第76話 超パワーの実験

「ハァ……ハァ……なんとか逃げてこれましたね」


 悠真は息も絶え絶えになりながら、岩壁にもたれかかる。ヴァーリンがいる五十六階層から脱して上の階層に上って来た。

 社長も疲れ果てドカリと腰を下ろして、地べたで胡坐あぐらをかく。

 アイシャはゼィゼィと肩で息をしながら、大の字に寝転んだ。体力が元々ないアイシャには、相当キツかったようだ。


「悠真、魔鉱石は持ってきたか?」

「はい……二つだけですが」


 社長に問われ、悠真はポケットに入れた魔鉱石を取り出し、二人に見せた。


「おお、よくやった悠真くん!」


 アイシャは目を輝かせ、四つん這いで近づいて来る。


「他にも倒せそうなヴァーリンはいたんですけど……逃げるのに精一杯で」

「いやいや充分だよ。二つあれば効果を検証をできる」


 二つの魔鉱石を手に取って、アイシャはニヤニヤとほくそ笑む。そんなアイシャを見て、胡坐をかいていた社長が声を上げた。


「おい! そんなことより、ダンジョンを脱出するのが大変だぞ。悠真の『金属化』できる時間は終わってるし、俺も魔力が切れてる。笑ってる場合じゃねぇ!」


 それを聞いたアイシャは、ふんっと鼻を鳴らす。


「心配するな。帰りは爆弾を活用して階層を上がる」


 自信満々なアイシャだが、悠真は怪訝な顔をした。


「アイシャさん。爆弾を使うって言っても、ピッケルは落としてきちゃったし、俺も『金属化』ができないから爆弾も、血塗られたブラッディー・鉱石オアも使えませんよ」


 悠真の不安も、アイシャは意に介さない。


「心配いらないよ。悠真くん、リュックを貸してくれ」

「は、はい……」


 悠真は爆弾が詰まったリュックをアイシャに手渡す。

 アイシャは自分のウエストポーチからアルミテープを取り出し、近くに落ちていた石を手に取る。

 リュックサックから爆弾の白い筒を取り出し、雷管が付いている面に拾った石を当て、アルミテープで固定する。


「おい、なにしてる? そろそろ階層にいる魔物が集まってくるぞ!」


 社長は立ち上がり、辺りを警戒する。実際に岩の影からカサカサと生き物の気配がする。だがアイシャに慌てる気配はない。


「鋼太郎、こいつを向こうに放り投げろ。なるべく高く、山なりにな」


 社長は手渡された爆弾を見て、眉を寄せた。


「こんなの投げてどうすんだ?」

「いいから、さっさとやれ!」


 ぶっきらぼうに返され、「分かったよ」と言って、社長は石を巻いた白い筒を放り投げた。筒は空中で回転すると、重しとなる石を下にして落下してくる。

 石が地面に着いた瞬間、雷管が作動して爆発した。

 悠真たちに迫ろうとしていた魔物は踵を返し、爆発した場所へ向かってゆく。


「今だ! 出口まで走れ!!」


 アイシャの叫び声に「お、おう」と社長は答え、全員でその階層を後にした。

 その後も二十個以上あった爆弾を囮に使い、各階層を戦わずにすり抜け、低層階では社長が六角棍を振るって魔物をたおしていく。

 そして――


「出られたああああーーー!!」


 ダンジョンの一階層を上がり、自衛隊が管理する屋内へと帰還する。

 ボロボロになった悠真たちを見て、自衛隊員が慌てて駆け寄ってきた。すぐに医務室へと運んでくれる。

 なんとか生き残れたことに、悠真は安堵の息を漏らした。


 ◇◇◇


 『黒のダンジョン』の五十六階層から戻った日の翌日。悠真は横浜のホテルの部屋で目を覚ます。

 昨日は自衛隊の医務室で治療を受け、夜にはホテルに戻ってきていた。

 特に大きな怪我も無かったが、今日一日ぐらいは休もうかと社長と話していた時、部屋にアイシャがやって来た。


「よし、さっそくダンジョンに行こうか!」


 まだ疲れが残る社長と悠真を他所よそに、アイシャだけは元気にダンジョンへ行こうと誘ってくる。

 

「少しくらい休ませてくれねーのか?」


 社長が呆れて聞くが、アイシャは気にせず悠真を連れ出そうとする。

 仕方なく社長と悠真は支度をし、『黒のダンジョン』へと向かった。


 ◇◇◇


「――さて、まずは手に入れた血塗られたブラッディー・鉱石オアを飲み込んでくれ、悠真くん!」


 黒のダンジョンの一階層に入るなり、アイシャは二つの魔鉱石と、ペットボトルを悠真に差し出す。


「ええ? だ、大丈夫ですかね。何個も食べて……体調が悪くなったりとか」

「大丈夫、大丈夫。実際食べても問題なかったろ? 君が金属化している限り、この魔鉱石が悪影響を及ぼすことはない。安心して!」


 かなり強引な説得だが、悠真自身も『金属化』と『超パワー』の相性の良さは感じていた。

 この力があれば、今よりもっと強くなれる。

 そう考えた悠真は魔鉱石を使うことにした。

 死ぬ思いで取ってきた血塗られたブラッディー・鉱石オア二つを受け取り、ペットボトルの水で一個づつ飲み込む。

 いつものように熱が全身を駆け巡る。


「能力を獲得できたみたいです」

「よし、ではさっそく確認することがある。『金属化』してみてくれ」

「わ、分かりました」


 悠真は言われた通り体を鋼鉄へと変える。一体、なにが始まるんだろうと不安になるが……。


「まず、昨日不思議に思ったのは、血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力が三分も経たずに消えてしまったことだ」


 アイシャの言葉に悠真も「確かに」と答える。予想以上に早く超パワーが解除されてしまったことで悠真たちはピンチに陥った。

 昨日は慌てていたので深くは考えなかったが、言われてみれば一番の問題だ。

 社長も「そう言や早かったな」と疑問を持つ。


「この血塗られたブラッディー・鉱石オアの基本的な筋力アップは、およそ五倍と考えている。もっとも正確に測れてないので推定値になってしまうがね」

「五倍!? そんなにですか……でも昨日は通常時の能力より、遥かにパワーが出てましたよ!」

「それを今から調べるんだ。悠真くん、この岩の壁を超パワーを使って殴ってくれ」

「は、はい」


 悠真は血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力を発動した。全身に赤い筋が走り、力が湧き出してくる。

 アイシャはポケットからストップウォッチを取り出し、スイッチを押した。

 悠真が思い切り力を込めて壁を殴ると、轟音と共に拳がめり込み、ボロボロと岩の破片が落ちてくる。


「殴りましたが……」

「もう一度」

「は、はい」


 その後も何度も殴ったが特に変化は無く、三分が経つと‶力″は消えてしまった。


「悠真くん、もう一度‶超パワー″を発動してくれ。今度はより一撃にかける集中力を高めて全力で壁を殴って!」

「わ、分かりました……」


 悠真は能力を発動し、全身に赤い筋を巡らせると、意識を集中させる。

 そう言えばヴァーリンと戦った時、やたら集中力が高まった瞬間があった。あの時と同じことができれば――

 昨日のことを思い出す。もっと力を込めて、もっと集中して、もっと全身全霊で。

 その時、悠真の体の赤い筋が太く、赤く輝きだした。


「これだ! これこれ!!」


 アイシャは目を見開き歓喜の声を上げる。悠真は腰に拳を据え、足を一歩踏み出しその反動を腰に伝えた。

 腰から肩へ、肩から腕へ、力が渦のように流れ、最後は回転した拳が深々と壁に突き刺さる。今までとは比べものにならないほどの衝撃音。

 貫かれた壁は八方に亀裂が走り、響き渡る音と共にガラガラと崩れ出す。


 通常時を遥かに凌ぐ破壊力に、見ていた三人は唖然とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る