第77話 現状確認

「はは……すごい」


 悠真が思わず零す。想像を超える威力の攻撃を繰り出せたことが、嬉しくもあり、怖くもあった。

 その後も自分の力を試すため、ダンジョンの岩壁を破壊してゆく。

 だが継続時間は三分ではなく、一分ほどしかもたなかった。


「やはりそういうことか……」


 アイシャが小声で呟くと、社長が「なんだよ。そういうことって?」と訝しがる。

 社長の疑問には答えず、アイシャは悠真にもう一度同じことをしてくれと頼んだ。

 悠真は三度みたび『超パワー』を引き出し、今回も通常の筋力より何倍も強い力で岩壁を破壊していった。

 そして今回も、一分ほどで能力が消えてしまう。


「どういうことだ。アイシャ?」


 社長が聞くと、アイシャは顎に指をあてニヤリと微笑む。


「恐らく、力の‶出力″を調整できるんだと思う」

「出力?」社長が眉を寄せる。

血塗られたブラッディー・鉱石オアを使うと普段の五倍ほどのパワーが出せる。反応速度もだ。だが、さらに力を込めると赤い筋が発光して、より強大なパワーを生む。時間が三分の一になっていることを考えると通常の超パワーの三倍近く、なにもしていない状態からは十五倍ほどの力が出せるのかもしれん」

「じゅ、十五倍!?」


 社長は驚愕する。人間の限界を遥かに超えているからだ。


「確かにそんな力が出たら、体がぶっ壊れて死んじまうのも分かるな」

「さて、血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力は使い切ってしまったな。今日はもう使えないから他の要素を検証しよう。悠真くん!」

「は、はい」

「昨日はトゲのような物を出して魔物を攻撃してたね。あれはなんだい?」

「あ~あれは……」


 悠真は以前戦ったデカスライムの戦闘方法を、アイシャと社長に説明した。


「なるほど……体から毬栗いがぐりみたいにトゲを出して身を守るか……まるでハリネズミのようだね」


 そう言ってアイシャはニヤリと笑う。


「おもしろい。おもしろいよ、悠真くん。実際にやってみてくれないか?」

「……分かりました」


 悠真は手を地面につけ、屈むような格好で全身に力を入れる。頭の中で毬栗いがぐりやウニを思い浮かべ、カッと目を見開く。

 頭や背中、肩などから一斉にトゲが伸び、その数は数百本に及んだ。

 アイシャはその光景を見て「ほう」と感嘆の声を上げる。


「素晴らしいよ! トゲが伸びるスピードはかなりのものだし、相手が向かってくればその勢いも利用できる。まさにカウンター。必殺技のように使えるじゃないか!」

「あ、まあ、そうかもしれませんけど」

「細くするほど貫通力が増すな。だが細すぎると魔物に致命傷を与えられないか……そうなると……ぶつぶつ」


 なにかを考えながら歩き回るアイシャ。完全に自分の世界へと入ってしまう。


「あ、あの……」

「ん? ああ、すまない悠真くん。それじゃあ今後の目標を決めようか」

「目標ですか?」


 悠真が不安そうに尋ねると、アイシャはなんでもないように――


「もう一度五十六階層に行って、血塗られたブラッディー・鉱石オアを取ってくるんだ。数は二十個」

「はあ!? 二十個だぁ? なんでそんなことしなきゃいけねーんだ!!」


 それを聞いた社長は、さすがに激怒した。


「当然、もっと深い階層攻略を行うためだ。それだけの血塗られたブラッディー・鉱石オアがあれば、並の魔物を倒すのは容易になるだろ?」

「ふざけんな!! 俺たちがどれだけ酷い目にあったか忘れたのか!?」

「そうカッカするな鋼太郎。もちろん分かってるさ」

「分かってるヤツが、二十個も魔鉱石取ってこいなんて言うかよ!」

「だからこそ準備をするんだ。今度は一か八かじゃなく、安全に帰ってくるために」

「どうするっつーんだ!?」


 顔をしかめる社長を他所よそに、アイシャは「ふふんっ」と笑って悠真の肩を叩く。


「まず現状を把握しよう。もう爆弾のストックは無い、悠真くんのピッケルも落としてしまった。しかし代わりに血塗られたブラッディー・鉱石オアを二つ手に入れ、悠真くんの能力を活用する方法も見えてきた」

「だから何だってんだ?」


 社長が苛立ったように言う。


「あとは鋼太郎、君の腕次第だよ」

「え!? 俺? なんで俺が出てくんだ!」

「今から一週間、悠真くんを鍛えてもらいたい。五十六階層にいるヴァーリンを難無く倒せるぐらいにね」

「一週間だと?」

「そうだ。D-マイナー社との契約は一ヶ月間。あと一週間とちょっとで終わってしまう。だからその前に結果を出してもらいたいんだ」

「簡単に言うな! 一週間やそこらで人が強くなる訳ねーだろ!!」

「できるさ」


 アイシャはそう言って不敵に微笑む。


「考えてみろ。血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力は基礎的な身体能力に補正をかける〝身体強化魔法″だ。悠真くんの体力が向上すればその分、効果は飛躍的に上がる。その上、私たちが今いるのは『黒のダンジョン』だぞ?」

「だからなんだ?」


 社長が仏頂面で聞くが、アイシャは「そんなことも分からないのか」といった表情で溜息をつく。


「ここには身体を強化する魔鉱石が山ほどあるんだ。例え一つ一つの効果が小さくても、大量に摂取し、尚且つ悠真くんの体力自体が上がればその相乗効果は計り知れないはずだ。そして体力格闘バカの鋼太郎、お前がいるんだから心配はいらんだろう」

「誰が『体力格闘バカ』だ!!」

「フフッ……まあ一週間経っても充分効果が上がらず、まだまだ危険だとお前が判断したなら、今回の探索は諦めよう。その条件でどうだ?」

「う……まあ、その条件だったらいいが……」

「だったら決まりだ!」


 アイシャにうまく乗せられた感もあるが、とにかく社長と一週間、地獄の特訓をすることがこの時決まってしまった。

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