ドスンと重々しい音を立て、巨人は歩みを進めた。

 歩くごとに大地が揺れ、空気は緊迫する。上空を飛んでいたエンシェント・ドラゴンは一斉に鳴き叫ぶ。

 そのうち二匹の竜が滑空してきた。

 口に炎を溜め、火炎を放射しながら黒の巨人に突っ込んでくる。

 巨人が慌てることはない。つまらなそうに右手の剣を振ると、飛んでいた二匹の竜は上空で真っ二つになる。

 水の魔力を帯びた斬撃。竜の体は弾け、一瞬で砂になった。

 パラパラと砂塵が舞う中、黒い巨人は倒れた【赤の王】を睨む。

 竜王は全身から炎を噴き出し、右腕と翼を瞬く間に再生させる。ゆっくりと立ち上がり、巨人に向かって絶叫した。

 周囲の温度が一気に上がり、地面がグツグツと蒸発していく。

 竜の怒りと殺意が伝わってくる。だが恐怖など感じなかった。

 悠真は駆け出し、竜の頭を両手で掴む。そのまま跳躍して、膝蹴りを叩きこんだ。

 竜王の頭はぐちゃぐちゃに潰れ、フラついて後ろに下がる。

 ドスンと音を立てて着地した巨人は、右手の甲から伸ばした剣を横に薙いだ。剣は竜の首をいとも容易たやすく斬り裂く。

 切断された首は宙を舞い、地面に落ちて、二度、三度跳ねた。

 悠真は左の回し蹴りで竜の胴体を蹴り飛ばし、地面に落ちた頭を踏み潰す。

 頭はジュウウウウウと音を立て砂になる。頭部を失っても【赤の王】が死ぬことはなかった。竜は再び頭を再生させ、雄叫びを上げる。

 水の魔力を使っても倒しきれない。それは悠真が使う水魔法が、まだまだ弱いことを意味していた。それでも恐怖はない。

 この敵は充分倒せると確信したからだ。

 悠真は腰に拳を据え、炎を吐き出す【赤の王】に向かって突進した。


 ◇◇◇


 首相官邸にある対策本部。

 モニターを見ていた政治家や研究者、官僚は信じられない光景に唖然とする。

 赤の王はどれだけ傷つこうとも、炎を噴き出し回復してしまう。驚くべきことだが、それ以上に彼らを驚かせたのは巨人の戦いぶり。


「……強すぎる」


 高倉は驚嘆きょうたんの声を漏らす。人智を超えた力を持つ【赤の王】が、一方的に叩きのめされている。

 巨人の恐ろしい速さについていけず、手も足も出ない様子だ。

 高倉はゴクリと息を飲む。

 IDRのイーサン・ノーブルは、黒鎧……三鷹悠真に【赤の王】と同格の力があると言っていた。

 だが、同じではない。

 圧倒している。【キング】の中でも力の差があるのか?

 分からないことは多いが、一つだけハッキリと言える。

 ――IDRの言う通り、世界に現れた【キング】を倒せるのは……彼しかいない。

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